揺るぎない決意
月曜日に学校に行くと校内中がサッカー部の話題でもちきりだった。
週末にあった準決勝も勝利したようで、次の決勝を勝てばインターハイへの出場が決定する。
山田兄はハットトリックというものをきめたらしく、クラスの男子達までもが興奮気味に騒いでいた。
「兄の存在が光れば光るほど、弟の方は陰るよね。」
「ちょっとレイちゃん、今のは聞き捨てならないよ?!」
とは言ったものの、確かにその通りなんだよね。私の中では全く陰らないんだけど。
浮かれまくる教室の空気に馴染めず、一限目が始まるまでどこかでやり過ごそうと廊下に出たら山田先輩とばったり出くわした。
「山田先輩?なんで一年生の教室にいるんですか?」
「木村さん、今少しだけいい?」
人気のない非常階段へと連れて来られて何事かとワクワクしていたら、山田先輩は勢いよく頭を下げた。
「ごめん!土曜日にソウが待ち合わせ場所に現れたと思うんだけど、実はあれは僕だったんだ!」
えっと〜……うん、知ってます。
これは一体どう返せばいいのだろうか。
「あんな暑い中ずっと僕を待ってるって言うから心配で……ソウのフリして弟は来ないって伝えたらすぐに帰るつもりだったんだ。騙してお茶したみたいになって本当にごめん!」
全然騙されてなんかないし。むしろ山田先輩と分かった上で無理やり引き止めたのは私の方で、全く謝る必要なんかないし。
でもここは騙されたフリをしておいた方が無難か。
「ソウだと思ってたのに、僕だと知ってショックだよね?本当に申しわけな……」
「は?そんなわけないじゃないですか!山田先輩だって分かってたから私はここぞとばかりにお茶に誘ったんです!!」
「………えっ?」
「あっ。」
昼休み。改めて人気のない校舎裏で待ち合わせをした。
「そうか、最初からバレてたのか。要らぬ気を遣わせてしまったみたいだね。」
「いえそんなっ。私は山田先輩といっぱいお喋りできて楽しかったです。」
山田先輩は恥ずかしいと言いながら赤くなった顔を手でパタパタとあおいでいた。
この騒ぎの中で山田先輩は居ずらくないのか心配していたのだけれど、いつも通りのようで安心した。
しかしこうしてお昼休みに山田先輩と逢い引きできることが事前に分かっていたら、お弁当を用意してきたのに残念だ。
まあ料理なんてまともに作ったことがないのだけど。
お母さんから料理を教わってみようかな。今後のためにも卵焼きくらいは作れるようにしとかないと……
「……って木村さん、聞いてる?」
「あ、はい。なんですか?」
「だから、付き合って欲しいんだ。」
「────────はい?」
えっ、待って。
付き合うって山田先輩と私が?
なにがどうしてこうなった?いろいろすっ飛ばしてないか?私が言うのもなんだけど!!
「実は、ソウの試合を見に行ったことがなくて。木村さんが一緒なら心強いんだけど、いいかな?」
ズコーッとひっくり返りそうになった。
今週末に行われる決勝戦へのお誘いだったらしい。そりゃそうだわな。
「木村さんからの誘いは断っておいて巻き込みたくないとか言っておきながら、今さら虫のいい話だとは思うんだけど……」
山田先輩はすごく申し訳なさそうにしていた。事情が事情なだけに頼める人が限られてしまうのだろう……
私としては初めての試合観戦に誘ってくれるだなんて、至極光栄なことだ。
「観戦のお付き合いですねっ。任せてください!」
「本当?良かった、ありがとう。」
これはデートのお誘いとみていいのだろうか……?
思うのは自由だから勝手にそう思っておこう。
「このことはソウには内緒にしてもらっててもいいかな?」
「えっ、なんでですか?」
山田兄に話してあげたらとても喜ぶと思うのだけれど……
山田先輩は少し言いにくそうにしながら視線を遠くに向けた。
「頑張ると思うから。今でも十分頑張ってるのに……」
そう言った山田先輩の横顔が、いつかの山田兄の悲しげな表情と重なった。
高校生になったら一緒に全国大会に出よう。
そう熱く誓い合ったのに、山田先輩が足に怪我をしたことで二人の道は別れてしまった。
サッカー部でメキメキと頭角を現していく兄と、リハビリのために学校生活もままならない弟……
山田兄が一年生にしてレギュラーの座を獲得して喜んでいると、弟は怪我で苦しんでいるのにいい気なもんだよなと心無いことを言われるようになった。
完璧すぎる山田兄への妬みだったのだろう。
山田兄が登校時に弟に付き添うのは偽善者ぶってるだとか、山田兄は弟のことを見下しているだとか、怪我をしたのは山田兄のせいだとかあることないこと陰口を流す者まで現れた。
否定すればするほど、噂は広まっていったのだという……
「だから僕は、僕を利用してソウの悪口を言うヤツらから離れた。目立たないよう地味に過ごすことにして、ソウのことも遠ざけたんだ。」
そうしていたら今度は双子の弟の方は出来損ないだと言われるようになっていった。
結局そういう連中は誰かを貶めたいだけなのだろう……
ソウへの誹謗中傷を僕が代わりに引き受けられるのならそれで構わないと、そこまで言って山田先輩は小さくため息をついた。
「でもまさかソウが僕に嫌われてると思ってただなんて思いもしなかった。そんなこと、あるわけないのに……」
二人の歯車は少しずつ狂い、お互いにお互いの気持ちが分からなくなっていった。
完全にすれ違ってしまったのだ。
二年生になると山田兄は無茶なトレーニングをするようになっていた。
過度な筋トレに毎日朝晩何kmものジョギング……下手をすれば体を壊しかねないのに、山田先輩にはそれを止めることができなかった。
去年の冬、あと一歩のところで全国大会への出場を逃した時、山田兄は落ち込む部員の中でひとりだけ闘志をみなぎらせていた。
俺ならやれるっ、まだ終わっちゃいないって……
「でもあいつ……その日部屋で一人で泣いてたんだよ。」
山田先輩が夜中にノドが乾いて水を飲もうと廊下に出た時、どこからか押し殺したような声が聞こえてきた。
部屋の明かりが漏れていたのでソッと覗くと、机に座って背中を震わせている山田兄がいたのだという。
その手には写真立てが握られていた。
中学のサッカー部のユニフォームを着て、山田先輩と一緒に並んで撮ったあの写真だった……
「ソウが必死だったのは、僕と交わした約束のためだったんだって。それが痛いほど伝わってきて……どう声をかけていいのかが分からなかった。情けないよな。」
高校生になったら一緒に全国大会に出よう。
それを叶えるために、山田兄は一人になっても戦っていた。
「僕にはなにもできない。けど……次こそはちゃんとソウのそばに居てあげたい。勝敗が、どうであっても。」
そう決意した山田先輩の横顔はなんの迷いもなく凛としていた。
私の目からは滝のような涙がボロボロとこぼれた。
こんなの、泣くなっていう方が無理。涙腺崩壊だ。
「き、木村さん大丈夫?」
「ダメです!ちょっと涙止まんないですう〜。」
山田先輩だっていっぱい傷ついてきたはずだ。なのに口から出る言葉は山田兄を気遣うことばかりだった。
仲直りして欲しい。
勝っても負けても、絶対に仲直りして欲しい。




