キラっキラの笑顔
私は悟った。
大事なことは人づてに聞くのではなく、本人に直接尋ねなければならないのだということを。
「というわけで今から山田先輩に好きなものを聞いて参りますっ!」
「あのね琴音、あんたいろいろと順番おかしいからね?」
《王道ルート》
相手のことを知る→自分のことも知ってもらう→だんだん仲良くなっていく→デートをする→さらに親密になる→満を持して告白する♡
私だって馬鹿じゃない。自分がもろもろのことをすっ飛ばして逆走していることは充分承知している。
「しかももう三回フラれてんだからね?」
レイちゃんは容赦ない。
山田先輩は優しいから私にキツく言わないだけで、拒否られているのは紛れもない事実だ。それを諦めないとしつこく食い下がるのは立派なストーカーだ。
そんなの分かってる。分かってはいるけどもお……!
「過去に戻って初手からやり直したいっ!」
「棋士かよ。」
いつもの私ならさっさと切り替えて次にいっているだろう。
でも山田先輩のことは無理だと分かっていても、なぜだかどうにも気になって仕方がないのだ。
今までとは違う感情に、自分でも戸惑っていた。
放課後。学校を出て駅までひとりトボトボと歩いていたら、曲がり角で誰かとぶつかりそうになった。
「あれ、お団子ちゃん?」
爽やかな笑顔で私を見つめる山田兄がいた。相変わらずのキラっキラだ。
いつもはカースト上位の仲間とか取り巻き達をゾロゾロと引き連れているのに、珍しくひとりだった。
「ちょうど良かった。これ頼んでいい?」
袋を渡され反射的に受け取ってしまったけれど重い。
中を覗いてみたらコンビニで買ったであろうドリンクやらゼリーやらが大量に入っていた。
「俺ん家ここから二駅だから。メールで住所送るよ。いやーこれも運命だね、助かったよ。」
「あのっ、話が全くみえないのですが?」
「サクが熱出して早退したんだ。病院には行ったらしいんだけど、飲み物とかは必要でしょ?」
──────────はい?
聞けば山田先輩が体調不良のために午前中に早退したのだが、両親は二人とも出張中で世話ができないらしい。
山田兄もインターハイの地区予選に向けての練習試合が今からあるので、いろいろ買ったもののどうすれば良いのか迷っていたようだ。
「サクも俺なんかよりお団子ちゃんが持って来てくれた方が嬉しいだろうし。いつもの勢いで押し倒してみたら?」
「いくら私でも病人にそんなことしません。」
山田先輩のことは心配だし頼まれなくても届けてあげたいんだけれど、私が家を訪ねてもいいものなのだろうか……ゲッて顔されたらさすがに泣いちゃう。
「サクの赤ちゃんの頃の画像があるんだけどな〜。」
「行きます!この私に任せて下さいっ!」
エサに釣られて引き受けてしまった。
悩んでいても仕方がない。救援物資を届けるだけだ。玄関でサッと渡してパッと帰ろう。
山田家は白壁が素敵な大きな一軒家だった。
とりあえずチャイムを押してみたが応答がない。
こういう時って何回までなら呼び出しても失礼にならないのだろうか。寝ているのだとしたら起こしてしまいかねない。
もう一度押すか押さないかで迷っていたら、玄関の扉が静かに開いた。
「えっ、木村さん……?」
不意に現れたパジャマ姿の山田先輩にドキリとした。
普段はきっちりと制服を着ている人のラフな格好って尊い。ニヤけそうになる口元を必死に抑えた。
「山田兄に頼まれて体調に良さそうなものを持ってきました。どうぞ。」
「ソウが?あいつ、要らないって言ったのにっ……」
そう言った直後、苦しそうにゴホゴホと咳き込んだ。
背中をさすってあげたけれど体が熱い。38度は超えてそうだ。
「僕に近づかない方がいい。うつっちゃうから。」
「大丈夫です、私風邪引いたことないんで。薬はちゃんと飲みましたか?」
「飲んでない。食欲がなくて……」
こんなに熱があるのにまだ薬も飲んでないだなんて。
とにかくベッドで休ませなければと思い、ふらつく足を支えながら部屋のある二階へと上がった。
コンビニ袋から飲むゼリーを渡して食べさせたあと、病院からもらってきた薬を飲ませた。
おでこには冷却ジェルを貼り付けた。とりあえずはこれで様子見だ。
「ごめん、ありがとう。」
山田先輩はそう言うと静かに目を閉じた。よほどしんどかったのだろう……
にしても勢い余って部屋まで入り込んでしまった。
壁一面に本がぎっしりと詰まっている。山田先輩って本当に本が好きなんだ。
図書室で本を読んでいる山田先輩の横顔……すっごくカッコイイんだよな〜っ。
山田先輩の寝顔も目に焼き付けておこうとチラリと見たら、メガネをかけたままだった。
外した方がいいよなと思って近づいたら、突然ガバッと抱きしめられた。
ちょっ……山田先輩って、意外と大胆!
「ごめん、本当にごめん……」
「え?いえっ、全然大したことはしてませんのでお気になさらずにっ。」
山田先輩はうなされるように何度も謝ってきた。いくらなんでも謝りすぎではないだろうか。
いやそれよりも、生暖かい息が耳元にかかってきてなんだかすっごくヤラシイ。
これはヤバイ、私の理性が吹っ飛ぶ……!
山田先輩からなんとか逃れて部屋の隅へと避難すると、飾り棚にある写真立てが目に入った。
中学生の頃だろうか。くせっ毛頭の二人がユニホーム姿でチームメイトのみんなと並んで写っていた。
山田先輩も、サッカーしてたんだ……
写真の中の山田先輩もキラっキラの笑顔だった。
「ごめん。ごめんね……ソウ。」
なにがあったのかは想像がついた。
山田先輩はいつも少しだけ右足を庇うようにして歩いていたからだ。
うちの学校のサッカー部は、過去に何度も全国大会に出場したことがある強豪校だ。
本来ならばこんな写真のような未来を夢見ていたのだろう……
叶わないと絶望した時の気持ちを思うと、胸が締め付けられるほど苦しくなってきた。
苦しそうに喘ぐ山田先輩の頭を優しく撫でてあげた。
綿毛みたいにフワフワな髪の毛だ。
「大丈夫。大丈夫ですよ、山田先輩.....」
せめて今この瞬間だけでも、山田先輩の心が軽くなりますように────────




