十三話 逃亡
勢いで会いに来ましたとも言えず、とりあえず頭に浮かんだ疑問を解消するために、思い切って聞いてみた。
「君って男の子?」
「…………そうだよ。初対面でそんなこと聞かれたことはなかったけどね」
そりゃーそんな綺麗な顔してたらね。薄暗いからか、真っ白な肌がいっそう際立ち、波に揺れるような黄金の髪は神秘的だった。何故かは知らないが、その大きな二つの瞳には昨日のような嫌悪感は見られなかった。いや、何だかちょっと不機嫌みたいだ。目は口ほどにものを言うとは聞いたことあるけど、この子は分かりやすいな。男って見破られて悔しいのか?
「僕はクリム。君は?」
「…………シルーレ」
「女の子みたいな名前だね」
ジロッと睨まれた。地雷を踏んだらしい。いやだって、男の名前には聞こえないじゃないか! どっかの神様の名前からとったのかな? 声も女の子にしか聞こえんのだけど。
「…………父様と母様に貰った名は捨てられないから。ボクは男として生きてくんだ」
よく分からない。男なんだったら当然じゃね。一択のはずだけど。光ちゃんに助言を求めたかったが、いつの間にか消えてる。そう言えば人見知りなのすっかり忘れてた。
「まぁ、それはあなたには関係ない。こいつらの仲間ってわけじゃないみたいだし…………」
シルーレは、片手に持ったレイピアを流れるような自然な動作で僕の首筋に当てた。動けなかった。こいつ、何者だ?寒気がする。
「とりあえず、お金か食べ物ちょうだい」
懐と腹を空かしたチンピラだった。お昼にはまだちょっと早いですよ…………
あの場に倒れていた男二人は命に別状ないようだ。一応手当はしといたけど。てか何だこやつら? 幼児趣味の変態か? ちゃっかり男の財布を抜き取っていたシルーレは、とても逞しく見えた。
市場まで道案内してもらう約束を取りつけ、黒パンを渡す僕。別に脅されたから出すわけじゃないぞ。交換条件ってやつだ。歩きながら、シルーレは黒パンを美味しそうに頬張っている。
「シルーレは何でこの街に来たの?」
ただ歩くのも暇だったので聞いてみた。フードを被っているので黒パンしか見えない。どんだけ腹を空かせてたんだろ。
「んぐ…………殺したいやつがいるんだ」
仕草は可愛いけど、言ってることが恐い! 怒りバージョンのターニャ姐が脳裏をよぎった。念のため二歩分シルーレから離れといた。
「…………誰を?」
「人間。」
人類を抹殺しにきたんかこのチンピラは。どうみても黒いフードを被った怪しいちびっこにしか見えないが、実は暗殺者か殺人鬼だったりするのか。
「右目に大きな縦の傷。男。赤い髪。悪魔」
続きがあって心底ホッとした。けど、あんまり深く追求しない方がよさそうだ。何で睨まれたのかはまだ分からないけど、複雑な事情があるんだなと、勝手に自己解釈している僕を放っておいて、シルーレはどうやら食べ終わったようだ。今度は僕に質問を投げ掛ける。
「あなたは?今まで見たどの人間より、綺麗な服を着てる」
「ラミレス家の三男」
「…………ラミレス家?」
「あれ。この街で知らない人がいるとは思わなかったな。」
「だってボクが来たのは4日前だもん。ここなら何か分かるって思ったのに、奴隷商人や変なやつしかよってこない。はぁ…………だから人間は嫌いだ」
「は?奴隷商人?」
「奴隷商人が、ボクに賞金かけたみたいなんだ。さっきの奴等が言ってた。お陰で困ったものさ」
唇を尖らせながらぶつぶつ文句を言うシルーレはとても可愛らしいが、今はそれどころではない。
僕の頭は奴隷商人という言葉を何度も反芻していた。奴隷、人買い、追っ手…………エルフの子供に貴族の三男坊…………鴨が霜降肉と高級ネギと鍋道具一式を背負って飛んでくるようなもんじゃないか! ヤバい! この組み合わせはヤバい!
でもシルーレを一人にするのも危ないし…………どうすれば…………
「見つけたぞぉ!!!!!!エルフのガキだぁ!」
怒鳴り声が聞こえてきた。どうやら考える時間はない。屋敷まで着ければ僕の勝ちだ。そこまで逃げきるしかない。急いでシルーレの手を取り、脇目もふらず全力で走り出した!