二十四話 愉快な友人キリコ
どうやら、もともとあった山小屋を改築して住んでいるらしい。よくもまぁ持ち込んだもんだと感心するほどの本が散乱していた。台所は一応、それらしき設備を整えてある。自分で作った? わけないか。僕の中では駄目魔獣という評価が定着してしまっている。大方、誰か村人にでも手伝ってもらったんだろう。想像できないが、それ以外考えられない。素人目にも、増築したような建築の跡があるし。
『坊や。また何か……』
無視した。もう謝るのも面倒くさい。臭う生ゴミをまとめて外に埋め、箒や雑巾らしきものでせっせと片付ける。
『ほほう、坊や。私を無視するとは。いいかね。私がその気になれば--』
そんなの知らない。次は本だ。埃を被っているものが多くあるので、外で埃を落とし、全く機能を果たしていない本棚に入れていく。無駄に立派なんだけど……恐らく村人以下略。
『おーい、坊や。キレイにしてくれるのはいいが、口は動くだろう? 手はそのままでいいから、少しはこっちを--』
おっと、雑巾が汚れてしまった。キレイな水が必要だ。流石に必要な飲み水は台所の容器の中にあったが、如何せん少なすぎる。来るときに川は見つけといたからな。さっさと汲んでくるか。
『うわー!この女たらし坊やめ!』
飛び蹴りを後頭部に思いっきりもらった。だが、飛び蹴り? はて狐の足にしては大きすぎないか? と思った僕は正しかった。
両手を腰に当て、こっちをしかめっ面で睨む若い女性の姿があった。耳はお約束のように白狐の時のまま、ピコピコ動き、髪は雪のような純白、だが瞳は魔獣を思わせるかのように紅い。鼻は高く、すっきりとした印象で、唇は小さく可愛らしかった。そして何より肌がめちゃくちゃ白い。胸も大きく、恐らくリリスより……って、何故裸? スタイル抜群の美人の裸を間近で見ることになるとは。現実離れした美しさだったので、つい見とれてしまった。
『クフフ。私の美貌の前に見とれているな? 何、私の膨大な魔力と類い希な知識が備わればこの程度……』
真っ裸で偉そうに説明されても……急速に冷静さを取り戻していく僕。中身は変わらないようで、少し安心した。さて、だから妙に小綺麗な服が隅っこに重なってあったのか。外套らしき体を包む服をキリコに投げといた。よし、早速水を汲みに行くとしよう。水浴びもしたいし。
『坊や……行かせないぞ!まずは私を蔑ろにしたこと、そして無視したこと、私の裸を見て何も言わなかったことを詫びろぉ!』
しゅわっと、僕に飛びかかってくるキリコ。体格ではまだまだ勝てないが、生憎ジジイに無手でも戦えるよう仕込まれている。自然と避けていた。足払いは自粛したのだが、本に躓いて転ぶキリコ。
『…………』
僕を恨めしそうに睨んでくる。いや、僕は悪くないぞ? 睨むなら躓いた本にしてくれ。
「えっと、キリコ。そうだ! キリコのご飯を食べてみたいな」
誤魔化すためとはいえ、少し苦しいか……と思ったが、
『……坊やが謝ってくれたら作らなくもない』
結構簡単な魔獣のようだ。耳がせわしくピコピコ動いてるのがその証拠だろう。
「ごめんなさい」
『よし、許す! さて私の美味しい料理を期待して待つといい』
嬉しそうに台所に向かうキリコ。大人っぽい一面もあるが、何だか子供のようだ。ひらひらと光ちゃんが脳裏に浮かんだ。
「じゃあちょっと川にいってくるから! それと、服はちゃんと着てね」
『おや、坊やはこっちの方が嬉しいのではないか? 欲情するにはまだ年が……』
「恥じらいなく言われてもね」
『成る程。坊やの好みは理解した。じゃあ適当に着ておくか。鬱陶しいからあまり好きじゃないんだが』
ぶつぶつ文句を言いながら服を漁り始める。そんなキリコに背を向け、僕は桶を片手に川へと歩いていった。愉快な友達が出来たことに、若干心を踊らせながら。