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9/11

勝っても負けても

1対0の状態で前半戦が終了した。

前半と後半の間には15分間のハーフタイムが入る。

前半戦はド素人の私から見てもこちら側がかなり優勢のように感じた。

これはひょっとするとひょっとするかも……


「山田先輩、この調子なら勝てますよねっ!」

「まだ分からないよ。後半からはあいつが出てくるだろうから。」


相手チームには今大会でファウルギリギリのラフなプレーをしている選手がいるのだという。

ハーフタイムが終わると、やたらとガタイの良い選手がベンチから出てきた。みんなより頭一つ分はデカくてマッチョな体格をしている。サッカー選手というよりはラガーマンだ。

山田先輩が神妙な顔付きで呟いた。




「多分、ソウを潰しにくる。」




後半開始のホイッスルが響いた。

山田先輩の予想通り、ラガーマンは山田兄を徹底的にマークしてきた。

前半戦から全力疾走していた山田兄と違って、ラガーマンの体力は満タンだ。

山田兄がマークを外そうと何度も試みるが、ラガーマンは試合動向そっちのけで執拗に付きまとっていた。

あんな大男に常にプレッシャーをかけられていたらやりにくいったらないだろう。


それでも山田兄は果敢に動き周り、ドリブルをしていた相手選手からボールを奪い取った。

その直後、ラガーマンが横からスライディングタックルをかましてきて山田兄を派手に転倒させた。


「ちょっ…危ない!こんなの反則でしょっ?!」

「確かに危険な行為だけれど、最初にボールに触れていたからファウルにはならなかったみたいだね。」


審判によってはフリーキックを与えられてもおかしくはないプレーだったらしい。

それからも山田兄はラガーマンにまとわりつかれ、ボールを持てばすかさず肩でグリグリと押されて邪魔をされていた。

サッカーを知らない私からしたら卑劣な妨害行為にしか見えないのだが、山田先輩いわくやりすぎ感はあるものの、チャージという身体接触プレーの正当な範囲内なのだという。


そうだとしてもファウルギリギリのラインをわざとしているのは明らかだ。

あのラガーマンにはスポーツマンシップってもんがないのだろうか。


山田兄とラガーマンの前にこぼれ球が転がってきた。

二人はその玉を狙って猛ダッシュしたのだが、肩が激しくぶつかり合ってしまった。

山田兄は少し体制が崩れたが、ラガーマンの方は弾かれて地面に転がり、大袈裟なくらいに痛がり出した。

なんとそれでファウルを取られ、審判はラガーマンにフリーキックを与えた。


「なんっであれがファウル?!あんなの猿芝居じゃないっ!!」


やりたい放題のラガーマンに思わず叫んでしまった。味方応援団もブーイングの嵐だ。

最悪の雰囲気の中だんだんと押され気味になり、とうとう1点を奪われ同点にされてしまった。


前半戦は夢中になって楽しんでいたけれど、あいつひとりのせいで非常に気分が悪いっ!許せん、クソラガーマンが!!

イラつきまくる私の頭を山田先輩はポンと触った。



「そんなにカッカしないで。みんな勝つために必死なんだよ。」



そう言って優しくなでなでしてくれた。

山田先輩ってば、こんな時でも穏やかなんだな。

確かにせっかくのデートなのに眉間に皺を寄せていてはダメだ。笑顔、笑顔。


気を取り直してフィールドに目をやると、ゴールキーパーが蹴ったボールが大きくカーブを描いていた。

山田兄は巧みなフェイントをかけてラガーマンの動きを混乱させると、猛ダッシュで落ちてくるボールへと向かっていった。

この距離なら山田兄の射程圏内だ。

誰もがまたあの見事なミドルシュートが見れるのかと期待した瞬間、後ろから追いかけてきたラガーマンが山田兄に強烈なタックルを食らわした。

まだボールに触れてもいない山田兄への、後ろからの危険な接触である。

その衝撃で山田兄が地面に叩きつけられると、応援席からは悲鳴が上がった。

すかさず審判がホイッスルを鳴らして右胸から出したカードを高く持ち上げた。


サッカーでは反則行為があった場合、その悪質さによっては審判からカードが提示される。

イエローカードには警告の意味合いがあり、1枚だけでは処分にはつながらない。

しかし著しく不正なプレーが行われた場合はレッドカードが出され、提示されはた選手は速やかに退場しなければならない。


審判がラガーマンに降したカードの色は赤。

一発退場だった────────



これでやっとあのラガーマンから解放される!

ざまあみろと清々しい気分になったのだが、フィールドに倒れた山田兄がなかなか立ち上がらない。

どこか打ちどころが悪かったのだろうか……


「奏真君頑張ってーっ!!」

「やだあ、奏真くーんっ!」


ファンクラブからは絶叫に近い悲鳴が上がっていた。

応援団の必死の声援が球場に響き渡る中、ピッチサイドで待機していた医療スタッフが担架を持って駆け寄っていった。



「まずいな……このまま交代になったら、ソウはもう試合には戻ってこれない。」



そんなっ、山田兄も退場ってこと?!


終わってしまう……

山田兄は約束を守ろうと一人で必死に頑張ってきた。

勝っても負けてもとは思っていたけれど、こんな終わり方はあんまりだ。

大声援の中では私の声なんて届くわけがない。

それでも……衝動に突き動かされて声を上げたのは、山田先輩の方だった。




「ソウ起きろ!寝てる場合じゃないだろっ!!」




初めて見る山田先輩の感情的な姿……

うつ伏せに倒れたままだった山田兄が顔を上げてこちらに視線を向けた。



まさか、今のが聞こえた……?



山田兄は上半身を起こし、心配して集まってきていた仲間やスタッフに平気だと声をかけた。

そしてしっかりと自分の足で立ち上がると、山田先輩に向かって真っ直ぐに人差し指を向けた。





─────────サク、見てろ。





レッドカードを食らったラガーマンは退場し、止まっていた試合は山田兄のフリーキックから再開された。


フリーキックには二種類ある。

前半戦でのオフサイドで与えられたのは間接フリーキックと呼ばれるもので、ゴールに入れるにはキッカーが蹴ったボールを他の味方選手が一度触れないと得点にはならない。


今回のレッドカードで与えられたのは直接フリーキック。その名の通り、キッカーが直接ゴールを狙うことができる。



キッカーはもちろん山田兄だ。

山田兄がボールの前にスタンバイすると、相手選手がゴール前に集まりわらわらと一列に並んだ。


「山田先輩!あれは反則じゃないんですか?!」

「壁っていってね、ちゃんとルールに乗っとった守備戦術だよ。」


あれが合法?せっかく直接ゴールが狙えるのに、あんなのがいたんじゃ入るわけがない。

後半戦ももう残りわずかだ。

ここで点を取っておけば勝利に王手がかかるのにっ......!



「大丈夫。ソウが一番得意なシュートだから。」



球場全体が静まり返り、広いフィールドに立つたったひとりの選手に視線が集中していた。

山田兄が静かに動き出し、軸足をしっかりと踏み込んでボールの中心を力強く蹴り出した。

ボールは回転しながら壁の頭上を越えると、ゴールポストの上部へと吸い込まれるように入っていった。

静かだった球場から一斉に地鳴りのような歓声が湧き上がった。



「入った!山田先輩、入りましたよっ!!」



なんて綺麗で鮮やかなシュートなんだろう……


興奮冷めやらぬ中、相手のキックオフから再開されたプレーはしばらくすると試合終了を告げるホイッスルで終了した。



─────────勝った。勝ったんだ.....



フィールドでは勝った選手がお互いを称えながら抱き合い、負けた選手は地面に突っ伏して肩を落としていた。

応援席はみんなお祭り騒ぎでうるさいくらいにはしゃぎまくっていた。


山田兄が仲間に揉みくちゃにされながらもキラっキラの笑顔でガッツポーズをしてきたので、腕がちぎれるかってくらい振り返した。


山田先輩はというと席に座ったまま両手で顔を覆っていた。

よっぽど嬉しかったのだろう.....

私もつられて泣きそうになってしまった。



「良かったですね。山田先輩っ。」



うんうんと頷く山田先輩の背中を、ずっとなでなでしてあげた。






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