十四話 拳骨を初めてくらった
はぁはぁ…………また死ぬかと思った!手を繋いで、というか強引に引っ張りながら走っている最中、あいつらを倒せばいいとかシルーレは言っていたけど、足手まといがいる状態で勝てるとは思えない。後ろから3人、左前方に1人、ナイフを片手に追っかけてきやがった。怒気丸出しで大人気ない。あれ殺す気なんじゃないか…………
シルーレと離れるのは、囮に使うようでどうしても嫌だった。正直倒せるとも思えないし。昨日見た頬の青痣が目に浮かぶ。薄暗かったし、すぐにフード被っちゃったから忘れてたな。見られたくなかったのかもしれない。
何とか小回り行かしてくぐり抜け表通りへ。人混みを生かして縫うように走り抜ける。だが全く諦める様子はない。
「おい!人手を集めろ」
と叫ぶ怒声が鼓膜を痺れさせる。ここが何処だか分からない中、逃げ切るのは不可能に近いか…………
このままでは、過酷な奴隷生活が待っているかもしれない。奴隷制度がこの国にあったのには、結構驚いたが、それほど不思議でもない。前世の歴史を鑑みれば、十分あり得るだろうと妙に納得してしまった。
恐らく男は労働力として、女は娼婦か貴族の玩具か、どっちにしろ考えただけで気持ち悪い。もしシルーレが捕まったら、一体どうなるのか。まぁ、大方の検討はつく。奴隷商人から、何としてでも守ってあげたい。
光ちゃんは相変わらず姿を見せない。これからはもう絶対頼らないぞと心中深く誓っておいた。
息がもたない…………そろそろ体力の限界…………だ。
追っ手も撒けたみたいだし、少し休憩しようとシルーレに顔を向けた。
「…………手…………」
ん?何だ?恥ずかしいのか分からないけど、ちょっと戸惑ってるみたい。じっと手を見つめている。
「あぁ、気に障ったらごめん」
パッと手を離す。疲労からか、心臓の鼓動がやかましい。周りを見渡してみた
。
ますます道が分からなくなった…………人通もないし、どっかの屋敷に入れば良かったな。けど相手が悪いか…………どこまで手が回ってるか分からない。
思考にふけっていたが、どうやら追っ手に捕捉されていたようだ。物陰から、嫌な笑みを浮かべた長身の男がこっちに歩いてくる。似たような怪しいのが合計6人。
完全に囲まれたらしい。
前世では無意味に死んだ。
ここでシルーレを守って死ねるなら、まぁいっかと、僕はシルーレを庇うように大きく手を広げた。
そんな様が滑稽に見えたらしい。囃し立てる男達。獲物がもがけばもがくほど、それを狩るあいつらは嬉しいんだ。
僕には全く警戒を抱かないその余裕。死ぬほど後悔させてやる。まずは先の先。油断しているあいつに飛びかか…………
「ボクがやるよ」
いつの間にか僕の前にはシルーレが立っていた。途端に警戒の色を見せる男達。手に手に剣やナイフを構え始める。
「クリムは人間とは思えない。昨日は睨んで悪かったね」
無理だ。この数相手に、子供が一人で勝てるわけがない。だがシルーレに引く気はないようだ。右手には抜き身のレイピアが握られ、剣先は男達に向けられていた。
「まさか人間を守ろうと思う日がくるとはね。クリムは危ないからさがってなよ」
左手は僕を庇うように広げられていた。シルーレが膝を曲げ、何かを唱え始めたところで男の一人が唐突に崩れ落ちた。え!!!!と言葉が出なかったが、それはシルーレも同じだったらしい。
「クリム!無事だったか?」
最高にカッコイイ蒼き獅子の声は僕に底知れぬ安堵を与え、男達には抗えぬ絶望を与えた。いや、そんな暇さえ与えず、瞬きする間に全員をねじ伏せた。
「心配かけやがって!」
ガシガシと頭を撫でてくる父上。後ろには何人も武装した人たちがいて、気を失っていた男達を縛り上げた。
「そいつらは許すな。背後にいる奴全員捉えろ!」
「は!」と歯切れのよい返事をして、彼らは男達を運び出した。
部下に指示を出す父上に守られながら、戸惑うシルーレと一緒に屋敷に帰った。途中、シルーレがそっと手を握ってきた…………はて?
どうやら光ちゃんに感謝しなくてはいけないらしい。どっから見てたのかは知らないけど、僕の危機を母上に伝えてくれたんだって。既にリリスやコウくん達が僕を捜索していたらしいが、追われているというこの事態に、ラミレス家の騎士団が動いたらしい。
奴隷商人は誘拐未遂容疑で逮捕。本人は否定しているらしいが、相当悪どい男だったらしく、他にも誘拐まがいの違法な売買をしていた。一生牢から出られないだろう。
母上には泣きつかれ、罰として父上には大きな握り拳で拳骨を脳天にお見舞いされた。
シルーレはお金がないし、僕を守った恩人ということで客人扱いに。
「しばらくやっかいになるよ。よろしく」
本人も乗り気なようだ。
一方、僕の知らないところでメイドたちの間では、シルーレと僕との関係は一体どこまでいってるのか。噂が絶えなかったらしい。
後日談〜
「あれ?女の子だったの?」
即座にしくじったと悟った。思ったことをノータイムで言う癖を何とかしなくては…………
お風呂に入り、綺麗な寝間着に着替えたシルーレがリリスに連れられ僕の部屋に来たのだ。その姿は明らかに女の子だった。風呂上がりだからか頬が赤みをおび、濡れた髪は年不相応に大人びて見えた。何か色っぽい。リリスの腕に隠れ、そっとこっちを伺っていたのだが…………再度言おう。しくじった!
「……………………」
「…………クリム様」
シルーレは黙り、リリスは憐れみの目を向けてきた。
扉のすみっこから様子をこっそり見てた他のメイドたちも、こいつの目は腐ってんのかって感じでこっちを見てる。
「いや、いいんだよ…………復讐の為に男になるって決めたんだから…………ただクリムには気づいて欲しかったな」
悲しそうにとぼとぼ出ていくシルーレ。追いかけろと殺気のこもったいくつもの視線が僕を突き刺す!
「ま、待ってよシルーレ!」
図らずもシルーレとの噂をかきけしたのは、僕の女の子とは知らなかった発言だった。ただ、クリム様は節穴で女心が分からない子供という烙印は押されました…………
ここからは、またまた変なキャラや姫が出てきます。
それと…………とりあえず、謝っときます!この先の展開がちょい悲しい。まぁ暇潰しに読んでやるかって人だけ読み進めて頂ければと。
では、読んでいただきありがとうございました!