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魔女の戴冠  作者: ブラン
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遭遇

 毎日、同じ窓から同じ景色を眺める。ただ、それだけの人生。まるで籠の中の鳥。私には何の価値もないけれど、私が生きていることで世界が平和でいられるというのなら、私の生きている意味はあるのだろうか。



「姫様、お早く!」


 女騎士は少女の手を握り、足早に通路を進んでいた。焦る気持ちで思わずその手に力が入る。


「痛いわ、エイミー。一体どうしたというのですか?」

「話している時間はありません。一刻も早く城の外にお逃げ下さい」


 女騎士――エイミーは十字路に差し掛かると壁に身を隠しながら、素早く、しかし慎重に通路の先の様子を窺う。

 人影は見当たらない。ただ、遠くから怒鳴るような大きな声だけが聞こえてくる。石造りの城内では、その声はよく反響した。


 ぴたりと背後に寄り添う少女の姿を今一度確認する。銀色の髪が美しい、まだ幼さの残る少女だ。フリルのついた寝巻きが年齢よりも尚、幼い印象を与えていた。

 少女は瞳を濡らし、不安そうにエイミーを見上げている。


「さぁ、こちらです」


 少女の手を引き、ついて来られるぎりぎりの速さで先を急ぐ。二人にはもはや一刻の猶予も残されていなかった。


「外に出るのに地下へ向かうのですか?」

「正面から出ては見つかってしまいます。この先にいざという時の逃げ道があります。そこから外へとお逃げください」


 人がなんとかすれ違える程度の狭い階段を駆け降りていく。足がもつれ、転びそうになる少女を気遣いながらもエイミーは速度を落とさない。

 降りた先は十字に通路が伸びており、通路の左右にはいくつもの部屋が等間隔に並んでいた。橙色の薄暗い照明が、頼りなく転々と灯っている。普段倉庫として使われているその場所に今は人の姿はない。


「もう少しです。さぁ、行きましょう」


 エイミーは、しゃがみ込んで苦しそうに息を切らせる少女を励ますように言った。見上げる少女の顔には、不安と怯えの色がありありと浮かんでいる。


「申し訳ありません。私がもう少し早く気がついていれば、こんなことにはなりませんでした」


 エイミーは自分の不甲斐なさに拳を強く握る。

 少女は否定するように首を横に振って立ち上がった。


「エイミーのせいではないわ」


 二人は右手の通路へ進むと一番奥にある部屋に入った。

 そこにはいくつかの戸棚とたくさんの木箱が置かれていた。中に入ると埃が舞い、カビ臭さが鼻孔を刺激する。


 エイミーは腰に帯びた鞘から剣を引き抜くと、一番隅にある棚を叩き切った。続けて、露わになった石壁の隙間へと剣を突き刺す。すると、カツンッという乾いた音と共に敷き詰められた石の隙間に光の筋が走り、石壁の一部分が崩れ落ちた。開かれた壁の向こうには明かりのない真っ暗な通路が続いていた。


「さぁ、姫様。この中へお入りください。ここを進めば外に出られるはずです」

「一人は嫌。エイミーも一緒に」


 すがるようにして少女はエイミーの腕を掴んだ。震えるその手にエイミーはそっと自分の手を重ねる。


「申し訳ありません、私は共には行けません。ですが、大丈夫です。必ずまた姫様を迎えに参ります。そのペンダントにお祈りください。そうすれば必ず、また巡り合えます」


 少女は首に下がるエメラルド色のペンダントをギュッと握りしめた。


「……必ずよ、エイミー」

「はい、必ず」

 

 エイミーは力強く頷いた。




 フェイ・ノースライトは次々に船へと運び込まれる荷物を眺めていた。

 暗闇の港で行われている荷移しの作業は、何の問題もなく進められている。数人の男達が、人一人入れるほどの大きさの木箱を軽々と担ぎあげ、船から船へと荷を移し替えていった。周囲を照らす明かりはなく、お互いの顔さえ少し離れればわからない。空に輝く月と星々の輝きだけが唯一の光源だった。


 フェイの隣には相棒の女が居た。タバコの赤い光を揺らめかせて、退屈そうに空を眺めている。女は星の輝きを数えては煙草の煙で空を覆い、それが途切れてはまた数え、を繰り返していた。意味など何もない。ただ時間が過ぎるのを待つためだけにそうしている。もう女の足元には吸い殻が何本も転がっていた。


 淡々と粛々と――何の異変も異常もない退屈な時間が過ぎた。


 やがて、そうしているうちに荷移しの作業は終わりを迎えた。

 スラリと背の高い女が一人、フェイの元へとやってきた。風に靡くその長髪は漆黒の闇夜よりも尚黒い。

 長髪の女は落ち着きのある透き通った声色でフェイに話しかけてきた。表情は闇に紛れ、はっきりと読み取ることは出来ない。


「作業は完了したわ。品物を確認して頂戴」

「リア」

「あいよ」


 フェイの隣にいた相棒の女――リアが船に乗り込んでいく。そして、積み込まれた荷の“数”だけを確認し始めた。彼らが確認すべき内容は、ただそれだけである。荷の中身が何であるかどうかは関係なかった。


「めずらしいな。こんな場所にレディが出てくるとは」

「そうかしら。あなたのお仲間も女性でしょう」


 まるで闇夜に話しかけるような感覚。相手がそこにいるかどうかも疑わしく思える。しかし、こうやって取引相手がその場に居合わせているということは、彼らの仕事を鑑みれば十分に好条件だった。


「こんな暗闇じゃもったいないな。その声はきっと美人に違いない。昼間に出会えなかったのが残念だ」

「――御世辞でも嬉しいわね」


 女はフェイに背を向けると、少し間を置いてそう答えた。

 言葉のやりとりにさして意味はない。余計な詮索はしないに限る。けれど、フェイは女の声を聞いて何かひっかかるような感覚を覚え、問いかけた。



「あんたとどこかで会ったことはあるか?」



 まるで街で女に声をかけるような安い台詞。そう思いながら、しかしフェイ自身本当に言葉通りの事を聞きたいのだから仕方がない。

 女が振り返ってフェイの方を見る。――――笑ったような気がした。


「――――――どうかしら。そうね。でも、いずれまた会える時もあるかもしれないわ」

「――――そうかもな」


 疑問を抱いたのは何かの気のせい―――――。そう自分の中で納得し、フェイがそれ以上女に何か訊く事はなかった。実際、具体的に何か思い当たる節があるというわけでもないのだ。


「フェイ、大丈夫だ。ちゃんと数は揃ってるぜ」


 リアが甲板からひょい、と飛び降りた。


「中身は確認したの?」


 女が怪訝そうな声色で訊いてくる。リアが確認作業から戻ってくる時間の早さに疑問を持ったのだろう。積み荷の移動は一時間ほどで終わったが、それでもほんの数分でその全部を確認できるはずがない事は、明らかだ。


「いや。その必要はない」


 フェイは今までに何度か受けてきた問いと同じように答える。


「俺達は《代行屋》だ。積み荷の真偽を確かめるのは今回の俺達の仕事じゃない。ただ決められた荷を決められた通りに受け取り、依頼主に届けるだけだ。だから、むしろ確かめなければならないのは、あんた達のほうだと思うが。トラブルが起きれば俺達があんた達を痛い目に合わせなきゃならないからな」


 表のルールから外れた所謂「違法」と呼ばれる類の取引では、その中身が希少なほど、またその金額が跳ね上がるほどに取引の危険性も増大する。

 互いに笑顔で握手をしながら、もう片方の手では常に相手を警戒し、銃を握る。この場所ではそんなやりとりが日常的になされ、またその撃鉄が落ちることも珍しくない。


 危険は出来るだけ避けたい。しかし、だからといって取引を躊躇するようでは、利益はあがらない。そんな二律背反の状況。それを打破するために現れたのが、自分の変わりに危ない橋を渡ってくれる人間――代行屋の存在だった。


 代行屋は依頼人のリスクを肩代わりし、トラブルが発生した際の後始末までを一手に担う。故に彼らにはそれ相応の強さと依頼を成し遂げるだけの技量が要求される。フェイ達はまさにその代行屋だった。


「そう――。けれど心配はいらないわ。こちらもただ運んでいるだけだから。では、支払いを」


 あっさりと女はそう答えた。


 フェイは革袋を取り出すと、それを女に渡してやる。中には金貨が詰まっている。一般人が数年働いて、やっと得られるかどうかという金額の金貨――――。


 女はざっと中身を確認するとそれを仕舞った。中身までは数えない。彼女もまた、フェイの同業者といったところなのだろう。フェイは特にそのことについては言及しなかった。


 この世界では裏切られるのではないかという疑心と、裏切るのではないかと疑われないための信用が必要なのだ。


 そうして、取引はその規模に見合わない早さで終了した。


「取引完了ね」


 長髪の女は船に乗り込み、夜の海の向こうに姿を消した。




 海に出てしばらくしてフェイはある異変に気がついた。周囲の船影を映し出す計器に二つの反応が移りこんできたのだ。


 船は普段から昼間でさえあまり一般の船が通らない海域を進んでいる。この海域は積荷を狙った海賊がよく出没するために、ここを通り抜けられるだけの武装を持たない船は利用することが少ない。しかし、航行ルートとしては一番効率がいいために、フェイはこのルートを選んでいた。

 それが裏目に出る。


「追われているな」


 フェイは計器に目をやりながら、面倒くさそうに言った。後方の二つの影は少しずつそのスピードを上げ、フェイ達の乗る船――グランツィア号に近付いて来る。もはや追って来ているのは明らかだった。


「どこの連中だ?」


 座席の背後から覗き込むようにして、リアが言った。


「さぁな。船籍は不明。ここらには海賊がうろちょろしているからな。民間の船はまず通らないだろう」

「ただの海賊ならいいけどよ、闇取引狙いのハンターなら厄介だぜ?」

「ああ……それにしてもタイミングがよすぎる。わざわざ見つからないように取引を行ったっていうのに、俺達が湾の外に出てすぐこれだ。情報が抜けているとしか思えないな。これなら民間のルートを使ったほうがよっぽどマシだ」


 フェイは船の速度を上げた。しかし、背後につける影は小さくなるどころか少しずつ大きくなっている。


「フェイ、もっと速度は上がらねぇのかよ。いくらオンボロ艇だからって、あたいらの乗る船は高速艇グランツィア号だろ? もうちょっとスピード出てもいいだろ」

「残念だが、現状じゃこれで全速だ。あれだけの荷物を積んで、燃料切れの《マナ石》じゃどうしようもない。それに生憎と俺の領分は空なもんでね。海には昔から嫌われてる」


 世界を構成するすべてのものには《マナ》と呼ばれる力が宿っている。マナは根源であり、すべてのものはマナから始まり、そしてマナへと還ってゆく。マナはいわば純粋なエネルギーの固まりであった。


 そして、世界にはこの世に満ちるマナの力を溜め込んだ石が存在する。それがマナ石と呼ばれる石だ。扱いに専門的な知識は必要なく、ただそれを動力源とする道具を使えば、誰でも魔法を扱うことが出来る。


 その利便性の高さから、マナ石は人々の生活に深く浸透していった。その利用は生活用品から軍事産業にいたるまで、限度を知らない。魔法が衰退した現代では、世界はマナ石とそれを原動力として稼動する魔具によって成り立っていると言っても過言ではなかった。


 フェイ達の乗る船もまたマナ石を搭載し、その力を動力として動いている。

 計器はマナが性質を変える時に発生するその力の波動を確かに捉えていた。


「はあぁ? 飛べないくせに何が空だよ」

「まったく返す言葉がないね……」


 船は進路を変更して、小島があちこちに点在し、入り組んだ水路のようになっている場所に入っていく。小回りの効くグランツィア号では、水深が浅く入り組んだ場所のほうが有利と踏んでの判断だった。


 しかし、事態はますます悪い方へと転がっていく。


「ちっ、まったく手厚い歓迎だ。うれしくて涙が出るね」


 計器に更に二つの船影が浮かび上がる。合計四隻がフェイ達を取り囲もうと、その包囲網を縮めてくる。


「殺り合おうぜ、フェイ。どうせ逃げきれやしないんだろ?」

「まぁ、それも悪くはないけどな。相手は四隻だ。船がやられないとも限らない。もう少し条件を整えないとな。海まで奪われたんじゃ、商売あがったりだ」


 フェイの頭の中には、このあたりの地形がすべて刻み込まれていた。代行屋として誰かから狙われるということは、常に想定していなければならないからだ。フェイは持てる情報を元に次なる事態への対処を組み立てていった。


 だが、実のところフェイの頭の中には海賊に襲われて自分の身が危うくなるだとか、積み荷が奪われてしまうだとか、そういう心配はあまりなかった。ただ、自分の船が傷つけられないように、そのためにフェイは自分達が有利になる場所へと船を進めたのだ。

 

 フェイの舵取りによって、幸いにも後方の船との距離は、さほど縮まってはいない。時折、マナ石の力で弾丸を飛ばす機銃による攻撃があったものの、この距離に加え、暗闇という悪条件からそれが船に命中することはほとんどなかった。


「そろそろ、出番だ。よろしく頼むぜ」

 

 フェイはリアに指示を出した。




「あいよ」


 リアは軽く返事をすると甲板へと出た。

 吹きすさぶ風が肩口で切り揃えられた彼女のワインレッドの髪をかき乱す。昼間の熱気はすっかり空へと逃げ、リアは心地いい風を感じながら大きく息を吸った。


「悪くないな」


 いくつもの小島が群がるこの海域は、海というよりはむしろ、川の様相を呈している。そのおかげで、フェイの船と敵船はほとんど一直線に並んでいた。もはや回避行動はほとんど取れない。だが、それは敵にとっても同じことだった。


 ここぞとばかりに、敵船は機銃の攻撃を浴びせてくる。


 闇夜を切り裂く赤い炎を纏った弾が、いくつも船に飛来してくる。だが、その炎弾が船に命中することはなかった。


 片手を宙にかざしたリアの手から微かに何かが煌めく。それが彗星のように尾を引きながら炎弾に触れると、あっという間に炎はその力を弱め海へと落下していった。


「まったく、ナチュラルじゃねぇな」


 直後、リアが何かを口ずさんだ。大気に満ちたマナが軋み、躍動する。明確な意思を与えられたマナがリアの色へと染まっていく。そして次の瞬間、フェイ達の船を追いかけていた二隻の船は突如轟音とともに撃沈し、文字通り海の藻屑となり果てた。


「残りがもうじき前方に現れる。進路を塞ぐなよ」

「オーライ。心配すんな」


 イヤホンからの声に応じるリア。その深紅の瞳にはフェイの言葉の通り、前方に迫りくる船影が二つ映っている。大きさは後ろから追っていた船よりも一回り小さい。ちょうどグランツィア号と同じくらいの大きさだ。しかし、二隻が横に並ぶと、ほとんど進路をふさぐ形になった。


「面倒くせぇ真似しやがる」


 互いの船はいささかもスピードを弱めることもなく、むしろ、速さを増すようにして突き進んでいった。速度を上げるにつれ、船内のマナ石が力を放出し、唸りと共に独特な色に輝き始める。


 炎弾の雨がグランツィア号の進路を塞いだ。しかし、またしてもリアの力によって炎弾は船に到達することもなく力なく海へと落下していく。


 船と船の距離はどんどん近付いていく。このまま衝突すれば、お互い木端微塵となって海に沈む事になるだろう。


「フェイ。望みどおり、あんたを空へ飛ばしてやるぜ」

「お手柔らかに頼む……」


 その一言で、フェイはリアが何をしようとしているのかを悟り、同時に船の出力を全開まで高めた。


 直後、グランツィア号のすぐ前方の海面が軋むような音を立てながら、みるみるうちに競り上がった。船底が何かにぶつかり、けたたましい擦過音をあげる。



 そして――――グランツィア号は空を飛んだ。



 正確には大砲から打ち出された砲弾のようにただ飛び出したにすぎない。

 船に乗る二人の体は一時的に重力から解放され、ふわりと浮きあがった。しかし、そこから逃れられるはずもなく、すぐに大地へと引き戻されていく。船内にいたフェイはシェイカーのごとく天井と床に打ちつけられ、空を仰ぎ見るリアは、まるで波乗をするかのように空中でくるりと体を回転させながら宙を舞った。


 中空に浮き上がるリアの瞳には、グランツィア号の後方に逆さまに敵船が捉えられていた。リアはそれに向かって指で銃の形を作り――――



「Burn!」



 見えない引き金を引いた。


 直後、グランツィア号は盛大な水しぶきと共に海面へと着水した。船先が海面に潜り込み、水をはね上げる。フェイはその衝撃でもう一度船にたたきつけられ、うめき声をあげた。数瞬遅れて、リアは軽やかに甲板へと着地する。


 背後には赤く燃え上がる二隻の船の残骸が浮かんでいた。




「もう少しなんとかできなかったのか」


 首筋を擦りながら疲れたように言うフェイ。船内はまるで嵐でも吹き荒れたのかと思うくらいに物が散乱してしまっている。しかし幸いにして、船自体に大きな損傷は見られないようだ。こういう事態も想定して、専属の整備士がどこよりも頑丈な造りにしてくれていたおかげだった。


「言われた通り、進路は塞いでなかっただろ?」

「……そうだな。けど、おかげで中はめちゃくちゃだ。片付けくらい手伝ってくれるんだろうな」

「へいへい」


 二人はまず動力部へと向かった。特にこの部分は船の心臓部だけあって頑丈に出来ており、外部からのマナ石への干渉も極力防ぐ作りになっている。それだけに船が発見されたことは不可解に思えた。マナ石の波動が伝わりにくいということは、フェイの推測通りあらかじめ進路が予見されていた可能性を示していた。


 数分で動力部のチェックを終え、二人は船倉へと向かう。フェイはたどり着く前から何か嫌な予感がした。

 明かりをつけて中を確認すると、案の定積み荷の山は崩れ、いくつかは中身が飛び出してしまっていた。


「へぇ、妖楼草(ようろうそう)か。どっからこんなに集めてきたんだ?」


 積み荷の中身はどれも妖楼草という薬草だった。

 妖楼草は魔法を自在に操ることの出来る《魔法士》が儀式に使う薬草で、一時的なマナの増加を得る事が出来る品だ。しかし、一方でその副作用の危険性から国によって使用の制限が厳しくなされていた。もちろん、ここにあるのは国の許可を得たものでないということは考えるまでもない事だった。


 しかしそんなことよりも、フェイ達にとってはこの散らかり用をどうするかということのほうがよほど重要だった。

 どこから手をつけたらいいものか。そう考えながらフェイは、ひと通りの荷を確認し始める。周囲は船倉いっぱいに詰め込まれた木箱がごろごろと転がり、足の踏み場もないほどだ。


 フェイはその中に予想外のモノを発見した。



 ――――いや、それは物ではなかった。



「これは……」


 フェイは初めそれを極めて精巧に作られた女の子の人形――そう思った。


 世界にはまるで人間のように自然な動きをする人形が存在する。優秀な魔法士が人間を模した器にマナの力を込め作り上げるのだ。しかし、それではないことがすぐにわかった。



 それは――――ゆっくりと体を上下させていた。



 人形は呼吸をすることはないのだから、つまり、それは本当に生きていた。

 その容姿は神が作り上げたのではないかと疑うほどに均整が取れた造形をしている。一点の曇りもない滑らかな肌と、金砂のようにきらびやかな銀色の髪。首には不思議な波動を放つエメラルド色のネックレスがかけられている。おまけに、服装までも装飾やらフリルやらが施されたものだったのだから、フェイが人形と見間違うのも無理はなかった。生きた人形――まさにそう呼ぶに相応しい容姿だ。


 幸いにして、その少女が入った箱は荷の上の方に積まれていたのか、他の木箱の下敷きにならずに済んでいた。

 フェイはなんとなく安堵した気持ちになった。


 その場で固まるフェイを不審に思って、リアが声をかけてくる。


「どうしたんだ、フェイ。ってこりゃ、なんだ一体?」

「……さぁな。俺に聞かれても困る。聞きたいのは俺のほうだ。どうやら木箱に詰め込まれていたらしい。一応、生きてはいるみたいだが……」

「おい、起きろ」


 リアはいきなり床に転がる少女を抱き起こすと、体をゆすった。怖いもの知らずなリアらしい行動だとフェイは思う。同じ女だからできるのだろうが、フェイからしてみれば触れることすら躊躇われる。フェイは自分が一人で来ていなくてよかったと胸を撫で下ろした。


「ん――――」


 少女の口から僅かに声が漏れる。苦しそうに頭を動かすと、顔にかかっていた髪が流れ、フェイにも少女の顔がはっきりと見て取れた。魔具の照明が放つ薄暗いオレンジの光に照らされる少女のその顔には、まだ幾分幼さが残っている。年齢は一五、六歳のように思われた。


 フェイは少女の顔を見て僅かに後ずさった。


「おい、いつまで寝てんだ」

「ん……ぅ………………」


 リアの呼びかけに再び少女が声を漏らした。少女の意識が俄に覚醒の様相を見せる。長い睫毛の瞼をゆっくりと持ち上げると、ガラス球のように透き通った青い瞳が覗いた。


「―――――――誰……?」


 その眼差しは、まだ半ば夢の中を漂っているかのように定まらない。自分がどういう状況で何を口にしているのかもわかっていない様子だ。


 どうすんだよ、これ。と言わんばかりの表情でリアがフェイを見た。


「――――恐らく、薬で眠らされていたんだろう。その様子から見て、あと二、三時間はまともに会話もできないだろうな」

「何者なんだ、こいつ。あの野郎、もしかしてこいつを買ったのか?」


 リアがあの野郎と呼んだのは依頼主のことだ。フェイは日頃から依頼主の前ではそういう事を言うなと言っていたが、普段はこの有様だった。


「いや、その可能性は低いだろうな。奴の専売は密輸だからな。それは俺達も知っていることだろ。今まで人買いをやったという話は聞こえてこない。それに、俺達に黙ってというのも、ちょっと考えにくいしな」

「そうか? 人買いだから、黙ってたんじゃねぇのか。どこまでいったって、ここいらの人間は信用なんて出来ないぜ」

「そうだとしてもここに紛れさせる意味はないだろ? 俺達がこの品を届けるのは、まだ数日先だ。仮に俺達が何も気付かずにこの荷を保存しておいたとして、中身はどうなる? この暑さの中飲まず食わずにしていたら、まず死んでしまうだろうな。よしんば生きていたとしても、まともじゃいられない。人買いをするならそれなりの処置はするはずだ。たとえ死体でもいいっていうなら話は別だけどな」


 フェイは積み荷のひとつに腰をおろした。


「いずれにせよだ。ここじゃ、何も出来ることはないし、事実関係を確かめようもない。何かを聞くのはドックに帰ってからでも遅くはないだろう。――――リア、その子を寝室へ連れていってやってくれ」


 フェイに言われ、やれやれとボヤキながらもリアは少女を抱えて船倉を出て行った。


「まさかな……」


リアの背中で隠れる少女を見つめながら、フェイは小さく呟いた。


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