二話 3歳になりました。
ようやくまともに考える事が出来るようになった。
お願いだから何があったんだとか聞かないで欲しい。あれから結構長かったんだ。基本うとうと寝てただけなんだけど、身の回りの世話をすべてしてもらっていたことは分かる。正直、おむつからの再出発は……いやいやいや、致し方ない。
まず分かったことは二つ。
どうやらここは地球ではないようだ。母親、別名天使の銀色の髪から、もしやルーマニアとか北欧の地域なのかと色々考えたが、あり得ないことが判明した。月が二つあるのだ。興奮して月を小さな指で指しながらはしゃいでたら、暖かい笑みを母親から向けられた。一人興奮していた自分がめちゃくちゃ恥ずかしかった。
もう一つは家族と僕のこと。
父親と母親、兄上2人に姉上が1人いる。他にも親族はいるが、一緒に暮らしている家族はこの5人だ。
僕の髪は父親譲りの蒼髪だ。個人的には違和感があるから、いつか黒に染めてやろうと企んでいる。ついでに顔は母の幼い頃にそっくりらしい。それは嫌だった。将来が怖い。軍人である精悍な父に大きくなれば似てくると信じたい。よく私に似ていると喜んでいる母には悪いが、男は誰しも男らしくありたいんだ。よしゑさんに頼る日々に戻りたくはない。
母の名前はマリア・ラミレス。別名天使。もしくは聖母。人を安らげる温かい雰囲気に、楽しそうに微笑する姿から僕が勝手につけたあだ名だが、間違ってないだろう。ただ怒ると怖い。非常に怖い。兄上たちが僕にイタズラしたときとか、本当に怖かった。屋敷全体が氷ついたように感じた。あの微笑みは一生忘れまい。
父はアレン・ラミレス。【蒼き獅子】の異名で近隣の諸国から恐れられているらしいが、正直、その二つ名的なものは恥ずかしくないだろうかと内心疑問に思っている。
「蒼き獅子の息子として」どうのこうのって注意される兄上を見て僕はそう短い蒼髪に、涼しげな二重の瞳。体躯はとてもがっしりしていて、二の腕とか凄い堅い。ぶら下がると面白かった。あと、すぐに大きな声で笑うのが好きだな。子供がそのまま大人になったような人だ。
それと、これはいいことなんだろうが、もの凄い愛妻家だ。よく人目も構わずいちゃいちゃしている。それだけならまだいいが、たまに素っ気なく母に扱われると、本気で凹んで本気で泣いている。そんな父に、僕は正直軽く引いていたりする。
兄上たちとは年が結構離れているせいか、あまり構ってはもらえなかった。からかわれたり、イタズラされた記憶しかない。僕の遊び相手というか面倒は姉上が積極的にみてくれた。用事がなければ僕の部屋で丸一日過ごしているので、実は家族の中で一番同じ時間を過ごしていたりする。
名前はターニャ。母さん譲りの銀髪で将来が楽しみの美少女だ。大人しいというか寡黙な姉で、ふざけてはしゃいだりする姿を見たことがない。それだけなら貴族のお嬢様でなんら違和感ないのだが、心配なことがある。
それは、一番「蒼き獅子の息子として」という言葉が似合うのだ。残念ながらお淑やかという言葉は姉上に当てはまらない。
少々吊り目で気の強い印象を受けるのも原因の一つだが、まず眼力が半端なかったりする。気に食わなければ、兄上だろうがなんだろうが物おじることなく眦を吊り上げ睨むのだ。その眼光に迫力は、生まれる性別を間違えたという他ない。よく父にならって剣術の稽古をしているし、最も筋がいいと家中で噂になってるほどだ。
「お前は私が守る。何かあったら私に言うんだぞ」
別に命の危機にさらされるほどのことをされた記憶はないのだが、姉上は僕を騎士が命をかけて守る姫君ポジションで見ている節がある。なにが6歳の少女をそこまで駆り立てるのかが全く理解できず、騎士物語の読みすぎかと楽観的に捉えていたのだが姉上はマジだった。
何故か兄上二人に嫌われているらしい僕が、二人にちょっかい出される度に、姉上が駆けつけ見事な体捌きで兄上たちを無力化し、どっからか持ち出した短い木の刀で止めを刺すのだ。もう一度言おう。止めを刺すのだ。その光景は未だに瞼に焼き付いている。
一生姉上には逆らえない。僕は遙かに年下の筈の少女に恐怖を感じながらそう思うのだった。




