MEMORY
夏が終わる。うだるような暑さはなりを潜め、夕暮れにはひぐらしがなくようになり、遠くに見える入道雲も夏休みが終わってからは元気がないようだ。僕は部活を引退し、受験めがけてまっしぐらである。消えた転入生も、精神病仮説も、宇宙人仮説もどうでもよくなってきた。僕は僕の将来に責任を持たねばならないし、そのことはオカルト騒ぎよりも大切だからだ。
「話があります」といったメールが部活の後輩から来たのはそんなある日のことだった。後輩といっても、二年生で新しく部活に入ってきた彼は、僕とは入れ替わりであり、ほとんど面識はないのだが。突然の話というので、何か差し迫った事情があるに違いない。僕に話す理由が毛ほども分からないが、これにも何か込み入った事情があるの相違ない。ここは相談にのってやるのがよいだろう。
放課後、近くのウッドステップという大型ショッピングモールの一角にある喫茶店で待ち合わせをすることになった。僕が着くと、すでに彼は席について待っていた。
「よう中沢」
「あ、おつかれさまです」
「どうしたの、急に」
「いやー」
そう言う彼が落ち着きなくあたりを見回してから突然話題を切り出した。
「宇宙人って信じます?」
「おいおい随分突然だな、しかもそんな差し迫った表情してさ。大丈夫か。熱でもあるのか?」
「ふざけてませんよ、本気です。」
「ふむ」
「ご注文はお決まりですか?」
ウエイターがやって来た。
「ブレンドコーヒー一つ」
「かしこまりました」
可愛い制服だなあと思う。
「で、何で僕に相談したの?」
「いや、田中さんが、先輩が昔花子とかいう仮想の女に入れ込んでいた時期があったって話を笑い話でしていたんです。僕にも似たような経験、いや、仮想の女の子に入れ込んでいたってわけじゃないんですよ、みんなと記憶が食い違う出来事が一つあるんですよね。」
「ほう。僕の記憶を信じるってわけ?」
「とりあえず可能性として、ですが。僕の経験とあわせることで何か得るものがあるのではないかと思いまして」
「まあ、そうだな」
「これに見覚えがありませんか?」
彼が手に持っていたのは、どこかで見覚えがあるものだった。確か……。
「記憶ぬりかえ装置?」
「ネーミングがかっこよくないですが、それです。」
「何で持ってる?」
「気になりますか?」
「質問に質問で返すんじゃない」
「はいはいはい。」
「ブレンドコーヒーになります。」
ウェイターさんがまたやって来た。
「どうも」
「これは明らかに僕らの知っている科学のものじゃありません。」
「可能性がどうとか言った直後に明らかにとかなあ」
「とにかく、これの秘密、解き明かしましょうよ。」
「うーん」
厄介ごとには関わりたくいない。しかし、僕だって当事者には違いないのだ。このまま見て見ぬふりをして楽しい人生を送ってもいいんじゃないか。
「気にならないんですか、花子さんなる人物が何者だったのか、なぜ先輩の記憶だけ食い違っているのか。そういう人間が一定数いるのか。そういう疑問を無視したまま平和な日常を送っていて、ある日突然SF的な何かに殺されたりしてもいいんですか? 記憶が残っているってことは普通じゃないんですよ、何がこの先おこるかわかんないんですよ。それって平和な日々ですか、本当に」
中沢が僕を見つめる。