兄と弟と
「山田兄遅いですね。コロッケ冷めちゃいますね。」
「学校には着いたみたいだし、気長に待つしかないよ。」
決勝戦で大活躍した山田兄は、試合終了後にヒーローインタビューが待っていた。
その後もファンに囲まれたりして、身内といえども球場では落ちついて話ができなかった。
家で帰りを待つのも味気ないよなあと思ったので、二人の思い出の場所で待ち合わせてはどうかと提案したのだ。
その場所とはもちろん、部活帰りにコロッケを買って食べたあの児童公園だ。
「ごめんね木村さん。こんなことにまで付き合わせて。」
「全然大丈夫です。私も山田兄におめでとうって言ってあげたいしっ。」
山田先輩は改めて二人っきりで会うのが照れくさいんだそうな。私としても山田先輩とまだ一緒にいられるのは非常に嬉しい。
問題は、せっかくの感動的シーンに私のような第三者がいても良いのかということだ。う〜む.....
「木村さんて、本当に良い子だね。」
────────良い子.....?
褒めてくれてはいるんだろうけれど、なんだかニュアンスが小さい子に言っているようだ。
私とのこと。ちょっとは期待してもいいのかなと思っていたのだけれど勘違いだったのかな。
でもまあ話してて楽しいとは言ってくれたんだから、可能性はゼロじゃない、よね.....?
「木村さん、どうかした?」
「いえ別にっ、なんでもないです!」
ようやくここまで仲良くなれたのだ。
今さらまた告白してフラれて、一からやり直すなんてことになったらと考えるだけで恐ろしいっ.....
恐ろしいのだけれど──────────
「あのっ、山田先輩.....!」
ベンチから立ち上がって山田先輩の真正面に移動した。
山田先輩の顔をまともに見れないし、手も足も震えてきた。
以前の時とは比べようもないくらいの逃げ出したくなるような緊張感だ。それでもっ.....
やっぱり私は、山田先輩ともっともっと仲良くなりたい。
誰にも取られたくないし、私だけを見て欲しい。
「私、山田先輩のことが好っ.....」
「待って木村さん。」
なんと肝心なところを言う前に止められてしまった。
今回は言わせてもくれなかった。
ウソでしょ.....これで何回目だ.....?
この恋が報われる日が果たしてやって来るのだろうか.......
「僕から言わしてくれないかな?」
─────────なにを.....?
今度は山田先輩が立ち上がると私をベンチへと座らせた。
さっきまで楽しそうに遊んでいた子供達の姿は消え、公園は赤く夕陽の色に染まっていた。
「木村さんのおかげで僕は今日、ソウの試合を見に行くことができた。本当にありがとう。」
こんなに律儀にお礼を言われるとなんだか胸がこしょばくなる。
でも私は感謝されるようなことは特になにもしていない。
むしろ散々好き勝手をして迷惑をかけていたことしか思い出せない.....
「私の方こそありがとうございます。あんなことをしといて嫌われなかっただけでも感謝してます。」
「嫌うだなんてそんなっ!いや、そう思われても仕方がない態度をしてたんだけど.....」
山田先輩はコホンと小さく咳払いをすると、片膝を立てて座り私の手をそっと握った。
まるで王子様のようなその仕草に、心臓がドクンと跳ねた。
「木村さんのその素直で明るくて何事にもめげないところはとても素敵だと思う。一緒にいると、僕まで元気をもらえるんだ。」
山田先輩が私のことをそんな風に思ってくれていたとは驚きだ。嬉しくてその場でピョンピョン飛び跳ねたくなってきた。
でもちょっと待って。これってひょっとして.....
「僕が言いたいことっていうのは.....」
真剣な眼差しで見つめてくる山田先輩の瞳に、私が写っているのが見えた。
なにを言いたいのか、ここまでくればもう一つしか浮かばない。
「僕は、君のことが───────」
山田先輩から伝わる熱で体があつい。
次に出てくる言葉に息が詰まりそうになっていると、公園の入口から声が聞こえた。
「あっ、やば。最悪のタイミング。」
や、山田兄.....!!
なんでこんなところにっ?!
そういや待ち合わせをしていたんだ。くるのは当然だ。
にしてもせめてあと10秒遅ければっ.....!
「てかまだその段階なのかよ?二人して仲良く試合見に来てるしサクのことだからもう付き合ってんのかと思ってたわ。」
この気まずい空気の中でなにをサラりとぶっぱなしてるんだ。
山田先輩はキャパオーバーしたのか、王子様体勢のまま固まっていた。
そりゃ家族にこんなところを見られたら、誰だって死ぬほど恥ずかしいだろう.....
「じゃあちょっと商店街ぐるっとしてから出直してくるわ。サク、頑張れよ。」
「待って下さい山田兄っ!そんな変な気遣わなくてもいいですから!!」
立ち去ろうとする山田兄を必死に引き取め、固まる山田先輩を無理やり立たせて背中を押した。
感動の和解シーンのはずがウダウダな幕開けとなってしまった。
長い沈黙のあと、ようやく山田先輩が口を開いた。
「ソウ、おめでとう。やっぱおまえはすごいよ。」
山田先輩からの素直な賛辞に、山田兄は気恥しそうに髪をかきあげた。
「なに言ってんだよサク。コーチが綿密に調べてた対戦相手のデータ。あれってほぼおまえが作ってたんだって?」
データって、山田先輩がそんなことを.....?
山田兄も最近コーチから聞かされて知ったらしい。
僕にはなにもできないだなんて言っていたけれど、ちゃんと陰ながらもサポートをしていたのだ。
「コーチには黙ってもらってたんだ。サッカー部でもない僕が手伝ってるって知られたら、またソウが変に言われるんじゃないかと思って.....」
「言いたいヤツらには言わせときゃいいだろ?そばにいるのに全く気づかなかった俺も強く言えた義理じゃねえけどな。」
去年の冬、山田先輩は決勝戦に敗れて部屋で泣いている山田兄を見て以来、自分にもなにかできないかと考えた。
情報が大事だと考え、この地区のライバル校の試合映像を分析して相手チームのフォーメーションやひとりひとりの細かな特徴や戦術の傾向などまで徹底的に調べ上げ、コーチへと渡していたのだ。
そうとは知らずに山田兄は試合前にはそのデータを元に自チームの強みを活かした戦略を立てるのに役立てていたのだという.....
山田兄は気づけなかった自分の不甲斐なさを打ち消すように頭を掻きむしると、キッと山田先輩を睨んだ。
「俺がすごいんじゃない。俺達がすごいんだ。」
そう言うと山田先輩に向かって握りしめた拳を突き出した。
「全国大会に行くって約束は二人で叶えたんだ。だから、これからは一緒にやるぞ。」
山田先輩は目を潤ませながら同じように拳を突き出し、がっちりと力強く合わせた。
なんて尊い兄弟愛なんだろう.....
お互いを思う気持ちが強すぎてすれ違ってしまったけれど、きっともう大丈夫だ。
二人は元の仲の良い双子の兄弟に戻ったんだ.....
山田兄は山田先輩の肩をガシッと掴むと、ぐるりと私の方へと向けた。
「じゃあ邪魔者はこれで消えるから、あとは告白でもハグでもキスでもお好きにどうぞ。」
そう言ってベンチに置いた紙袋からコロッケをひょいと頬張ると、笑いながら去っていった。
山田兄が残したトンデモ発言のせいで、山田先輩との間には気まずい空気がのしかかった。
は、恥ずかしいっ。
こんなんで告白の続きなんて聞けるわけないじゃない!
クッソ、山田兄めっ.......!!




