十話 めでたきかな
「クリム様。朝ですよ」
うむ。淡々とした口調だが、僕は知っている。リリスは優しい。一言一言が、安らかに心に響いてくる。と言うわけで二度寝開始。
「クリム様…………」
したいけど、リリスが悲しそうにすると良心がきりきり痛むので、起きることにした。
「やぁリリス!おはよう」僕は布団をはね除け、朝日に目を細める。
「おはようございます。クリム様」丁寧に頭をさげるリリス。
表情は満面の笑みだ。手玉に取られてるのかも。まぁ僕は単純だから仕方がない。あの晩、両親に頼んでリリスを僕の専属メイドにしてもらった。今までは日によって違う人が代わる代わる来てくれたが、これからはリリスに頼む。
な〜んか母上と一緒にいるかのようで、安心する。この温もりが好きだな。リリスが平民出だからかな? 理由はよく分からない。着替えを手伝って貰い、今日は治癒魔法の勉強と剣の稽古だ! 5歳児だということを、両親は覚えてるのか? まぁ楽しいからいいけどさ。
朝から無駄に張り切っていたが、父上が仕事とか! そのうち騎士団の誰かを寄越すから、暫くは治癒魔法オンリーだって。出鼻を折られたが仕方ない。母上! いざ! と思って部屋を訪ねたら、メイドさんがたくさん集まって騒いでいた。リリスもいる。慌ててるみたいだ。
「どうしたの?」
「あ、クリム様!奥様が吐き気を! もしっかしたらっ兄弟ができるかもっしれないです。」
慌てているのはよく分かった。って…………え!! それは妊娠というものですか??
すぐさま医者が呼ばれ、診察が開始された。父上にも連絡はいれておいた。
結果として、妊娠していることが判明。おいおい…………いい年なんだからさ。母上はもともと体は強くない。4児の母だし、万が一はないと思うけど。
「クリムは弟と妹どっちがいい?」母上がベットに横になりながら話しかけてきた。大分楽になったみたい。
「弟がいい」
「ふふ、分かったわ。任せてね」
いや、無事に生まれてくるならどっちでもいいんだけどね。直ぐに父上も帰ってきて、軽くお祭り騒ぎになった。全く、本当に仲がいいんだから。
暇になってしまったので、魔道書を軽くおさらいして屋敷の散歩に。お…………あれは…………籠を片手に持ったリリスを発見!
「どこいくの?」ふふ、この時点でついていく気満々な僕。
「あ、クリム様。奥様に果実をと頼まれまして」
「じゃあ行こうか」
リリスの空いている手を取り、不撓不屈の構え。
「いえ、クリム様は屋敷でお待ちください」
やっぱり断られた、が、めげない。作戦変更だ。
「僕が選びたい! 母さんに! お願いだよリリス」
15分ほど粘ったら納得してくれた。渋々だったが。いや〜……買い物は初めてなので、どうしても行きたかった。母上にも選んであげたい。これは本心だ。一応心の中で謝っておく。
僕が住む街はガイゾルといい、一見砦のような街だ。城塞都市と言えるかもしれない。丸ごと堅牢な壁が覆っている。東は首都ギルバート。西には経済特区ともいえる港があり、交通の要所だ。それだけ人の出入りが激しい。父上のお陰で治安は比較的良いとか。珍しい特産品や貴重な鉱石など、色んな物が街に入ってくる。
「うわ〜」
リリスと来たのは、この街の住人の大半が利用する市場だ。道の端から端まで食べ物で溢れている。一種の交流の場でもあり、同じように人で溢れていた。色んな物が目白押し。ただ魚の臭いはキツかった。冷蔵庫とかないからな。腐らないのだろうか? とりあえず、パパイヤ風味の黄色い果実を無事に3つ購入した。
ふと、市場の隅から黒いフードを被った何かが飛び出してきた。避けきれずに思いっきりぶつかる僕。少し離れていたリリスがそれを見て駆け寄ってくる。
「クリム様!」
大丈夫だからと手で合図し、しりもちをついているぶつかってきた相手に目を向けてみた。
子供かな…………僕より小さい。起こしてあげようと手を差しのべたが、思いきり弾かれた。リリスの顔が険しくなる。だが僕は、そんな彼女には気付かず、目を見開いて相手を見つめていた。
目の前の子は、金髪の髪に尖った長い耳をした、神秘の生き物。エルフの女の子だった。