十六話 神様を恨んだ日
いよいよ母上のお産が間近となった。最近は気弱になっているのか、遺言めいたことを言うのが辛い。もしも何て言わないで欲しい。
いい忘れたが、治癒魔法は決して万能ではない。その人物の寿命が終わりを迎え始めると、どんな魔法も意味をなさない。命は延ばせないのだ。母上は寿命は神様からのプレゼントだから、欲張れないのよと僕に教えてくれた。
産まれてくる子が、
弟なら「ライク」
妹なら「クレハ」
だ。父上と名前を考えたらしい。
明日には久しぶりに兄上たちとターニャ姐が屋敷に帰ってくる。僕の剣の腕を見てもらおう!今ならターニャ姐ともいい勝負なのではなかろうか。
結果はぼろ負けだった…………
5日後、僕にとっては初めての妹が出来た!産まれたと聞いたときは、ターニャ姐と抱き合って大喜びしたものだ。
「クレハを可愛がってあげてね。」母上の笑顔はとても優しかった。無事に産まれた!母上も元気そうだ!もうあれだね。父上も狂喜乱舞って感じ。屋敷は幸せに満ちているようで、その日はぐっすり眠ることができた…………
その翌日の朝、母上が死んでいた。ベットの上で。眠るように。懐かしの揺りかごでクレハが泣いても、母上はぴくりとも動かず、静かに眠っていた。
…………信じられなかった。ここからの記憶はあまりない。泣いて、叫んで、また泣いた。
数日後、街をあげての盛大なお葬式が執り行われた。父上は涙を最後まで見せなかった。兄上たちは泣いていた。ターニャ姐は僕を心配してくれて、傍らにいて僕と共に泣いていた。シルーレもショックだったようで、呆然と庭を眺めていた。光ちゃんは何処にも姿を現さなかった。
昨日と言う日が嘘みたいだ。屋敷は静まり、笑顔が少しも見られない。
だが、一番可哀想なのはクレハだ。よしゑさんにくりそつな乳母が雇われ、リリスがよく面倒をみてくれているが、この空気を感じ取っているのか元気がない。すぐにぐずりなかなか泣き止まない。
見かねて僕がクレハをあやしてあげた。不思議と僕が抱っこすると泣き止んでくれる。指を嬉しそうに握ってくる。笑ってくれる。
ダメだな…………悲しんでる場合じゃないや…………僕が転生した使命はここにあるんじゃないだろうか。
泣くのは今日が最後だ…………目から溢れでる涙はあえて拭わなかった。流れるままにさせといた。体が熱い。心臓の音がはっきり聞こえてくる。辛くて、悲しくて、寂しくて、悔しくて、いろんな感情が体中を駆け巡る。前世では体験しなかった。僕には記憶になかったから。なんで僕だけ残したんだろう………と考えたくらい。ある意味初めての肉親の死だ。
僕はこの日母上に誓った。クレハを抱き締めながら、父上を兄上をターニャ姐を妹を家族を守ることを。
前世で一番欲しかったものが、今ここにあるのだから。