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淡い期待

試合当日。

球場のある駅の改札口に約束の時間ピッタリに到着した。


駅前は観戦に行くであろう人達でごった返していた。

取材陣らしき人達もいて、この試合の注目度が伺えた。

山田先輩はどこだろうと見渡していたら、女の子達が妙にザワついていた。

視線の先を追ってみると、モード系雑誌から抜け出てきたようなオシャレなイケメンが壁際に立っていた。

あの人も誰かと待ち合わせなのかなと思ったら、そのイケメンが私に微笑みながら手を振ってきた。


えっ、もしかしてあれって……山田先輩?!


「どうしたんですかその格好っ?メガネ、メガネは?!」

「コンタクトにしてきた。メガネよりはっきり見えるからね。」


いつものフワフワのくせっ毛も、前髪をセンター分けにしてワックスで整えていた。

着ている服も大人っぽくて、とても高校生には見えない。


「同じ学校の生徒も多いだろうから、僕と一緒にいる木村さんまで不快な思いをさせないよう少し身なりに気を使ってきたんだけど、変かな?」

「全然変じゃないです!!」


さすが山田兄と同じポテンシャル。少しいじっただけでこんなにもカッコよくなるとは……この姿を見て誰が文句を言えようか。

こんなことなら私もMAXまで気合いを入れてくるんだった。サッカー観戦だからとスポーティな服をチョイスしてしまった。なんたる不覚!



球技場の中に入るとすでにたくさんの観客で席は埋まっていた。

一番前にはベンチ入りできなかったサッカー部員達がズラリと並んでいた。

中央では我が校の応援団が陣取り、少し離れたところには奏真君ファンクラブの面々が、うちわやプラカードやお揃いのハッピを装着して興奮気味に座っていた。あの一角だけアイドルのコンサート会場のようだ。


「段差が急だから足元気をつけて。」


そう言って山田先輩は手を差し出してきた。

こうゆうさり気ない気遣いが山田先輩の素敵なところだ。

白くて長くて綺麗な指を合法的に握れてドキドキしてしまった。

足が滑ったフリして抱きつこうかとも思ったけれど、そのまま下まで転げ落ちたらシャレにならないので止めた。



しかしこうやって生でサッカー場を見てみると思っていた以上にデカイ。

山田先輩いわく縦105m、横68mもあるらしい。

この広さを前半と後半を各35分、計70分も端から端までボールを追って走り回るってんだからかなりしんどそうだ。


「ポジションによって必要な動きは違ってくるけどね。でも一試合で10キロ以上走るなんてことはザラだよ。」


10キロ……私だったら途中で死ぬな。

サッカーってモテ要素の強い爽やかなスポーツだと思っていたのに意外と過酷だ。


山田兄のポジションはボランチというものらしい。

布陣の中央にいて、ディフェンスラインの前で相手の攻撃を防いだり、ボールを奪って攻撃の起点ともなる重要な役割だ。

ボランチはポルトガル語で「舵取り」という意味で、本来ならば積極的に点を取りに行くポジションではない。

だがミドルシュートが得意な山田兄は、弾丸のような速さでゴールを狙うことで有名なのだという。



始まる前から応援合戦の熱気に包まれる中、審判を先頭に両チームの選手が入場してきた。

フィールド内で全員が横一列に並びメインスタンドとバックスタンドの両方に向かって挨拶をすると、スタンドからは拍手と歓声が沸き上がった。


深い青のユニホーム、エースナンバーである10番を背負った山田兄は、遠くからでも分かるほど全身から気迫が漏れ出ていた。

両チームが円陣を組んで気合いを入れたあと、コイントスが行われて試合開始を告げるホイッスルが鳴った。


全国大会への出場校を決める、運命の決勝戦がいよいよ始まったのだ。



キックオフから静かに始まった試合はすぐさま両チームの激しいボールの奪い合いとなった。

誰もがフィールド内を動きまくっていたのだけれど、一番疾走していたのは山田兄だった。

時には激しくぶつかり合って地面に倒れ込む選手までいて、怪我人が出ないだろうかとハラハラしてしまった。

攻撃していると思っていたら次の瞬間には攻め込まれている。あっという間に変わる場面展開に胸が熱くなっていった。


相手のロングパスがゴール前に通って点を入れられてしまうと焦った瞬間、審判がプレーを止めた。

こちらのフリーキックになったみたいだけれど、なにが起こったのだろうか……?


「今のはオフサイドといって、簡単に言えば攻撃時に相手陣内でパスを出されたタイミングで、自身の前に相手選手が一人だけだと反則になるんだよ。今のはソウがわざとそうなるように引っかけたんだ。」


説明を聞いてもよく分からない。

サッカーとはなかなか複雑なルールがあるようだ。

しかし山田兄はあれだけ走り回っていてよく全体を把握する余裕があるもんだ。きっと頭の後ろにも目が付いているんだろう。



フリーキックにより大きくカーブを描いたボールに山田兄が向かっていった。

胸で一旦受け止めるのかと思いきや、山田兄は大きく振りかぶってワンバンもなしに直接ゴールを狙った。

惜しくもゴールポストに当たって弾かれたが、スキをついた鮮やかなミドルシュートに観客席は大盛り上がりだ。


「山田先輩っ、今のは入ってたら何点だったんですかっ?」

「えっ、何点て?」


「今のがハットトリックですよね?あの四角いラインの外側から入れたら得点が高くなるっていう。」


山田先輩は目を丸くすると、手の甲で口を塞いでふふふっと笑い出した。

山田先輩のこの反応で自分が盛大な勘違いをしていることに気づいた。


私が思ってたのはバスケのスリーポイントのことだった。

サッカーはどこから打とうが1点ずつしか点は入らない。

ハットトリックとは一人の選手が一試合に三点以上を取ることを言うのだという。


「すいません山田先輩……私、さっきから観戦の邪魔してますよね。」


基本的なルールくらい勉強しておくんだった。私に説明してばかりじゃ集中して見れないだろう。

山田先輩は落ち込む私にチラリと視線を送ると、またすぐにフィールドへと目を向けた。



「ねえ木村さん、前に僕と喋ってて楽しかったって言ってくれたよね?」



それは喫茶店でお茶をした時の話だ。

あの時だけじゃない。今だって私はすっごく楽しい。だからちょっと浮かれてしまっていた……反省だ。


山田兄がボールを奪うと相手のディフェンダーがシュートを打たせまいとゴール前を固めた。先程ミドルシュートを打ったせいでかなり警戒されているようだ。




「あれ、僕も同じだから。」




────────えっ、それって………



大歓声が上がり、見るとボールがゴールポストの中に入っていた。

どうやら山田兄は相手を自分に引きつけておいて、逆サイドから上がってきた仲間に素早くパスを回したようだった。

なんてこった。決定的瞬間を見逃してしまった。


「ごめん、この話は試合が終わってからにしようか。」

「そ、そうですねっ。」



心臓がうるさいくらいに鼓動している。

もしかして山田先輩も私と話すのが楽しいってこと?

これって、ちょっとは期待してもいいのかな……






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