二十九話 束の間〜常識編〜
さぁ、昨日はすぐに寝たからまだ開いてもないんだけど、古代魔法が乗った古書! いよいよお披露目! 後開帳だ!
空間魔法って何だろう。4次元ポケットでも使えるようになるのかな。それか、子供の頃欲しかったどこでもドアが、ノータイムで使えるようになったりしたりして。
まだ古書の表紙に手をかけただけだが、興奮が収まらず、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。そんな自分を諌めつつ、ゆっくりと表紙をめくってみた。
「何? この文字」
見たことのないミミズがひたすら横に、縦にくねくねしながら繋がった文字が広がっていた。
この世界の文字でも、ローマ字でもキリル文字でもましてや日本語でもない。
『どうしたんだい坊や? 固まっちゃって。古代魔法についての本なんだよ? 文字だって人間にしたら古代文字で書いてあるに決まってるじゃないか。読めると思ってたのかい? どうりで嬉しそうな顔だと思ったよ。クフフ、もう少し頭を働かせないとダメだね。あの野卑な蛮人になってしまうよ。クフフ、フフ、そんな坊やも可愛いけどね。もう少し、常識を、学び、たまえ。ね? 坊や』
横から覗き込んでいたキリコが、饒舌に、雄弁に、ここぞとばかりに話始めた。どうやら知識はいいから常識を! って言ったのを覚えていたらしい。一言一言、力を込めてゆっくり発音してきやがった!
こいつは……この白狐は!
戸惑いと驚きと怒りで声が出なかったので、無言でキリコの白い頬を両手で摘まむ。そして逆方向に力を込めて引っ張った!
『い、いひゃい。坊や、暴ひょくはいけひゃいよ』
無言で返す。全く……昨日の苦労は何だったんだ。頭を床にぶつけたの、実はかなり痛かったんだぞ。あぁ、諸悪の根源がここに。
『いひゃいって。私がおひぇるから。もともとそのつもっ!』
涙目で話すキリコ。手を離してやった。冷静になると、ちと可哀想だったか。それと教えるって聞こえたけど……何か嫌だな。摘まんだ頬は、少し赤くなっていた。特徴的な白い肌なので、結構はっきり分かる。
「キリコ、これ読めるの?」
一息ついて、冷静にと言い聞かせながら聞いてみた。よし、大抵のことなら我慢しよう。
『違う違う。師匠……いや、カストールと一緒か……先生、うん、キリコ先生がいい。坊や、もう一度だ』
「じゃあねキリコ。長い付き合いだった」
去らばだキリコ。永遠に。僕には無理だったよ。我慢なんて……とても出来ない。
『短くないかい! いや……違う。昨日初めて出会ったのに長いと坊やは言う! この真意ははつまり……』
「気持ち的に長ー」
『ラブか!』
「師匠なら知ってるかな。じゃ」
もう相手にしてられるか! ローラ姫なら知ってるかもな〜。帰ったら連絡を父上からお願いしてみよっかな。いや、どうしよ。大事になりそうだし。この古書って、やっぱ凄く貴重なものなのではないだろうか。
『ラブを込めて、さぁ! キリコ先生って呼んでみたまえ』
何も聞こえない。古書を脇に抱えて、シルーレ、ついでにジジイと別れた村を目指す。方角は大体分かってるし、山を下るだけだ。ジジイには文句を言ってやる! この魔獣との遭遇は、間違いなく僕をタフにした。ジジイ、恐れるに足らず!
『坊や。どうしたんだい? あぁ、外で練習したいのかな。文字なら完璧さ。任せたまえ、キリコ先生にね。ほらほら、坊や。キ・リ・コ・先・生』
無視。ちなみに、一晩の付き合いだが、キリコについてわかったことがある。こいつは無視されるのが大嫌いなのだ。どうせ付いてくるけど、暫く無視しよう。というかもう疲れた。まだ朝だけど、やっぱり風呂に入らないとな〜……
「…………」
『お〜い。坊〜や〜。ちょっあの、だんまりはズルくないかい? カストールだって師匠と呼ばれてるんだ。私にもそう呼んでくれたって……』
しょぼんと俯きながら、どんどん小声になっていくキリコ。最後は無言になり、下を向いたままだ。
あれ? 何この感じ? 僕が悪いのか。変な言葉に出来ない罪悪感が、じわじわと押し寄せてくる。謝らないといけないのか? いや、演技? どっち? 混乱し始める僕。
すると、突然キリコの耳がピクピク動いた。忙しく動くその様子に、何かの音を拾っているのかと僕がいぶかしんでいると……
「クリム! ボクだよ。そこにいる??」
シルーレの声が! 扉の向こう側にいるらしい。
「シルーレ!? ちょっと待ってね」
嬉しくて声が上擦ったが、そんなことはどうでもいいや。キリコから目を離し、駆け足で扉を開けようとした。だが、すっと手を捕まれた。
キリコの目が紅く光る。表情は……眉が寄って、唇を少し尖らせていた。
束の間シリーズ。まぁ2つか3つを予想してます。キリコとクリム次第です。
ところどころ、ダークな部分もキャラも出てくるんで、苦手な方はすみません。
読んでいただき、ありがとうございます!