ENCOUNTER
やたらとオカルトに興味があったのは中学生のころだ。世間で言う中二病まっさかりだった僕は、教室に墜落してきたUFOから出てきたラブクラフトに出てきそうな旧世界の支配者に、地球の運命をいつ託されるかということを考えながら学校生活を過ごしていた。しかしそんなことはもう過ぎた話だ。今となってはもうそれどころではない。何を血迷ったか、中二病全開だったくせに「将来の安定」を考えていた僕は県内のトップ校に入学し、男子校でムサクルシイ日々を送っているからだ。宇宙人よりも道を歩く美少女だ。そんな高校生活も三年目に入り、またもや「将来の安定」のために医学部を目指していた。
さてそろそろ真面目に勉強せねばならん、と思っているうちに夏が来た。僕は水球部である。一言で説明すれば、マッチョな男たちが足の着かないプールに入ってボールをゴールに入れる競技である。そういうわけで僕は夏は部活で忙しい。
さて、そして今。もう可愛い女の子に目をやる余裕すらないほど泳いで投げて疲れきった僕は、皆が帰った後もブイを足に挟んでプールでプカプカ浮かんでいる。いや、何、一緒に帰る友達がいないのではない。毎日そんなことをしているのでもない。何となく今日はゆっくりしていたい気分なんだ。
プカプカと浮かびながら、学校の隣にあるファミリエ・ブーフという本屋の駐車場の明かりを見ている。すると、なんだか駐車場の明かりの一つが動いているような気がしてきた。僕が水に揺られて動いているのか……? そうこう考えているうちに光は大きくなり、「ソレ」はプールの中ほどに勢いよく墜落した。ものすごい波が起きて僕はプールサイドへとふっとんだ。
プシューという音を立てて「ソレ」から蒸気が噴出している。でもって、辺りは水浸しだ。とりあえずそんなことはどうでも良くて、一刻も早く逃げなくてはならない。全身の細胞という細胞が逃げろと言っている。立ち上がって水着のままフェンスを乗り越えている僕。その後ろでガコンという何かが外れる音がしたかと思うと、中国語と思われる声が聞こえてきた。無視だ、無視にかぎる。後で警察に連絡だ。
フェンスを飛び降り、プールの隣にある体育館の裏の通路の影に隠れた。持ち物はない。水着一枚だ。しかも悪いことにブーメランパンツである。これで交番の前に言ってなんて言う? 中国の円盤型の乗り物がプールに墜落してきました。ダメだ。間違いなく補導される。折角逃げてきたのに服を取りに帰らねばならないとは。恐怖やら腹立たしさやら足の裏に砂利が刺さって痛いやら、とにかく大変だ。どうするか……。
意を決し、プールへと戻ることに決めた。足音を立てぬよう、呼吸も静かに。
プールが見える直前まで来た。ここから首をちょいと出せば様子が見える。トントン
「Hello!」
「え?」
「I'm sorry but my driving failure broke the ship, and I'm wondering if you help me with repairing of my ship.(操縦ミスって船が壊れちゃったの、ちょっと修理手伝ってもらえませんかね)」
肩をトントンされた方向を見ると、見目麗しい乙女がいた。歳はそう変わらなく見える。英語を話しているがモンゴロイドである。しかし肌は透き通るように白い。そしてあの円盤の持ち主のようだ。声から察するに先ほど中国語で話していたのも彼女だろう。英語ペラペラで秘密組織に所属する中国から来た少女のエージェントか? そんな設定はB級SFの中だけで十分だ。是非とも丁重にお断りしなくてはならない。そして怖い。早く逃げたい。もう着替えとかどうでもいいから。しかし逃げたら追われそうなので
「あのですね……」
「Do you speak English?」
ふざけるな英語は得意じゃない。しかし命にはかえられない。
「Well, I have some works to do tonight at home,so……(今晩家でしなくちゃならんことがありまして、それでですね)」
「Okay,come here! You'll be able to go home by 10 even in the worst case.(大丈夫、こっち来て! 最悪でも十時までにはお家につけるわ。)」
とりあえず全然Okay!ではないので、相手が男で得体が知れていれば張った押してやりたい。可愛くて秘密のエージェント(かどうかは知らないけれど)だからって何でもしていいと思うなよ。
腕を引っ張られて抵抗も出来ずに再びプールサイドまで引っ張ってこられた。何をしているんだ、僕は。本当に泣きたい。
「Can you teach where the disinfectans for this poool?」
でぃす何とかいう単語が分からない。キョトンという顔をしていると、クロライドがどうとか言っている。消毒用の塩素をもってこいということらしい。言うとおりに僕は消毒用塩素を倉庫から探して与えた。倉庫から帰ってくると、更衣室の中にあった様々な備品とよくわからない物体(彼女の持ち物のようだ)が彼女の足元のプールサイドに散乱していた。彼女はそこに座り込むと自分の持っている道具とそれらをくっつけたり塗りつけたりしていた。僕は暇なのでバカみたいにその場で立っている。
「完成!」
「あれ、日本語……」
「ああ、船の中に通訳装置みたいなものがあったの」
「は、はあ」
もうオーバーテクノロジーすぎてついていけない。
「で、完成したのがこれ。記憶塗り替え装置って言えばいいのかしら。」
突っ込んだら負けだ。これは。何か分からないが、色々と突っ込んだら何かに負けた気がする。平静を装わねばならない。
「ほ、ほう。そ、それでUFOの修理は?」
「数日はかかるわね」
「はあ」
「ということで明日からここの生徒になります」
「そりゃ無理だ、男子校だもの」
「なんとかするわ」
もうどうにでもなってくれ。そう思う。