騙されてあげる
山田先輩からのプレゼントならなにをもらっても嬉しい。
でも……
「あ〜もう無理かー。」
それを受け取ってしまったら次の打つ手がなんもない。
これっきりになるのかと思ったら山田先輩と顔を合わせるのさえ怖気付いてしまい、気づけば金曜日の放課後になっていた。
先延ばしにしたところで結果は変わらないのに。
腹をくくって大人しく“失恋”という二文字を噛み締めるしかないのか……
ため息をつきながら駅へと向かっていると、なにやらもめている男女の声が聞こえてきた。
「だからこれを渡してくれたらいいの!」
「こういうのは困るんだ。受け取れないから。」
カップルの痴話喧嘩かと思いきや、男の方が山田先輩だったので目がかっぴらいた。
どうやら他校の女の子が山田兄への手紙を渡してもらいたくて、弟である山田先輩にしつこく絡んでいるようだった。
山田先輩は何度も丁寧に断っているのに、業を煮やした女の子は手紙を無理やりカバンにねじ込んだ。
「中に私のアドレスが書いてあるんで。お兄さんにメールするようにしっかり伝えといてくださいねっ。」
そう言って勝ち誇ったような顔で山田先輩を見下す姿に、頭の中のなにかがプツンと切れた。
私はつかつかと近づいて行きカバンから手紙をひったくって女の子に突っ返した。
「手紙くらい、本人に真っ向勝負で渡しなさいよ。」
女の子は急に現れた私にポカンとしたものの、ハッと我に返って睨みつけてきた。
「ちょっとなによあんた?邪魔しないでよ!」
「自分でしろって言ってんの。山田先輩を伝書鳩みたいに都合よく使わないで。」
ギャーギャーと喚く女の子を尻目に、山田先輩の腕を引っ張ってその場を後にした。
「ごめんね木村さん。前のお返しもできてないのに、また助けてもらって。」
全く、お人好しなのにもほどがある。
ああいうのにはキツく対応しないと調子にのっていつまでも付きまとわれるだけだ。
要求してくることもどんどんエスカレートしていって……
そこまで思ってガクッと体の力が抜けて地面に突っ伏した。
「木村さん、どうかした?」
「いえ、なんかブーメランだよなと思って……」
山田先輩の優しさに甘えているのは自分も同じだ。
まさに他人のふり見てわがふり直せだ。
一層のこと、立ち直れなくなるほどコテンパンにフッてくれたらいいのに。
「それで、欲しいものはなにか見つかった?」
ほら……こんなことを微笑みながら言うもんだから、私みたいな勘違いストーカーが生まれてしまうんだ。
これ以上付きまとってはダメだと分かっているのに、諦めきれなくなってしまう……
「私……やっぱり山田先輩とデートがしたいです。」
これが無茶なお願いだとは分かっているのに、今度こそはと期待してしまう。
「明日の13時、緑地の噴水前で待ってます。」
だったら私は……
「ずっとずっと、待ってます……!!」
その優しさに、とことんつけ込んでやる……!
山田先輩が口を開きかけたので自分の耳を両手でバチンと閉じた。
目も閉じて口も一文字にチャックした。
まさに見ざる聞かざる言わざるの状態で山田先輩を完全にシャットアウトし、その場から全速力で逃げた。
次の日、噴水前にいた。
昨夜は興奮して眠れず、30分も早く着いてしまった。
来るかな来るかな山田先輩……
山田先輩が現れたらまずは、真っ先に土下座をしよう!!
なんで私あんなこと言っちゃったかな??
家に帰ったら申し訳なくなってきて穴があったら入りたいくらい猛省した。
カ〜っとなった勢いでデートに誘っちゃったけど、あんなん完全にアウトだわ。
一回はっきりと断られているのに、ずっと待ってますとか頭湧いてるとしか思えんっ……!
やっぱりいいですと撤回したかったけれど山田先輩のアドレスは知らないし、山田兄を頼るにも大事な地区予選の試合を前に迷惑はかけれないっ。
一体、どんな顔をして会えばいいの……?
いや……そもそもあんな誘い方をされて来るやつなんているのか?さすがの山田先輩も私の身勝手さに怒ったのではないだろうか。
そう思ったらガチガチに緊張していた心がフッと軽くなった。
「これで通算五回目かあ……」
フラれ慣れたと言えばウソになるけれど、私はもう十分頑張ったと思う。
気が済むまで待ったら、今度こそキッパリと諦めよう。
約束の時間まであと10分。
目の前では子供達が楽しそうにシャボン玉を吹いていた。
にしても暑い。まだ六月だというのに真夏のような暑さだ。寝不足のせいか体がだんだん重たくなってきた。
太陽に照らされて虹色に光るシャボン玉を、ただぼんやりと眺めていた.......
「………らさんっ……木村さんっ!!」
私を呼ぶ声が聞こえてきて現実に引き戻された。
まさかと驚き顔を上げると、そこにいたのはふわふわのくせっ毛ではなく、風になびくサラっサラの髪の毛だった。
「弟は来ないって、代わりに伝えに来た。」
えっ……山田……兄?
申し訳なさそうに彼は話を続けた。
「だからもう帰った方がいい。残念だけど。」
この人……
山田兄じゃなくて、山田先輩だよね?
確かに見た目は山田兄のような爽やかイケメンに仕上がってはいる。
髪をストレートにしてメガネを外しただけでここまで見分けがつかなくなるとはさすが一卵性といったところだ。だけど、雰囲気がどこかぎこちない。
なにより山田兄は私のことをお団子ちゃんとあだ名で呼んでいた。
「えと……あの、これって……?」
困惑したまま尋ねると、山田先輩はゴホンと咳払いをした。
「今日は30度超えの予報が出てる。まだ暑さにも慣れていない時期にこんな直射日光の中でずっと待つなんて危険だ。早めに来て待ってたみたいだけど、熱中症になる前に帰った方がいい。」
山田先輩らしからぬ早口だ。
なるほど。この暑さで私が倒れるんじゃないかと心配してくれたんだ。で、考えた末の苦肉の策が変装か。
山田先輩って、意外とぶっ飛んだ行動をするんだな。
勝手に約束してずっと待つとか言った私のことなんて放っておけばいいのに。
本当……人が良すぎ。
あ〜あ。こんなんだから全然諦めきれないんじゃん。
「なんか待ちくたびれてノドかわいちゃったな〜。」
まあいっか、無理に諦めなくても。
この先ずっと─────────
「山田兄。少しだけお茶に付き合ってもらえますか?」
──────────片思いでも。
「えっ、僕とっ?」
「いいからいいから。行きましょう!」
ちゃんと騙されてあげるんだから、このくらいの意地悪は許してもらおう。




