三十一話 束の間〜カオス2編
「馬鹿ども!」
おぉ、何だか懐かしい。ジジイの一喝でキリコ屋敷は本当に揺れた。パラパラと埃がどこからか舞い上がり頭上に落ちてきた。
「師匠!」当然喜ぶ僕。ジジイの登場に感謝したのは初めてかもしれない。
「カストール…」気まずそうなシルーレ。ジジイの存在を忘れていたらしい。顔をひきつらせたまま固まっている。
『うげ…』正直な感想を漏らしたのは、まぁキリコでした。その拍子に僕をやっと放してくれた。やっと自由だ。
「いきなり走り出したかと思ったら…何だってんだ。おいキリコ。ババアが若いの苛めんな。坊主も嫌がってるだろうが」
とジジイは髭を弄くりながらキリコに説教を始めた。いやに貫禄がある。そんなジジイに対し、キリコは鋭い目つきで答えた。
『はぁ?おいカストール。誰だねその「ババア」とは。しかも坊やたちを「苛め」ていると言ったね。相変わらず足りない脳みそだ。人間は学習するものと聞いたんだがね。変わったのは髪の色だけかな』
「ふん。何百年生きとる化け狐はどう考えてもババアだろうが」
『二度目だぞカストール…』キリコの口から白い息が出始めた。いや…あれは炎か?強い熱気を感じる。
「わしは正直なもんでな。すまんすまん」と言いながらガッハッハと笑うジジイに悪びれた様子はない。むしろ挑発している。多分無意識に。団体行動出来ないタイプだな〜と、今更だが思った。
『クフフ。もう無理だ。殺す。殺そう。今すぐに。坊やの師匠は私だけで充分だ…』
「…はっ。おい化け狐。誰が誰の師匠だと?」
ジジイが笑うのをやめた。すると一気に場の雰囲気が重くなり、冷たいものに変化する。
何かヤバくね?これ。止めなくちゃ…一人じゃ無理かもだけど、シルーレとなら大丈夫だろう。ジジイはシルーレに甘いからな。よし!
「シルーレ!師匠を連れて一旦外へ。僕はキリコをなんとかなだめるから!」
「…ボクも加勢するよカストール」
「はい?」
シルーレは既にレイピアを抜刀していた。今日のシルーレはどうしたんだ?いやに好戦的だ。
「お…落ち着こうよシルーレ」
「クリム…魔獸さんのこと、キリコって呼ぶんだね。親しそう。ボク、昨日はすっごく心配したのに…カストールを説得して、朝早くに着くよう頑張ったのに…会えるの楽しみだったのに。クリムは昨日…お楽しみだったのかな?」話しかけながら僕の方へ歩いてくる。
思わず後ずさる。おいおい。昨日に劣らず厄日の予感。しかも発想が大人なんだけど!そこは年相応でお願いしたかった。
「昨日は…」
いや待て…何を言ってもキリコが後から変なことを付け加える可能性が高い。あいつは人(僕)の不幸を加速させる天才だ。
下手なことは言えない!
「昨日は?」促すシルーレ。
ん〜ピンチだ。目を合わせられず、視線を右上にずらすとっって…え?まさか…
光ちゃんがいる!
右手を顔の横に置き〈よ〉と僕に挨拶。
何しに?―様子見に
どうやって?―飛んで
何故そこに?―なんとなく
まぁそこは長年の付き合いだ。一瞬のアイコンタクトとボディランゲージの応酬で一応理解した。ぶっちゃけ勘だけど。
ともかく、頼りになるかもしれないスケットだ!
助けてくれ―何で?
困ってる―それが?
助けて欲しい―×
首をかしげてやれやれのポーズの後に両手で×ときた…笑ってやがるよあの幽霊……
『死ね!カストール!』
「うるせぇぞ化け狐!」
「クリム?」
…もうどうにでもなれ!
「昨日は『私と一緒に寝』た!」
口を開けたまま固まる僕。キリコは無駄に器用に…見事に被せたもんだ…この状況で。
これを合図に1分後。キリコ屋敷は脆くも崩壊した。