その後も毎日は続いていく
俺が柊莉子を最初に意識したのは、夏休みも半ばのことだった。
サッカー部の合宿を終えて、久しぶりに学校に行ったら、一人の女の子が中庭で水をまいていた。
「……あれ、柊だっけ?」
正直、そのときは何も思ってなかった。
2年続けて同じクラスだし(莉子は今もそのことに気づいてないけど!)、この暑い中で一人で突っ立ってる女子がいたら、「何してんのかな?」って思う。
その子が、ふいに振り向いた。
でも、俺のことなんて全然気づいてなくて、隣の花壇に水をまき始めただけだ。
自分で言うのもなんだけど、俺ってけっこうモテる。
まあアイドル扱いされるだけで、別に告白とかはされないけど。
体育とか部活のときにキャーキャー言われるくらい。
だから、全然気づかれないのが珍しくて、思わず柊をじっと見た。
「……もしかして、柊ってけっこうかわいいな……?」
真夏のクソ暑い中、柊は花壇に笑ってた。
穏やかで優しくて、きっと「慈しむ」ってこういうのだろって思う眼差し。
その綺麗さに、俺は一瞬で恋に落ちた。
次の日も、その次の日も、柊は学校のあちこちで水をまいていた。
一人のときもあれば、他の誰かと一緒のときもある。
他の人と話してるのを近くで聞いて、柊が園芸部で、夏休みもほぼ毎日水やりに来てるって知った。
なんとか俺に気づいてほしくて、柊が水飲み場でホースをつないでるときにすぐ横で顔を洗ったり、行き帰りにわざとすれ違ったりしたけど、全然気づかれない。
……もしかして、同じクラスって知らないんじゃねえの?
どうしよう。
毎日見かけるたびにドキドキするし、声かけたいし、触れたくなる。
あの細い腕でホース抱えてると代わってやりたくなるし、水やりしてるなら一緒にやりたい。
でも、そもそも存在に気付かれてないんだよなあ。
同じクラスのはずなんだけど……。
始業式の前の夜、ベッドに寝っ転がってスマホを見つめる。
莉子の名前と苺大福のアイコン。
好きなんだろうな、苺大福。
それすらかわいいと思ってしまって、もう末期だ。
「颯ー、あたし帰るねー」
「へいへい」
一階の玄関から従姉の三枝メイサの声がする。
合宿で西先輩に振られてから少し凹んでたけど、いつの間にか復活したらしい。
西先輩が姉貴と付き合ってるの知ってただろ。
先輩の「一ノ瀬と付き合ってんだろ?」ってやつも意味わかんねえ。
付き合うわけねえだろ。
親戚だよ。
しかも姉貴とメイサと俺は顔がそっくりだ。
俺の母親とメイサの母親がコピーか?ってくらい似てて、そのせいで従姉弟なのに俺らの顔もそっくり。
つまり、メイサは姉貴にも顔が似てて、とてもじゃないけど、そういう対象には見えなかった。
姉貴もメイサも気が強くて図々しくて、俺からしたら小うるさい姉が二人いるような感じだ。
柊みたいに大人しくてかわいい子と付き合いたい。
間違えた。柊と付き合いたい。
でも、どうやって意識してもらえればいいだろう。
今のまま告ったら「誰?」とか言われそう。
同じクラスだっての!!
スマホを見てたら、『100日後に○○するワニ』ってマンガが出てきた。
……なるほど?
まずは俺のことを知ってもらいたい。
あの花ばっか見てる女の子の視界に、俺を入れてほしい。
よし、これだ。
こうして、俺は柊に声をかける決意を固めた。
次の日、柊に
「柊莉子、100日後に告白するから、よろしく」
と声をかけたら、
「……は?」
って、めっちゃ嫌そうな顔された。
そこで心が折れかけたけど、柊の瞳にはちゃんと俺が映ってた。
だから、もう一押し。
「100日かけて、柊には俺のこと好きになってもらうから」
「俺のこと、好きになれよ」
それだけじゃ我慢できなくて、柊の手を取った。
小さくて細くて、草花いじってるからか夏なのに少しカサついたあったかい手。
そこに唇を押し付ける。
好きだよ、柊のこと。
俺をちゃんと見ろよ。
そう願って、彼女を見上げる。
真っ赤な顔の柊がそこにいる。
俺は、絶対にこの子を手に入れる。
改めて、誓う。
それからは毎日が楽しくてしょうがなかった。
最初はカウントダウンすると嫌そうな顔してたけど、文化祭の準備は一緒にやってくれたし、試合も応援してくれた。
なんだかんだ押しに弱いとこあるから、早く自分のものにしたい。
……さすがにメイサのことを言われたときは苛ついた。
俺の矢印は柊にしか向いてないって、ちゃんとわかってほしい。
文化祭とか社会科見学とか経て、柊はけっこう俺のこと好きになってきたと思う。
一緒に映画行ったり、図書館行ったりもした。
生物が苦手すぎて、ちょっとダサいとこ見せたけど、柊はわかるまで教えてくれた。
音楽祭でシンデレラやれって言われたときは、頭ん中でクラッカー鳴ってた。
柊も引き受けてくれたし、これはもう!って思ったんだ。
……なのに、そのあとから避けられるようになった。
なんで?
俺、何かした?
俺のこと、嫌になった?
泣きたかったけど、柊はサバサバしてるから、泣いたら絶対うざがられる。
そこでよしよししてもらえるほど好かれてないのは、俺だってわかってる。
結局、原因は俺の説明不足と甘えだった。
そりゃ、嫌だよな。
自分のこと口説きながら、女マネにべったりの男なんて。
俺だって嫌だよ。
莉子には言ってないけど、たまに園芸部の男から嫌味を言われることがある。
「おとなしい女子無理矢理付き合わせて俺様気取り?」
「柊かわいそ、無理矢理付き合わされてさ」
「手え広げるならサッカー部内だけにしとけよ」
上の二つはまだいい。
いや、よくないけど、ただのやっかみだし、莉子に無理矢理迫ってる自覚はある。
でも、最後のは聞き捨てならない。
俺は、莉子一筋だ。
なんでそんなこと言われなきゃいけねえんだよ。
それが、莉子に言われてやっと分かった。
誰も俺とメイサが従姉弟だって知らなかった。
サッカー部はもちろん、後日職員室で聞いたら、顧問も他の先生も誰も知らなかった。
……マジかよ。
なんでだよ。
慌ててあちこちで従姉弟だと、付き合うなんて絶対にないと言って回った。
家でボヤいたら、母親と姉貴まで俺とメイサが付き合ってると思ってた。
「付き合ってないのに、その距離感はないでしょ」
「付き合ってるから、家の出入りしてたんじゃないの?」
「ウソだろ」
勘弁してくれ。
メイサには事情を説明して、距離を置くように頼んだ。
「えー、別に良くない? 柊ちゃんはわかってくれたんでしょ?」
「良くない。莉子に余計なこと言われて、嫌な思いしてほしくねえんだよ」
「……だからってさ」
「とにかく、従姉弟でも近すぎってわかったから、距離置く。メイサだって、俺にくっついてたら彼氏できねえだろ」
「そんなの……いらないよ……」
「西先輩に振られて、散々愚痴ってたじゃねえか」
ムスッと黙り込むメイサを置いて、柊を探しに行く。
莉子には謝り倒して、ようやく名前で呼んでもらえることになった。
「颯くん」
そう言ってはにかむ莉子がかわいくて、危うくキスしそうだった。
……しても、きっと許されたかもしれない。
そのあと、莉子が俺をメイサから奪ったと噂している連中がいた。
一年生から聞いたと言う。
心当たりは、ある。
だから、その日の部活で一年の女マネを捕まえた。
案の定で、一年の三人は気まずそうに目を逸らす。
「だって、ズルいじゃないですか」
「私たちも、メイサ先輩も、ずっと一ノ瀬先輩のこと、見てたのに」
「見てただけか? 俺は好きな子に好きになってもらえるように、ちゃんと動いてるんだけど」
「……それは」
「つーか、メイサは従姉弟だっつってんだろ。あいつと付き合うとかねえんだよ。姉貴のコピーみたいな女と、付き合いたいやつなんかいねえだろ」
三人は黙り込む。
「とにかくこれ以上、莉子に嫌がらせすんなら俺も考えがあるから」
嘘だ。
特に何にも考えてない。
ムカついて適当に言っただけなんだけど、三人が涙目で頷いたから、まあ効果はあったんだろう。
で、莉子の誕生日の日。
俺は気がはやりすぎて、朝七時には校門の前に立っていた。
でも莉子は十分後くらいに来たから、早めに来て正解だった。
……莉子は、俺が前にあげたゴムをつけてた。
ハロウィンのときに、いたずらで髪を結ばれて、そのままゴムを持って帰っちゃったから、代わりに贈ったゴム。
その気遣いが嬉しくて、やっぱり俺は柊莉子が好きでたまらない。
死ぬほど緊張したけど、無事に付き合うことができた。
初めてのキスは柔らかくて、温かくて、幸せすぎて、心臓が止まるかと思うくらいにバクバクした。
そのあとの莉子の照れた顔がかわいくて、泣きたいくらいだった。
我慢できなくて、別れ際にもう一度キスしてから、部活に向かった。
部室で着替えてたら双葉が
「顔がキモい。……ヨカッタネ」
なんて言うから
「お前も頑張れよ」
と返したら蹴飛ばされた。
昼休みに莉子に誕生日プレゼントを渡した。
花の飾りがついた写真立てだ。
中には音楽祭のときに二人で撮った写真を入れてある。
「ベタだけどさ、二人でいろんなことして、思い出作って、写真撮ってさ。これから、よろしくお願いしますってことで」
「ありがとう。すごく、嬉しい」
莉子が涙ぐんで、双葉と榎本さんがちょっと茶化して、我ながらいいものを贈れたと思う。
でも、そうやって浮かれてばかりもいられない。
期末試験前だから。
莉子は俺よりずっと成績がいい。
足を引っ張りたくない。同じように隣に並びたい。
だから、今回の試験はいつもよりずっと頑張ってる。
莉子が苦手な英語や日本史を教えることもあるけれど、それ以上に、生物や数学、現国を教わることのほうが多い。
悪いなと思ったけれど、莉子の
「教えると私の復習にもなるから」
という言葉に甘えさせてもらってる。
「莉子、俺頑張るから」
「うん。一緒に頑張ろう」
これからも、こうして手をつないで並んでいられるように。
大好きな女の子が、ずっと隣で笑っていてくれるように。俺はその手を強く握った。
これにて完結です。
ここまで101日、お付き合いいただきありがとうございました!
続編のメイサ編も同時に公開開始していますので、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです♡
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ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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