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45

視界が明瞭になるにつれ、この世界が単純な「数字」で構成されている事実が浮き彫りになってきた。

僕の目の前で、父親が高い高いをしてくれている。

彼の頭上に浮かぶ数値は「156」。

傍らで微笑む母親は「128」。


前世の人間がどれほどの数値を持っていたかは不明だが、彼らの肉体密度は異常に高い。

丸太のような腕や鋼のような皮膚。おそらく生物としてのスペック自体が、地球の人類とは桁違いなのだ。

だが奇妙な矛盾があった。

これほど大きな数値を持ちながら、彼らの認識する「数」の世界はあまりに狭い。

ある日、父が狩りの成果を並べていた時のことだ。

獲物は野兎に似た小動物が12匹。

僕は揺り籠の中から、拙い言葉で問いかけた。


「……とうさん。それ、いくつ?」


父は胸を張り、自信満々に答えた。


「おう、たくさんだ!」

「……たくさん?」

「ああ。1、2、3……と数えて、10を超えたら全部『たくさん』だ。覚えとけよ」


父は真顔だった。

156ものHPを持ちながら、自分の体力が数値として見えているわけではないらしい。彼らにとってHPとは「元気がある」か「死にそう」かという感覚的なものなのだろう。

僕は慎重に観察を続ける。これがこの世界の標準なのか、それともここが辺境の地ゆえの無知なのかはまだ判断できない。

ただ確かなのは、この環境において僕の知識はあまりに過剰だということだ。


その日の午後、庭先で「魔法」の正体を目の当たりにする事件が起きた。

ブゥゥンという重低音とともに、体長50センチほどの巨大な蜂が飛来したのだ。

頭上に浮かぶ数値は「45」。

スズメバチを鎧で包んだような獰猛な外見をしている。赤ん坊の僕など一撃で絶命するだろう。

「ちっ、はぐれキラービーか!」

父が薪割りの手を止め、僕を庇うように立ちふさがった。

武器は持っていない。父は素手を突き出し、掌に意識を集中させた。

(来るか、魔法……!)

僕は目を凝らす。

父の周囲の大気が揺らぎ、彼のこめかみに血管が浮き上がる。

魔法の行使には精神的な負荷がかかるようだ。だが父のHPである「156」は減っていない。

コストは生命力ではなく、集中力やスタミナらしい。

父の意思によって、世界を記述するプロセスが構築される。

「炎よ──」

父のイメージが、大気中の熱量を凝縮させる。

だが僕が注目したのは、その現象の裏側にあるロジックだ。

父が構築したのは極めて単純な減算処理だった。


『対象のHPから、定数10を引く』


ドォン!

父の手のひらから火球が放たれ、蜂を直撃する。

蜂の身体が焼かれ、頭上の「45」が「35」に減った。

「しぶといな!」

父は再び叫び、同じ魔法を放つ。

35が25に。

25が15に。

15が5に。

(なんて非効率なんだ)

僕は呆然とした。

父は4回の攻撃で、合計40のダメージを与えた。

そのたびに父の呼吸は荒くなり、額には玉のような汗が浮かんでいる。

精神リソースを浪費しすぎているのだ。

もし「掛け算」を知っていればどうだ。

10に4を掛けるという式を一度組めば、一回の発動で済む話だ。

そもそも相手のHPが45だと認識できていれば、過剰な連打をせずに45ちょうどのダメージを出力すればいい。

父は最後に、弱りきった蜂を踏み潰した。

グシャリという音とともに、蜂の数値がゼロになり霧散する。


「ふう、危ないところだった」


汗を拭う父。

HPこそ減っていないが、疲労困憊といった様子だ。

彼らは「10」という固定値を、何度も何度も引き算することで戦っている。

「大きなダメージ」という概念が、「10をたくさん引くこと」でしか表現できていないのだ。

(もったいない……)

僕の胸に湧き上がったのは恐怖ではなく、数学者としての純粋なもどかしさだった。

あの火球の熱量は、もっと美しい式で制御できる。


父の背中を見つめながら、僕は小さく拳を握った。

この世界には、まだ僕の知らない上位の敵や、賢い種族がいるかもしれない。

だが少なくとも今の段階では確信できる。

僕はこの世界の誰よりも、効率的に「数」を扱える。

今はまだ言葉も話せない赤ん坊だが、僕の頭脳には無限の武器庫が眠っているのだ。

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