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Space Mantis Line~宇宙蟷螂戦線~  作者: 鳳飛鳥
#.1北海道奪還戦線
7/20

第7話:ロードバイク乗りの距離感

JR北海道函館本線発寒駅から然程も離れていない場所で営業して居るその店は、食材価格高騰の中でも¥2000―程と割とリーズナブルな価格で餃子の食べ放題を実施していた。


 シンは其処で120個、実に20人前の餃子を平らげ満足そうに腹をさする。


 20人前をぺろりと食うと言うと、かなりの大食漢の様にも思えるが、実の所この店で食べ放題の記録としては札幌を拠点とする某女性フードファイターが204個を、更にソレを超えようとした大食い系ユーチューバーが250個と上には上が居る物だ。


 それでもまぁ180cmを超える体躯と、現役アスリートだと言っても誰も疑わないだろう鍛えられた身体から考えれば、決して異様に食べると言う程では無い……と、シン自身は考えている。


 札幌にはこの店の様に比較的リーズナブルなお値段で、食べ放題のサービスを行っている店は結構な数が有った。


 何年か前に流行った新型コロナウイルスの騒動前には¥980―で海鮮丼盛り放題食べ放題なんて店も有ったりしたが、流行病の蔓延に依る外食控えと原料価格高騰のダブルパンチで多くの店がその手のサービスを止めてしまったのだ。


 そんな中で多少の値上げこそした物の、サービス提供を維持して居るこの店は、遠回りしてでも来る価値の有る量と値段と味だと言えるだろう。


「さて……図書館寄って本借りてから帰るかぁ」


 とは言え走行距離にして約10km往復で20kmを少しの遠回りと言い切るのは、自動車ならば兎も角自転車で……と考えると割りかし頭が奇怪しい様にも思えるが、ロードバイク乗りの距離感なんてのはそんな物である。


 彼が此れから向かおうとして居るのは札幌中央図書館で、この店からはやはり大体10km程の距離なのだが、餃子で腹が膨れた状態の彼にとってはその程度は腹ごなしの範疇だ。


 一度、札幌市街地方面へと再び自転車を走らせ、路面電車が走る道を南へと走って行けばその先に目的の図書館は有る……のだが、


「ん? なんだ!?」


 図書館を殆ど目の前にしたその時だった、サイクルジャージの背中に有るポケットに入れた携帯電話(スマホ)が緊急地震速報を受信した時の様なけたたましい音を響かせたのだ。


 此れが地震を検知し一斉送信された物で有れば周りの人達の携帯電話にも同様の反応が有る筈だが、道を行く人々は彼に対して驚きの視線を向ける者は居れども、自分の携帯電話を取り出して確認する様な様子は無い。


 ……となると考えられる可能性は一つで有り、彼はソレが外れて居て欲しい、携帯電話の不具合で有って欲しいと、信じても居ない神様仏様に祈りを捧げつつ、路肩に自転車を止めて携帯電話を取り出して確認する。


 そこにはやはり恐れていた事が表示されて居た……【宇宙カマキリ警報】だ。


 これは宇宙カマキリ対策事業者が持つ携帯電話の位置情報と、目撃情報を照らし合わせ急行が可能と判断された者の電話に対して一斉送信される物で、逆に言えば予備肉体(サブボディ)に依る部隊を展開出来ない程の緊急事態と言う事である。


 つまりそれは……生身で宇宙カマキリと相対さねば成らないと言う、或る意味では死刑宣告にも近い極めて危険な仕事の斡旋なのだ。


「場所は……げ! マジで直ぐ近くじゃん! つかこの位置なら自衛隊が出ばれよ! 思いっきり自衛隊前駅の側じゃねぇか!?」


 札幌地下鉄東西線には自衛隊前駅と言う名の駅が有る、その名の通り自衛隊の真駒内駐屯地が目の前に有る駅で、其処の近くだと言うのであれば民間人である彼が行くよりも良い筈なのだが、自衛隊は自衛隊でやらねば成らない任務があるのだろう。


 ナビアプリを確認してからため息を一つ吐いた彼は、自身の両手で頬を挟み込む様に二度叩き、気合と覚悟を決めてから背中に背負ったリュックからブラスターとソレを収めたホルスターを取り出すとサイクルジャージの上から腰にソレを巻く。


 宇宙カマキリ対策事業者はこうした緊急事態に備えて普段から、ブラスターを携帯する事が推奨されており、シンはソレを律儀に守って居たのが仇と成った訳だ。


 仕方がないと割り切った彼は国道230号線を南へと向かって全力でペダルを踏む。


 プロの競輪選手であれば時速60kmを超える速度を出すことも不可能では無いが、幾ら無駄に高い自転車に乗っている元インターハイ選手とは言え其処までのスピードは出ないし、出せても全力を出しすぎて現場に付いた時点でへばっては意味が無い。


 無理の無い全力で平地を走るのであれば大体時速30km前後をキープすると言った所だろう。


 それでも現場が近づくにつれて何故自衛隊員の宇宙カマキリ対策事業に従事して居る者だけではなく、彼にまで緊急出動の要請が飛んできたのかが理解出来て来た。


 路上に明らかに宇宙カマキリの鎌で切り裂かれたと思わしき自動車の残骸が幾つも転がって居たのだ。


 恐らく自衛隊員は自動車に乗っていた民間人の救助や救護を優先し、宇宙カマキリの討伐では無く撃退か遅滞戦闘の方向に舵を切ったのだろう。


 それにしても……宇宙カマキリは、一帯どんなルートを通ってこんな札幌市内のど真ん中と言っても良いだろう場所まで、誰にも見つかる事無く入り込んだのだろうか?


 奴等は基本的に大きく移動する事を好まず、一定のテリトリーの中で比較的動物が通る事の多い、所謂【獣道】で静かに待ち構え獲物を取ると言う生態をして居る。


 これは積極的に動く事で接種するカロリーを無駄に消費するのを避ける為だと考えられているらしいが、もしもソレが的外れな推測では無いとすれば札幌の中心地から然程も離れていない場所にも営巣地が有ると言う事になるだろう。


 宇宙カマキリの厄介な所の一つに、成長するに合わせて甲殻の色合いが周囲の環境に溶け込む様に変色する為に、人工衛星やドローン等での偵察では視認がし辛いと言う点が上げられる。


 その上、営巣地は基本的に木陰や物陰等の上空から発見し辛い場所に作られる為、やはり上空からの偵察ではソレを確認することが難しいのだ。


 更に厄介なのは分厚い甲殻の表面温度は周囲の気温に近い温度に保たれている為に、サーモグラフィー等の特殊な装備を使っても、確認する事が難しいと言う事だろう。


 それでも自衛隊や警察のヘリや民間のドローン操縦者なんかが日々、上空から広い北海道の山の中を空から偵察した結果、宇宙カマキリが生息して居る可能性が極めて高いと判断された地点へと予備肉体(サブボディ)部隊が投入される訳だ。


 今まで札幌市内で宇宙カマキリの目撃情報と言うのは一件も無かったのだが、市街地へと居りて来た熊の目撃件数も右肩下がりに低下して居る事を考えると、恐らくは札幌近郊の山にも小規模ながら奴等の営巣地が有るという事なのだろう。


 そして今回出没した奴はそうした見つかって居ない営巣地から紛れでた者なのかも知れない。


 と、そんな事を考えながらも周囲に転がる自動車の残骸を避けながら自転車を走らせる事暫し、実弾を発砲して居るとしか思えない音がだんだんと大きく成って来た。


 ……これは何等かの理由でブラスターを使えない状況に有るのか、それとも単純に法的な問題で使えないのか、何方にせよ面倒臭い事に成りそうだ。


 徐々に残骸が増え、道にどんな破片が転がっているかも分からない状況に成ってきた為に、シンはやむを得ず近くのガードレールに自転車を立て掛け素早くチェーンを其処に繋ぐ。


 緊急事態だとは分かっては居るが、流石に100万円を超える自転車をポンっと放置する事は出来ない……と思ってしまったのだ。


 職業軍人としての訓練を受けて居たならば、そんな1分も掛からない作業の間でも、人が死んで居る可能性に思い至る事が出来たかも知れないが、残念ながら彼はゲームの中では百戦錬磨の軍人かも知れないが所詮はゲーマーでしか無いのである。


 そうして彼が辿り着いた現場は……想像して居た以上に凄惨な血に塗れた地獄だった。

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