九話 温もり
「クリムは治癒魔道士になるのです! クリファを見ることなんて、宮廷魔道士でも無理だったんですよ! 騎士なんて、立派にムウリが勤めますから大丈夫です!」
大丈夫とは? はてなと僕は思った。ちなみに、ムウリとは長男、次男はスメルと言う。
「確かに捨てがたいが、クリムには剣の才がある。あのローラ姫が認めたのだ! 将来騎士に欲しいとまで…………腐らせるにはあまりに惜しい! 今すぐにでも騎士と混じって稽古させるべきだ!」
それは嫌だな。痛そうだし。
「いーえ。こればかりはアレンの頼みでも聞けません! ダメです」
「わからず屋!」
「どっちがですか!」
両親の喧嘩は初めて見た。しかもどんどんヒートアップ。子供か? 僕は冒険者になりたいんだけどな…………言い出しにくい。期待してくれるのは嬉しいけど、何だか悲しくなってくる。喧嘩は辞めて欲しい。
「クリムはどっちになりたい?」
母上がにこやかに話しかけてくる。けど目が笑ってませんよ? クリムは分かってるよね、みたいな…………テンパる僕。
「え〜っと…………両方…………かな…………」
あぁ、弱きことかな、僕の意思。しゃがんで僕をじっと見つめる母上に、腕を組ながら真剣な眼差しを向ける父上。空気を読むしかないじゃないか!
「…………そうね」
「…………そうだな」
お、僕の気持ちが伝わったか? 本当はどっちも…………
「さすがクリム!その手があったわ」
「さすがクリム!そうこなくちゃな!ははは」
「ははははは」乾いた笑いで誤魔化した。やばい、涙でそう。天然夫婦には通じなかったか。
その後、すぐさま仲良くなった両親を尻目に、気晴らしに庭に出た。裏門から屋敷を抜け出してみようかな……少しやさぐれぎみの僕。日本と違って街灯もなにもないので真っ暗だ。屋敷から漏れるほのかな明かりが辺りを照らす。夜風が気持ちいい。ほのかな花の匂いが運ばれてくる。花なんて、前世じゃ愛でようとも思わなかったっけ。人生を楽しむ余裕がでてきた証拠かもしれない。体育座りしながらいやされる僕。あぁ、本当に気持ちいい。
「クリム様。いかがなさいましたか?」
メイドさんが話しかけてきた。確か先週、新しく入ってきた人だ。まだ20にも満たない茶髪の少女。顔立ちもよくしっかり者。評判も確かいい。コウくんがしきりに褒めてたっけ……胸が大きいとか、隣の人と。ま、コウくんは独身だからな。仕方ない。確か名前はリリス。
「ちょっと…………夜風に。」自分の世界に浸っていたのだ。なんだか恥ずかしかった。
「風邪を引いてしまいます。さ、戻りましょう?」
手を差しのべてくれる。握ると温かかった。ぬくもり…………か。ちょっと確かめてみたい。
「ねぇ。」
「はい。どうしました?」
「ぎゅってしていい?」
リリスは一瞬呆然としたみたいだが、頬を微かに染め、いいですよと自分から僕を抱き締めてくれた。
「リリスは暖かいな…………」
心臓の音が聞こえてくる。
世界へ、僕は一人で旅立とうと思っていたが、無理かもしれない。前世ではあり得なかった家族が、温もりがここにはあるのだ。こんなに毎日が楽しくて、すぐに過ぎるのはこのためか。父上に母上、兄上たちにターニャ姐。
「あ〜リリスズルいわ。クリムを抱き締めるのは、母の特権なのよ」
ガバッと、母上が突進してきた。
「ははっじゃあ俺の特権でもあるな!」
と、交じろうとする父上に、
「あなたはダメですよ〜」
「旦那様は遠慮してください。」
手厳しい女性たち。皆で一緒になって笑った。心の中で心配になって探しに来てくれた両親に感謝しながら。
心安らかな1日になった。