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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

短編集

その聖女、邪悪につき

作者: 氷桜 零
掲載日:2026/03/06


鬱蒼と茂る中、馬を最大限駆る。

本来なら護衛に囲まれているであろう王女ペルネは、だった1人で聖域でもある森に入っていた。

頬や手足に枝葉が掠めて細かな傷ができるけど、そんなことを気にしていられない。

急いで霊廟に向かわなければならないからだ。


今、カーメル王国は未曾有の危機に瀕していた。

同盟国を含めた隣国の3国が、宣戦布告をしてきたのだ。

寝耳に水であったカーメル王国は、すぐさま軍備を整えて迎え撃ったが、3国同時に攻められては戦力差が開き過ぎていた。

平民を徴兵し、傭兵を多数雇っても、その差は全然縮まらなかった。


辺境の砦は捨て、第3防衛ラインであるツクマ要塞にまで前線を下げる事態になっている。

辺境の村々はこのツクマ要塞のあるツクマ領に避難しており、ここでなんとしても阻止しなければならない。

でなければ、国が蹂躙されてしまう。

ツクマ要塞から王都までは、5日とかからないのだから。


父である国王と兄である王太子も、ツクマ要塞にて、敵を押し留めるために奮闘している。

母である王妃や他の兄たちは、王都で支援に回っている。

ペルネもそうしていたのだが、ツクマ要塞の状況があまりに悪いため、誰にも言わずに飛び出してきたのだ。


カーメル王国には、王家にのみ伝わる伝承があった。

かつて世界を救った偉大なる聖女が、カーメル王国の東の森にある、聖域の霊廟で眠っているというものだ。

眠っているというのは、死んでいることと同義ではない。

本当に、眠っているというのだ。


ペルネは考えた。

偉大なる聖女に、カーメル王国を救ってもらおうと。

万が一何かあった時は、自分一人で咎を背負うために、一人で馬を駆ってきたのだ。


何日も寝ずに馬を走らせているため、馬もペルネも疲労困憊状態。

だが、休んでいる時間はなかった。

刻一刻と、戦の足音が近づいているのだから。


霞む目で前方を睨んでいると、森の奥に神殿のような建物が見えてきた。

おそらくあれが、霊廟だ。

馬を入り口近くの木に繋ぎ、ペルネは神殿の中へと急いだ。


人の気配が何年もないはずなのに、この神殿は綺麗に保っていた。

不思議な気分になりながら進んでいと、地下への階段を見つけた。

真っ暗な奈落に誘い込まれそうな地下に、思わず唾を飲み込んだ。

ペルネはなんの灯りも持ってきていないので、左手を壁につけながら慎重に降りて行った。


真っ暗で長い階段は、終わりが見えなくて恐ろしく感じてくる。

家族や国の民への思いで、心を奮い立たせた。


左手をついていた壁が途切れると、一気に心許なくなる。

だがそう思ったのも束の間、一歩踏み出すとそれが合図だったように室内が明るくなった。

ペルネは自分の他に誰かいるのか見渡したけど、人影は一切なかった。

そして壁際を見ても、灯りの光源が全く見当たらない。

特別な霊廟だからそんなこともあるだろうと、混乱する自分を無理矢理納得させた。


地下に広がると空間の1番奥、祭壇の上に一つの棺があった。

真っ白な棺は、灯りを反射してキラキラ輝いている。


早まる鼓動を感じながら、棺に近づいて中を覗き込んだ。

そこには、見たこももないような美しい少女がいた。

ペルネより年下、12、3歳だろうか。

髪は透き通った白銀色。

肌は雪のように真っ白で、今にも消えてしまいそうな儚さを醸し出している。


「……はっ!眺めてる場合じゃない。聖女様を起こさないと。確か……王家の血と心からの願い、だったはず。」


ペルネは懐にから取り出した短剣で、手のひらを切った。

傷口からは鮮血が流れ出る。

棺に血の流れる手を押し当てた。


「お願いします、聖女様っ!どうか私たちを助けて!このままじゃ、大切な人たちが死んでしまうっ!どうかお願いっ!!」


ペルネの願いは、大切な人を救うこと。

失わないこと。

心からの願いは、叫びに変わっていた。


ギィィィィーー……


地下に響く音に顔を上げると、棺の蓋が少しずつ開いていた。

誰も動かしていないにもかかわらず。


ペルネは驚いて、その場から離れた。


ペルネが見守る中、棺は完全に開いて蓋が落ちた。

そして、棺の縁に真っ白な手がかかった。

続いて、先ほど見た少女の、上半身が起き上がってきた。


「ふわぁ〜よう寝たのぅ。」


声は可憐なのに、その言葉はババくさい。


聖女はそのまま立ち上がると、伸びをするように両腕を上に上げた。


「ふ、ふふっ……ふふふっ……ふっはははははっ!ようやく、ようやく目覚めたぞ!はははっ!!」


ペルネはこの時思った。

なんかやべぇもん、起こしちゃったかもしれない、と。


ペルネが内心引いていると、ようやく聖女がペルネに気がついた。


「おお!そなたが目覚めさせてくれたのじゃな?」


「は、はい!」


「礼を言うぞ。目覚めさせてくれた代わりに、願いを叶えてやろう。妾にできることならな。」


「あ、あの!だったら、国を助けてくださいっ!このままでは、滅ぼされてしまいますっ!」


「うむ。詳しく話せ。」


同盟国が裏切ったこと、3つの国に同時に攻められていること。

ペルネは、今のカーメル王国の現状を事細かに訴えた。


「あい、わかった。妾に任せておくといい。」


「あ、ありがとうございます!」


ペルネはさっきの聖女の高笑いなどすっかり忘れて、聖女を救世主のように崇めた。


「さて。では、さっそく行くとするかのぅ。」


「はい!」


聖女は今まで眠っていたことなどなかったかのように、スタスタと歩き始めた。

ペルネはそれに遅れまいと、早足でついていく。


神殿の外に出ると、一気に生き物の気配を感じた。


聖女は、久しぶりの外に高揚していた。

今なら、なんでもできるだろう自身に溢れていた。


ペルネがふらふらの馬を連れて、聖女の元にやってきた。

この馬の調子では、すぐに帰るのは無理だろうことはわかりきっている。


「心配いらぬ。跳んで行くからの。」


「跳ぶ?」


ふふん、と自慢げにない胸を張った。


「転移じゃ!」


「??」


「まぁ、見ておれ。」


聖女がそう言うや否や、足元に幾何学模様が浮かんだ。


「ええ!?何、これ!?」


「知らんのか?魔法陣じゃよ。」


「魔法陣……これが……」


「ツクマ要塞というところを、頭に浮かべよ。」


「は、はいっ!」


ペルネがツクマ要塞を思い浮かべていると、足元の光が一層強くなった。

眩しくて目を閉じていると、一瞬の浮遊感を感じた。


「着いたぞ。」


「え?え?えぇー……」


聖女の言葉に目を開けると、目の前にツクマ要塞があった。

それよりも気になったのは、後ろのざわめき。

振り返ると、そこには大勢の兵士。

しかも、カーメル王国のものでない鎧と旗。


「ちょおっとぉぉぉ!?」


「ふはははっ!ここから動くでないぞ!」


聖女がペルネの前に立ち、高らかに笑う。

その笑い声は、実に愉しげであった。


聖女が片腕を上げると、それに合わせて空にいくつもの魔法陣が浮かぶ。

その数は、10や100ではない。

空を覆尽くすほどの魔法陣の数は、禍々しく光っている。


「堕ちろ、メテオ。」


ゾッと底冷えするような聖女の言葉と同時に、聖女は腕を振り下ろす。

すると、魔法陣から光の塊が、雨のように地上に降り注いだ。


敵の兵士はなす術もなく、その魔法の餌食となった。

後に残ったのは、バラバラになった敵兵の遺体だけだった。


「え……」


ペルネは、目の前で起こったことを信じられない気持ちで見ていた。

一度で、いや一瞬で、何百万もの兵士が死んでしまった。

なんら抵抗することもできずに。


ペルネは、聖女というよりもはや魔王なのではないかと、疑いを持ってしまったほどだ。


「うむ。スッキリしたのぅ。よきよき。」


聖女はペルネの視線など全く気にせず、満足そうに頷いていた。






とある国の賢者は、偵察隊の報告を聞くと、すぐさま国王に撤退を助言した。

国王は笑って一蹴したが、賢者があまりにも真剣に訴えてくるため、詳しく話を聞いた。


「あれは……かつて世界を震撼させた、最も邪悪な聖女です。」


「……は?邪悪?なのに、聖女なのか?」


「殺した数も多いですが、それ以上に救った数も多い。誰もかの方に敵わず、好物で釣って封印するのがやっとでした。……アレの封印を解くなど、どこの馬鹿がっ!アレが参戦するとなると、負けは確定。それどころか国を蹂躙されるでしょう。すぐさま撤退と、停戦協定を。」


その賢者は、何百年も生きる、生きた歴史。

賢者の言葉を無視できないとして、国王は撤退を決めた。


その撤退が間に合ったかどうかは、神のみぞ知る。






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