帰還
その建物はゆっくりと鋼鉄の扉を持ち上げると、グランツィア号を中に招き入れた。錆びた金属の香りが鼻腔を刺激する。まるで廃れた工場の様なその場所は、彼らのドックだった。
船が定着すると一人の少女が制御室から姿を現した。デニム生地のツナギを着て、頭には赤い帽子をかぶっている。手袋はもちろん、その他の部分にもたっぷりと油が染み込んでいた。それでも帽子から毀れる焦げ茶色の髪だけは、さらさらと揺れている。
「おっ帰りーっ!」
ツナギの少女――ティアは、ハツラツとした声でグランツィア号を出迎えると、すぐに階段を下りて船の傍まで駆け寄ってきた。すぐに船のドアが開き、フェイが姿を現す。
「取引は順調に行った?」
「取引自体は順調だったんだけどな。積み荷に問題ありだ」
「問題……!?」
言われてティアはフェイの後ろにある船の中を覗き見る。するとその問題が姿を現した。
「ほら、さっさと降りろ」
リアがティアの知らない人物を伴って降りてくる。ティアはその少女の容姿に思わず目を奪われた。
「何、何、何、この子なんなの!? すっごーい、かわいい! ねぇねぇ、リア、この子誰なの? 知り合い?」
ティアのテンションは目の前の少女の可憐さに一気に最高潮へと達していた。無遠慮な視線が少女に注がれている。
「ティア、その子の面倒を見てやってくれ。リアじゃ何するかわからないからな。俺は少し疲れたから休んでくる」
「うん、オッケー。任せておいて!」
要件を告げると、フェイは建物の奥へと去っていく。
ティアは疑問の答えを求めてか、リアへとその期待の眼差しを向けた。
「知らねぇよ。積み荷に紛れ込んでやがったんだ」
興奮気味なティアを見て、リアはうんざりしながら言った。
リアの隣に立つ少女は、ティアとは対照的に俯き加減で沈んだ表情をしている。そんなことはお構いなしに、ティアは少女に話しかけた。
「ねぇ、名前はなんていうの? 私の名前はティア。よろしくね」
ティアは手袋をはずすと、ツナギの汚れていない部分で手を拭いてから、握手を求めて手を差し出した。
「…………」
しかし、少女は俯いたまま何も答えない。じっと黙って、思いつめたように足元を見詰めているだけだ。
リアはため息をついて、二人のやりとりを見ていた。
船の中で少女が目覚めた後も、ずっと同じような調子だった。フェイやリアが何かを聞いても一言も喋ろうとはせず、その態度にリアが辛抱しきれずに手を上げそうになったほどだ。それほどまでに少女は壁を作っていた。故に、ここに来て名前すら定かではなかった。
しかし、相手が答えようが答えまいが、ティアにとってはそんなことは関係ないのか、うれしそうに少女の顔を眺めている。
「その服、かわいいね。どこの製品? アンダーじゃそんな服あんまり売ってないんだよね~。まぁ、わたしはツナギの方がしっくりくるから好きなんだけどね。そうそうお腹空いてない? あ、そうだ、リアもお腹空いてるでしょ?」
「飯はいいや。それより船を見てやってくれ。ちょっとばかし無理したらからな。マナ石積み替えたおかげで、全然出力が出やしねぇ」
ドックにはまるで酒場のカウンターだけを取ってつけたような場所が併設されている。リアは二人の事など放っておいて、さっさとすぐ側にあるカウンターに入り、酒を持ち出して一人で飲み始めた。リアには必ず仕事終わりには酒を飲む習慣がある。今日はいつもよりアルコール度数の強い酒をグラスに注いだ。
「もう、無理させないでって言ったでしょ! マナ石は全部飛空艇に乗せ換えちゃったんだから、出力が落ちるのは当たり前でしょ!」
「知らねぇよ。追ってきた奴に文句言ってくれ」
「もう、まったく、しょうがないんだから……」
ティアの役割はフェイ達のバックアップが主だった。仕事で使う機器の調整はすべて彼女が行っており、もちろんグランツィア号も彼女の担当である。
「ごめんね、少しここで待っててね。怖いお姉さんが何かしそうになったらすぐに戻ってくるからね」
「聞こえてるぞ、おい」
不機嫌を露わにリアが言った。けれど、ティアはそんなことは全く気にせず、少女を手近な椅子に座らせると、工具片手に船へと乗り込む。リアが不機嫌なのはいつものことなのだ。
ティアが船に乗り込んだ後も相変わらず少女は下を向いたまま、じっと黙っていた。しかしだからと言って、逃げようというような素振りも見せない。いっそ暴れたりすればわかりやすいのに、とリアは思う。リアには一体この少女が何を考えているのか、わからなかった。
なんだか無性に苛立ってきた。
「てめぇ、何者だ。人買いに攫われたにしては随分と大人しいしな。それとも、もう諦めてんのか?」
「…………」
気がかりだったことを少女に問いかけた。しかし、帰ってくるのは沈黙ばかりだ。
「けっ、まさか喋れないなんて落ちはないよな」
「………………」
「なんか、こっちが馬鹿みてぇだ」
返事がない少女を見て、ついにリアは諦めた。こういう面倒なことはフェイにいつも任せている。自分の役割ではないのだ。自分の役割はもっとシンプルでエキサイトでクールな部分にある、そう理解していた。
しばらくそうやって無言の時間が過ぎた。聞こえてくるのは工具で金属を叩く音とグラスの中の氷が転がる音だけだ。
夜は更け、もうすぐ日を跨ごうとしている。
リアはすでに二本ものボトルを飲み干していたが、少しも酔ってはいない。そして、リアが三本目のボトルに手をかけようとしたその時、ようやくティアが船の中から出てきた。
「ちょっと飲みすぎじゃない、リア!? お酒の取り過ぎは、体に良くないんだから」
「酒も飲んだ事のねぇガキンチョが何言ってやがる。酒は体を元気にするもんだ。お前の機械だって毎日オイル飲んでんだろうが、それと一緒だよ」
「オイルだって付ければいいってもんじゃないのよ。まったく、それだけお酒飲んでどうして太らないのかなぁ」
呆れたように肩を落とし、ティアは棚に工具を戻す。
「ねぇ、わたしお腹空いちゃった。わたしが何か作るから一緒に食べようよ! フェイもリアも食べないって言うから、食材はたっぷりあるの」
ティアは返事も聞かずに少女の手を取り、キッチンへと向かって行った。
翌朝、いつものように大きな欠伸をしながら、リアはテーブルについた。昨日はあのまま更に二本も飲んでしまった。さすがに飲みすぎたかな。そんなことを珍しく考えていると、なにやらいつもと違う様子に気がつく。キッチンの方が妙に騒がしいのだ。
「ったく、うるせぇな、いったい朝から何やってんだ?」
眠気眼を擦りながら独り言を呟く。こんな時は、濃い目に淹れたコーヒーを飲んで目を覚ますのだが、今日はテーブルの上には何も並んでいない。普段はリアが起きてくる頃には食卓に料理が並んでいるはずだというのに――。
「もう、だから違うってば~! シェリル、それはお塩よ。砂糖はこっち! あぁ、だめだめ、それじゃ火が強すぎるわ」
「ひゃあぁっ!!!」
少女の悲鳴と派手な物音を聞いて、リアが顔を歪める。
「何やってんだ、お前ら……」
恐る恐るキッチンを覗くと、鼻を摘みたくなるような異臭が立ち込めている。そこには、頭から白い粉を被った少女と頭を抱えるティアがいた。
「大丈夫、シェリル? 怪我はない?」
「は、はい、大丈夫……です」
昨夜の少女――シェリルは真っ白になった手で顔を擦り、粉を落とそうと必死だ。しかし、粉のついた手で擦ったところで結局また粉まみれになるだけだった。それを見てティアがすかさず濡れた布巾を手渡す。
また面倒なことをしているな。リアはそう思ったが何も言わなかった。自分ともう一人分のコーヒーだけを準備して、さっさとキッチンを後にする。面倒なことを注意して面倒に巻き込まれるはもうごめんだった。
リビングに戻るとフェイが新聞を読んでいた。フェイはリアからコーヒーを受け取ると新聞を畳んだ。
「一晩で随分と仲良くなったみたいだな。あの二人は」
「うるせぇだけだぜ、あんなの」
リアは渋い顔をしながら、フェイの向かいの席へと座る。
「ティアも小さいころから、機械だけが友達のような生活をしていたみたいだからな。同年代の子と話せるのがうれしいんだろう」
「やっぱりガキンチョだな、あいつ」
リアはコーヒーをカップの半分くらいまで一気に飲んだ。
「そう目くじらを立てることもないんじゃないのか」
「そんなこと言ってていいのかよ。相手の素性も何もかもわからないんだぜ。そんな奴とほいほい仲良くできるなんて、どうかしてる。仮に、もしあいつが暗殺者だったらティアの奴はとっくに死んでるぜ。子供を使った手口なんざ腐るほどあるからな。プロじゃねぇなぁ、ティアもよ」
「その辺を担当するのが俺達の役割だろ。今の所、あの子にはこちらに何かしようって動きはないしな。何かわかるまでは好きにさせたらいい。まぁ、たまにはこんな朝も悪くはないさ」
「へぇ、お前がそんなことを言うなんてな」
妙に落ち着き払ったフェイに、頬杖をついてリアはふてくされたように言う。
「なんだ?」
コーヒーを口に運びながらキッチンを眺めるフェイの目は、どこか穏やかにみえる。そういえば、昨夜のフェイはすぐに部屋へ戻ってしまった。こういうことはそんなに多くある事ではない。何かあったのだろうかとリアは考えを巡らせたが、すぐにやめた。
「いや、別に。まぁ、なんでもいいけどよ。そんで、あいつどうするんだ? 放っておくったって、ずっとこのままってわけにはいかないだろ」
「そうだな。依頼人に確認する必要があるだろうな。いくら俺達がなんでもやるからと言って、黙って人買いと同じマネをさせられるのは気分がよくない」
代行屋としての仕事は、なんでも屋と同じと言っても過言ではない。すべてのリスクを依頼人の代わりに負い、あらゆる依頼に答える。しかし、それは依頼人との間に隠し事がないという前提での話。すべての真実を語る必要はないが偽ることは代行屋のリスクを不用意に高めてしまうのだ。
「そんじゃ、あとで連絡取っとくよ」
「よろしく頼む」
二人はコーヒーを飲みながら、そうして十分ほどいつも通りの朝――相変わらずキッチンでは何やら騒がしいという事を除いて――を過ごした。そうしてコーヒーを飲み終わった頃、ようやくキッチンから料理を持ってティアが現れた。
「おっ、待ったせ~! はい、どうぞっ!」
差し出された料理を見て、リアは思わず絶句した。
「なんだ、これ……」
「玉子焼きに決まってるじゃない!」
リアの知る限りの知識では、それはどう見ても玉子焼きには見えなかった。どう見ても黒くてぐじゅぐじゅしたものが乗っかっているようにしか見えない。まだ、フェイの前に置かれたものは多少黄色い部分が残っている。真っ黒焦げの物体を摘み上げてその正体を探ったが、やはり、どう見てもそれは玉子焼きとは呼べそうになかった。
「炭は食い物じゃねぇと思うけどな」
「仕方ないじゃない、これしか形にならなかったんだから。大丈夫よ、リアならいけるって!」
親指を立ててリアを後押しするティア。そんなティアの背後には、申し訳なさそうに俯くシェリルがいた。
「もう、文句言わないで食べてみてよ。お酒で生きていけるんだから、これだって食べたら栄養になるかもしれないじゃない」
「どういう理屈だよ。お前の機械とは違うんだぞ、あたしはよ」
「私の機械達と一緒にしないでよ。あの子達には混じりっけのない純正品しか与えてないんだから」
リアに大分イライラが募ってきた。それを察したようにフェイが席を立つ。流石にリアの言い分に賛同したのか、彼女を宥めることはない。だからと言って、ティアに何か言うわけでもない――――それは、ただこの場からフェードアウトしようとしての行動に他ならないからだ。
が、そう上手くいくはずもなかった。
「ちょっと、フェイ、どこ行くのよ。朝ごはんは、ちゃんと食べないとダメっていつも言ってるじゃない」
ティアは仁王立ちでフェイの進路を塞いだ。
「あぁ、悪いな。今日はちょっと用事があって外に出なくちゃならないんだ。あまり時間がないから食事は外でとる」
あからさまに言い訳めいた口調。リアはじとっとした目でフェイを見つめた。自分だけ逃げるなんてずるい。フェイは気まずそうにリアから視線を逸らした。
だが、事態はリアの予想に反して進んでいく。
「あぁ、そうだった、フェイ、知ってたの?」
ティアは何かを思い出したかのようにポンっと手の平を打った。
「私、料理に夢中ですっかり忘れてた。今朝方ダラスから連絡が来てたんだった。中央会開くから全員参加しろーってさ」
まさに嘘から出た真。この場から逃げ出すための口実が、実際に外に出なければいけない用事に変わった。
ダラスはこの最下層の街――《アンダードック》で仕事を行っているグループの取り纏めをしている人物の名だ。アンダードックは騎士団が直属で警備する《ハイドック》に比べると法の拘束力が弱い。そのため、様々な違法行為が日々執り行われているが、それでもある一定の秩序は保たれていた。
その無秩序の中の秩序を保つために行われるのが、ある規模以上の組織の長達からなる集会――《中央会》であった。二年ほど前からフェイ達の組織もそれに参加するようになっている。フェイの目的は街の秩序のためというよりは、情報収集目的のためという意味合いが強かった。三人という組織の規模は小回りが利くが、いささか全体を把握するには小さいからだ。
普段であれば中央会は三カ月に一度行われる程度だが、稀に臨時で開催されることがある。それは何かトラブルがあった場合だ。そのトラブルを解消するために、中央会の面々で協力するというわけである。 フェイ達が加入してからも一度あったことだ。
行った先にトラブルが待っている。それは憂鬱なことだが、今は何よりこの真っ黒な物体から逃げられることの方がフェイには優先だった。
「あぁ、そうだった。という事で、これはリアにやる」
わざとらしくそう言って、フェイの分の皿をリアへと差し出した。ぐじゅぐじゅの乗った皿が二枚並び、その凶悪性を一層増長する。
「てめぇー、汚ったねぇぞ! ちょっと待てよ、こら!」
さっさと部屋から出て行こうとするフェイの腕を掴もうとリアは手を伸ばしたが、あっさりと避けられる。フェイはそのまま、後ろ手を振って部屋の外へ出て行ってしまった。
目の前には二皿分たっぷりと盛りつけられた黒い物体(卵焼き)だけが残された。
「あ~、思い出した。あ、あたしもちょっと用事があるんだったなぁー、そういえば」
「嘘!」
ティアが手のひらで机を叩いた。シェリルの体がそれに反応し、びくりと縮こまる。
「う、嘘じゃねぇよ」
「ふーん、でも食事くらいしていく時間はあるわよね。もし、していかなかったら。代わりにリアが家事やるのよね?」
「う……」
以前食事をすっぽかした時に、リアはそんな約束をしてしまっていた。しかしそうは言っても、家事なんてのは、まっぴらごめんだ。そんなのは自分のする事じゃない。しかし、リアはまだ一口も目の前にある玉子焼きという名の黒い物体を食していなかった。このままではメイドよろしく家事をやらされるはめになる。
リアはとうとう覚悟を決めた。
「よーし、食ってやるよ! こんなもの、なんてことねぇ!」
リアは、半ばやけくそでその物体を口に入れ――――卒倒した。
「信じらんねぇ。どうやったら卵からこんなもんができるんだよ」
目を覚ましたリアは、コップに入った水を一気に飲み干した。テーブルの隅には黒くてなんだかわからない物体(玉子焼き?)が、未だに妙な威圧感を放っている。
「ご、ごめんなさい……」
シェリルがもごもごと謝罪の言葉を口にする。じろりとリアの視線が一瞬シェリルに注がれる。
「シェリル、やっぱり駄目だったみたい。ごめんね、これ食べられないみたい」
「てめぇ、分かってて食わせただろ!」
「何よ、いいじゃない、別に」
「よかねぇよ! 人を何だと思ってやがる」
リアは、水を飲み干したコップをテーブルに叩きつけるように置いた。その音でシェリルはビクリと体を強張らせ、ティアの後ろへと隠れてしまう。
結局、朝食はティアが作り直すことになった。ティアはシェリルを残して再びキッチンへと姿を消し、リアとシェリルの二人だけがリビングに取り残された。
シェリルの服装は昨晩のフリルとは一転してシンプルなシャツ(ティアが奮発して買った物)とスカート(ティアがおめかしする用)というスタイルへと変わっている。ちょうど年齢も背丈も似ていたためにティアが自分の服に着替えさせたのだ。それでも、着る人間が変われば受ける印象も変わる。相変わらず言葉少なげにじっとしているシェリルの姿はまるで人形のようだった。
シェリルはティアの居る時は多少なりとも言葉を発していたが、リアと二人きりになって、すっかり昨日の通りになっている。リアも別にシェリルと何かを話そうとは思ってなかったので特に何も言わなかった。それについては既に昨日の段階で諦めている。元より関わる気など微塵もない。まるで彼女がいないかのようにリアは過ごした。
しかし、意外なことにシェリルの方からリアに話しかけてきた。
「あの……」
とても小さな声。まるで小動物の鳴き声のようなかわいらしさだ。おまけに下を向いて喋るものだから、余計に何を言っているのかわからない。リアも気のせいだと思い、聞こえない振りをした。
「あのぉ……」
一度深呼吸をしてから、シェリルがもう一度声をかける。さっきより少しだけ大きな声で。しかし、今度もまたその言葉はリアには届かない。シェリルはとうとう諦めたようにもじもじとして、下を向いて黙りこんでしまった。
そのまま数分が過ぎた。
ティアの作る料理の香りが漂ってきた。昨日準備しておいた料理を仕上げているのかもしれない。その間、二人は無言だった。
時折、シェリルは何かを言いたげに顔をあげ、ちらちらとリアの様子を伺ってきたが、結局何も言わずに下を向いてしまっていた。それだけでリアはなんとなくイライラとした気分になり、無意識にコツコツと机を指で叩き、シェリルを睨みつける。そうして何度目だろうか、シェリルが上目でリアの様子を確認した瞬間、とうとう我慢の限界に達した。
「だあぁああああああああ、もう、なんだよ、何か言いたいことあんなら、はっきり言え!」
リアはダンっ、と机を叩いて立ち上がる。シェリルはその音でまたしてもビクリと体を縮こませて、身動きすらとれなくなった。目にはうっすらと涙まで浮かべている。
「うるさいわねっ!」
ちょうどその時、料理が盛り付けられた皿を両手にティアがキッチンから現れた。先ほどとはうって変わり食欲をそそる香りが漂ってくる。
「もう、何やってるのよ、リア。イジメないでって言われたでしょ! シェリルはリアみたいにガサツじゃないんだから、もっと優しくしてあげなくちゃダメだよ!」
「知るかよ、んなもん。こいつ見てるとイライラすんだよ。言いたいことがあるなら、さっさと言えばいいんだ」
「あのねぇ、だから、シェリルはリアと違って繊細なんだって」
呆れながら、ティアはテーブルに料理を並べていく。
「それで、シェリル。あなたリアに何か言いたいことがあるの? あと、とりあえず、リアは座って。コワイから」
リアは仕方なく腰を下ろすと、目の前の料理を食べ始めた。何はともあれ腹を満たすことが先決だ。料理よりシェリルを優先する理由はどこにもない。
シェリルはしばし黙りこんだあと、意を決したように口を開いた。
「あの……あなた方は海賊なのですか?」
「え?」
ティアが驚きに目を丸くした。
リアは口に入っていたものをゆっくりと喉の奥へと押しやり、じっとシェリルの目を見つめた。シェリルは意外なことに今度はリアから目を逸らさない。
「悪いけど、あたいらは海賊じゃあない。てめぇがうちの船に乗り込んじまったのは、ただの偶然さ。あたいらの稼業は代行屋。依頼人の望む事を依頼人の代わりに右から左にこなしていくだけさ。それがどんな仕事だろうとな」
「それが誰かを傷つけることになってもですか……?」
怯えるように震えていたシェリルの声が、僅かに強さを含んだものに変わっていた。
「船に積み込まれていたのは妖楼草ですよね。あれは国が管理している植物のはずです。それを何故あなた方が持っているのですか?」
リアはソーセージにフォークを突き立てると、口へ運び、噛み千切った。徐々に不穏な空気が増すのを感じ取り、ティアはそわそわしている。
「へぇ、珍しいことを知ってるんだな。てっきり、何も知らねぇお譲様だと思ってたんだけどな。だが、まぁ、お前の言ってる事が正しいとしても、あたいらは依頼人の代行をしてるだけだ。その中身に関しては関係ないのさ。だから説教ならそいつらにしてやってくれよ。こっちはこっちのルールでやってる。誰かが決めたルールなんざ、知ったこっちゃないんだよ」
リアの言葉にもシェリルは臆さない。それどころか更にリアに食って掛かっていった。ティアはリアの隣で何かとんでもない事でも起きたりしないだろうかと、ドキドキしながら二人を交互に見やっている。
「妖楼草は確かに魔法士にとっては、特効薬のようなものなのでしょう。けれど使用法を間違えれば、魔法を暴走させてしまう危険なものです。それを無断で取引するなんて……」
「だからなんなんだ? あたしに言わせれば、それは使う側の問題だ。違法だからやめろって言いたそうな顔してるけどな。あたいらが仮にここであれをどうこうしたところで世界は何にも変わらねぇ。代わりに他の誰かが同じ事をやるだけさ。
それを止めたきゃ自分で止めてみればいい。他人に頼んだところで何も変わりはしないのさ。やるのが罪なら、やらねぇのは罪にならねぇのかい?」
それだけ言いうと、リアは席を立った。
「ティア、そいつをしっかり見張っておけよ。一応、まだ預かり物ってことになってるからな。あたしは依頼人と連絡を取ってくる」
シェリルは唇を噛みしめ、また黙り込んでしまった。