誕生日に最高傑作を
以前、南雲皋様お誕生日記念の三題噺で書いたものです。
お題:『あつい』『拍手』『リボン』
注※ジャンルとシリーズをご確認ください。なんでも許せる方向けです。
「〜♪……あ」
思わず誕生日の歌をひとりで歌ってしまった。マスク越しだから大丈夫だと思うけど、衛生面を考えたらNGなのに。
ちょっと反省。浮かれていて気が緩んでいたんだわ。やっぱり私はアマチュアね。
丁寧にシロップを塗り、しみこませて一晩寝かせた生地があまりにも良い出来だったから嬉しくって仕方なかったの。
ドライフルーツやナッツをふんだんに混ぜ、クローブやシナモンなどの香辛料が利いたケーキ生地に、苦味と酸味と甘みを調整したグレープフルーツ風シロップが染みて大人の味。
以前、このケーキが完成形になる前。彼に試作品を食べてもらった時ですら大絶賛だった。
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「凄いよ! こんなケーキ食べたことがない。やっぱり優奈はプロになれる!」
「本当?」
「うん、これを誕生日パーティに出したら皆喜ぶだろうなぁ」
「じゃあこれを当日作るね」
「ありがとう。大変だと思うけど、頼む!」
まただ。両手を合わせてお願いをする仕草が可愛くて、彼に頼まれると断れない。いつも私は弱い。そして彼は私が弱いことを知っている。
「でもさあ、このケーキただでさえ手が込んでるのに、20人分の大きいのを作ってたら疲れちゃうだろ。パーティ会場まで運ぶのも大変だし、その後着替えて化粧までしてたら優奈は間に合わないね」
「大丈夫だよ! 朝三時に起きてデコレーションを始めれば余裕」
「えっ、だめだよ! そんな時間に起きるなんて身体に悪いし、クマもできちゃうだろ。それに最近、体調もよく崩してるし」
「それは大丈夫だよ。凄く気をつけてるから」
「だめだめ。せっかくなら優奈には完璧に綺麗な姿でいてほしいんだよ。俺の為に無理してボロボロになってパーティに参加されても嬉しくないし」
「そ、そう……?」
「あ、そうだ。パーティは昼だから、終わってから二人でディナーに行こうよ。優奈のお疲れ様会と、俺の誕生日会を兼ねて」
「いいの? その後お友達と打ち上げとかあるんじゃない?」
「大丈夫。優奈のためだから」
そう言う彼に抱き寄せられたら。もう何も言えなかった。
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デコレーション用のフルーツをカットしていく。殆どはクリームを塗ったうえに散らしていくスタイルだから、今回は綺麗な飾り切りにするのはふた切れのグレープフルーツだけ。いくら凝ったデザインで綺麗に着飾っても、これは食べられずにトレーの端に打ち捨てられる未来が見えている。
「かわいそうに」
また呟いてしまった。でもどうしても、食べられずに利用されるだけのグレープフルーツがかわいそうな自分と重なる。
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先週、彼の親友が私にコンタクトを取ってきた。
「あいつから聞きましたよ。優奈さんはいつかパティシエになりたいんですよね?」
「はあ、まあ」
「今度のあいつの誕生日パーティ、優奈さんが作ったケーキを提供されるんでしょ」
「ええ、そのつもりです」
「実はですね。そこでサプライズ発表があるんですよ」
「え?」
「あいつ、結婚するんです。大学時代からの彼女と!」
そうだった。私はこの人に、彼の友達の一人として紹介されていたのだ。「まだ優奈と恋人だって言うのは恥ずかしいから」と言われて。
私たちの関係を何も知らないこの人は、ケーキに「誕生日と結婚おめでとう」と書かれたプレートをつけてほしいと相談に来たのだった。
薄々わかっていた。誕生日パーティの後にディナーに行こうだなんて、きっと嘘。以前も何度かデートの予定をドタキャンされたんだもの。
だから私も前から準備していたの。彼に試作品を食べさせたときは流石に思いとどまったのだけれど。
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ケーキの端を切り、真四角に形を整える。クリームを全面に塗ってツルリとした面を作ってから、デコレーション用のクリームを繊細に絞っていく。その上にカットしたフルーツ類を散らし、最後にグレープフルーツの飾り切りを添える。
中央にはチョコプレートを据えた。「○○君誕生日&△△ちゃんとの結婚おめでとう」と書かれている。もちろん私の名前じゃない。
完成したケーキを箱に入れ、綺麗にリボンをかけた。私の人生で最高傑作のケーキだもの。見た目も完璧にしなきゃね。
箱を慎重に車のトランクに乗せ、パーティ会場に運ぶ。あの、私に彼のサプライズを教えてくれた親友。予想通り彼が準備を仕切っていた。箱を開けてケーキを見せるとテンション高めに褒めてくれる。
「わー、凄い!! お疲れ様です! 素敵なケーキですね!!」
「ふふ。私の最高傑作なので、彼に出す前につまみ喰いしないでね」
「もちろんですよ! あいつと彼女にファーストバイトをやってもらうつもりなんで」
そうだろうなと思っていた。
結婚の発表をする場にケーキがあるなら、結婚披露宴でおなじみのケーキカットとファーストバイトをやろうと進行役が考えるのは、よくある話。だからわざとケーキカットをやりやすそうな四角形の平たいケーキに仕上げたのよ。
「あ、でもファーストバイトって新郎から新婦へ先に食べさせるものじゃありません? パーティの主役は彼なのに、それでいいのかしら」
「あ……確かに!」
「本番のファーストバイトは結婚式でやりますから、ここでは彼に先に食べてもらうほうが演出としては良いと思うんですけど」
「そうですね。そうしましょう! アドバイスありがとうございます!」
親友くんはにこにことお礼を言う。そして。
「あの、後で優奈さんも来るんですよね……?」
よれよれの普段着に顔色の悪い私の姿を見て、少し疑問混じりに訊いてきた。
ああ、今までもこうやって彼は誤魔化してきたのか。これだけの労力を費やしたケーキを提供する友人がパーティに参加しないのは不自然だものね。
私には「来るな」と強く釘を差しておいて、一方で親友には「パーティに優奈は参加する」と言っておく。そして後で「優奈は体調を崩して来れなくなったらしい」とでも言えば、誰も気にしない。
「ええ、また会いましょう」
私はその場を離れながら、この後の情景を思い浮かべる。
友人を集めての華やかな誕生日パーティ。一旦会場が薄暗くなり、HappyBirthdayの曲とともに蝋燭に火を灯したケーキが運ばれてくる。
主役の彼は大喜びして、そしてプレートに書かれたメッセージに二度驚くでしょう。
このメッセージを書いたのは私なのか確かめたくても、パーティの主役が取り乱すわけにはいかない。あの人のことだもの。笑顔を崩さず蝋燭の火を吹き消し、皆の拍手を浴びることしかできないでしょうね。
そして大学時代から付き合っていた彼女と共にケーキを切り、彼女に食べさせてもらうのよ。
ケーキは美味しいはず。私の最高傑作だから。
毒薬の苦味を酸味と甘味で中和し、グレープフルーツ風のシロップに仕立てるために何度も試行錯誤をした。死なない程度の極々微量の味見を繰り返し、時には体調不良になりながら。前々から準備して、凄く気をつけて作ったんだもの。
そして彼は、愛しい彼女に食べさせられたケーキによって……大して愛してもいなかった、浮気相手の私に作らせたケーキによって、死を迎える。
車に戻った私は助手席に置いていた保冷バッグを開けた。中にはすべてを暴露した遺書。そして保冷剤とともにプラスチックの保存容器に入れたケーキの成れの果てがある。
さっき形を整えるために切ったケーキの端に、クリームを垂らしてグレープフルーツの切れ端を添えただけの成れの果て。
今のみすぼらしい格好の私には、綺麗に着飾ったケーキなんて似合わないもの。
それに味は同じ。
一口食べてみる。
ケーキ生地に入れたドライフルーツの濃厚な甘味とスパイスの香りがグレープフルーツ風シロップと合わさり、刺激的でありながら甘すぎず美味しいと感じる、完成形。やはり最高傑作だったわ。
保存容器の中身を全部食べきる前に、もう喉が焼ける感覚を覚える。意外と早かったな。これなら彼も即死でしょう。
ああ、あつい。
お読み頂き、ありがとうございました!




