十五話 最強のジジイ
あれから2週間。思い出すだけで腹が立つ。あの場に父上が来てくれなかったら…………シルーレを守れず、またもや無駄死にしていたかもしれない。無力な自分にどうしようもない怒りが沸いてくる。
父上との稽古に、僕は全てをぶつけていた。だが父上は執務やなんやら、とにかく忙しい。そんな時は、僕より数段強いシルーレと模擬戦をしている。未だに勝てないのが悔しい。治癒魔法も、母上につきっきりで学び、薬草の知識も辞典で独自に仕入れている。
そんなこんなで充実しつつも疲れた体を休ませる僕。すると、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「おい坊主!お前がクリムか??あぁ、その髪はあいつのだ。わしについてこい。早速稽古をつけてやる」
うわー…………圧倒された。筋肉の鎧がくまなくつき、ところどころに古傷が見える。結構な年だろうに、全く老いを感じさせない。むしろ若いし、生命力に溢れている。
のしのし歩くその背は、僕に地獄の到来を告げていた。
カストール・グラン。この破天荒なジジイが僕の師匠になるらしい。まぁ…………強そうだ。血染めの戦鬼と呼ばれている化け物。羅生門にでも一生住み着いていてもらえないだろうか。ラミレス家は、武家の名門。甘えは一切許されないっぽいです。
最初は何を教えてくれるのかなって思ってたら、軽い剣を渡された。かかってこいだって。
よく分からないけど、打ち合いながら教えてくれるのかなって思った僕は甘かった。絶妙な力加減で散々に打たれて打たれて打たれまくった。次の日も、その次の日も。
治癒魔法がなかったら2日でねをあげていただろう。
これは虐待じゃね?リリスが稽古中に悲鳴をあげて飛び込むことがたびたびあったぐらいだ…………自分の無力が嫌で堪らなかったからこそ耐えられた。自分の体で治癒魔法を色々試せたのもいい経験。ちょっとシュールだけど。
シルーレも稽古をつけて貰っているが、僕のように打たれはしない。剣筋が甘いだの、もっと鋭く先読みしろだの…………もの凄い差別を感じた。
やっと打たれまくる日々が終わったと思ったら、今度は無手、剣、槍、斧の型と動き、呼吸の仕方まで体罰込みで体に叩きつけられた。
それが終わる頃には、稽古終わりの模擬戦でシルーレといい線で戦えるまでになっていた。
軽く調子に乗る僕。次もどんとこいや!とか思ってたら、また散々に打たれまくった。ジジイにはどんな型も通じず、同じ型でやり返される。
それでもめげずに死ねやジジイ!と殺意全開で特攻する。恐らく週に3日は死の数歩手前をさまよっている。母上は涙ながらに頑張りなさいと、アレンのように強くなりなさいと叱咤してくれる。僕のために泣いてくれているのだ。頑張れないわけがない。
僕は必死に稽古に励み、治癒魔法も学び、屋敷の本を研鑽しまくった。
ちなみに、兄上たちは1日で屋敷に引きこもったらしい。一週間ももたず、仕方なくカストールはひたすら素振りさせといたと僕に言ってきた。
「坊主は見所あるぜ。わしが保証してやる。親父なんてすぐに越えさせてやるわい。」
あれ?ズルくね?彼らには素振りで僕にはこれか!慣れる前に早く言って欲しかった。これは5歳児にやることじゃないだろうに。
「あいつらは才がない上に根性がなくてな。ありゃ将の器じゃあねぇな。あれが跡取りじゃあアレンの奴も可哀想だたぁ思ってたが、坊主がいるなら何とかなんだろ。」
僕に才能があるとは思えないけど。正直、まだシルーレに勝てないし。不思議そうにしてる僕を見て、ジジイはニヤニヤしている。
「戦闘魔法はわしの専門じゃねぇから、学園でじっくり学びな。適正がありぁ精霊石のついた武器で十分だろうがな。じゃあな坊主。傷治しとけよ。」
「は〜……い。」
ガハハと豪快に笑いながら今日も去っていく。まだ一発も当てられない…………ちくしょう。動けない…………
そんな僕の前に、シルーレがやって来てしゃがみこみながら、
「今日もお疲れだねクリム。そうそう明日さ、買い物付き合ってよ」
頬をちょんちょんつついてくる。おい!動けないからって、人の体で遊ばんで欲しい。
シルーレは屋敷に随分と馴染んできていた。最初はぎこちなく、距離を置いていたようだが、母上やリリスのお陰か、楽しそうにメイドとお喋りするまでになっている。
友達が出来たのは僕も嬉しい。まだ詳しい過去は知らないが、復讐に燃えているという彼女。
いつか何とかしてあげたいものだな。
そして月日は流れていく。川の流れのように、止まることなく進んでいく。時も、人も。
こんな激しい稽古、貴族にさせるわけないじゃんと指摘がきそうですが、まぁご勘弁を。
カストール流の一種の天才教育方なので。貴族だからこそ加減せず。教えかたも人によって千差万別。伸びる奴はめちゃくちゃ伸びます。
次は迷ったけど書きました。クリムのスローライフを見守ってやってください。