三十三話 キリコと光ちゃん
興奮が収まらないキリコに強引に引っ張られ、僕は今村の空き地に来ていた。シルーレも付いてこようとしたが、ついでにジジイに一対一で話しにいきたかったので、
「シルーレはちょっと待ってて」
と言ったのだが、キリコがまた余計なことを付け加えてひと悶着。シルーレを宥めるのには苦労した。
はぁ……どうにも最近ため息と空回りすることが多くなっているような気がする。朝だって、空間魔法という未知の分野に興奮して古書を開けたら全く読めずだった。今だってキリコを先生とまで呼んで学ぼうとしたのに、
『ふむ。先ずは己の魔力をコントロールすることから始めようか』
と言われた時は、数秒固まってしまった。
「明日には群狼が来るんだろ?そんな時間は…」
『先生に任せておきたまえ。時間がないのは承知しているが、この本の10ページ。上から2行目にその必要性が書いてある。ゆっくりやっていこう』
「アホか!間に合わないじゃん。瞬間移動は?呪文さえ分かれば何とかなるんじゃないの?」
『いや?魔方陣を構築して発動させれば出来るだろうが、流石に時間がかかりすぎると思うんだよ私は。それに、坊やの波長の仕組みがよく分からないし…先生としては、ゆっくりじっくり二人三脚で手取り足取りやっていきたいと思うのだ。異論は認めん!何せ私は!先生だから!』
「うわ〜…泣きたくなってきた」
両手で痛む頭を支える。浅慮な自分が恨めしい。キリコに期待したら駄目と、何回学べば気が済むのか。予想の斜め上から斬り込んでくるこいつの言動は、他人事だったら感心したい。
『そんなに喜ぶことないよ。ドンと私に任せたまえ』
「もう喋らんでくれ…」
間違いなく光ちゃんとキリコは同類だな。僕にとって。ちなみに、光ちゃんはというと、
<ぎゃはは!馬鹿だこいつ!>
って騒いでる、気がする。
腹を抱えて地面を転がりながら、両手をバタバタ、たまにうつ伏せになってバンバン地面を叩いてる。表情は言わなくても分かるだろう。「うわ〜…」と僕が落ち込んだ顔がツボだったらしい。本当にコイツは何しに来たんだ。さっき見放されたのは永久に忘れまい。いつか殴ってやる。
『そう言えば光ちゃん?だったか。近くにいるのかい?』
キリコが目を四方に向けながら聞いてきた。
「いるっちゃいるよ。ほらそこ」
笑い疲れて寝転んでいるアホ幽霊を指さした。相変わらず人間にしか見えない。翠色の髪に生気を感じない顔は初めて会ったまま。いや、より人間らしくなった感じだな。これで人形のように整った美女だから質が悪いや。
『む〜。私の目でも捕らえられないか。かなり高位の精霊のようだ。契約はしてないのかね?』
「いや、してない。キリコって精『ん?』……キリコ先生は精霊見えるの?」
あぁ面倒くさい。だが、それで話が進まないのも馬鹿らしい。
『無論だよ。しかし、姿が見えないどころか存在しているのかも掴めないとはね。少しショックだね。恐らく自身に強力な魔法をかけているんだろう。せっかくだから、契約を持ちかけたらどうかな?』
「契約って?」
『互いの魔力を供給しあう関係になることさ。それほど高位なら、契約して損はないよ。気に入られているようだしね』
「…正直微妙…」
だが明日は世界最悪の盗賊が相手。戦力は多いに越したことはない。そう言えば、母上も契約の話をしてたっけな……よく覚えてないけど。
ちらっと光ちゃんを見た。すると、こっちを見つめる瞳とぶつかった。
少し迷ったが、気合いを入れて、光ちゃんの目の前まで歩みより話しかけてみた。
「契約…してくれないか?」
じーー。
ノーリアクションは困るんだが。まだ寝転んでいるので、黙ったまま見上げられる形になる。
お? 人差し指を立てた。えっと、<一つ>。次は自分の唇を指差す。<言うこと>…かな。それか<自分>か…考えながら光ちゃんの動作を見つめる。
光ちゃんは、すくっと立ち上がったかと思うと、そのまま浮かび上がり僕を見下ろした。そして交互に自分と僕を指差して、両手を腰に胸を張った。
……<私とクリム><私偉い>……
「キリコ先生……精霊ってどうやったら殴れるの?」
『無理さ。魔力を直接ぶつけることだね。クフフ、交渉は決裂かな?』
「決裂というか……とりあえず、魔力ぶつけてから今後のこと考えたい」
<上等だ!格の違いを思い知らせてやる!>
中指立てた後にファイティングポーズを取っているアホ幽霊は暫く無視しよう。
『クフ。まぁ契約に関しては私は力になれないからね。頑張りたまえ。さて、それではまず確認しようか。先生と生徒。つまり私と坊やでは、私の方が偉いからね。ここは大事なことだ。ゆめゆめ忘れないように』
……殴りたい相手が増えた。アホ幽霊と同じこというアホ魔獸。こんなんで明日は大丈夫だろうか。
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