第50話:現場の機密と新たな決意
「折角の休みを下らない冗談で邪魔しちまった詫びじゃぁ無いが、こっちで手に入れてる最新情報を少しだけくれてやるよ」
山川と名乗った自衛官は、自身も湯船に肩まで身体を沈めながら、手で掬った湯を顔に掛けながらそんな言葉を口にする。
「どうやら先日の総理が言い出した言葉の通り、昨夜の作戦時点で今の所確認出来ている連中の営巣地は一通り潰したらしい。んで今日から3日マーセの活動を止めている間に、自衛隊や警察に民間業者を総動員して漏れが無いかを確認させているんだそうだ」
程よく熱い湯に思わず漏れ出るため息を隠す事無く吐き出しながらそう言う彼の言に拠ると、日本政府は北海道と九州そして四国を一気に制圧する為に、数日の間本州で運用されて居た戦力を各地に向けたのだと言う。
「どう言う理屈かは知らんが頭の上に飛んでるアイツらは日本を贔屓にして居るらしいからな、お陰で俺達は潤沢な資材を使ってカマキリ共を潰せてるが、諸外国は中々ウチみたいに上手くは行ってないらしい」
インターネットなんかでも一部の国や地域では銀河連邦の技術を自国のモノにしようと、機材をバラしたは良いが基礎技術の次元が違い過ぎて何の成果も得られなかった……なんて話は噂程度には流れている。
そうした中で山川は知らない様では有るが、日本は各種コンテンツから出る利益が莫大な量積み重なっている事も有り、セブンスムーンから様々機材だけで無く食材を含めた物資が潤沢に輸入出来ているのだ。
マーセが得る宇宙カマキリの討伐に関する報酬額なんかも、実はかなり日本は優遇されており、シンがマーセになった当初に買ったペーパーと呼ばれる電子書籍端末も、普通ならば半月は稼ぎを貯めないと買えないモノである。
「ンで、政府としてはさっさと日本の安全を確保した上で、近隣諸国に対してマーセの戦力を融通する事で、今後のイニシアチブを取りたいんだろうよ。けれども俺達自衛隊や警察系の戦力は残念ながらヨソにゃ出せねぇんだよねぇ」
至極残念と言いたげな表情を浮かべてそう言う山川に依れば、自衛隊や警察と言った公務員系のマーセは飽く迄も余暇にソレを行う事が許されていると言うだけで、自分達の勤務地を離れてまでその活動を行う事は出来ないと言う。
先日聞いた話だと、サブボディを動かす為のオカルティックな通信技術では、青森の恐山が邪魔になって北から南への接続が出来ない為に、南からこちらへの援軍は可能だが北海道のマーセが本州で活躍するには向こうへと渡らなければ成らないらしい。
と成れば当然、日々の任務がある北海道の公務員達が任地を離れて援軍に向かう……と言うのは難しいと言う事に成る訳だ。
宇宙カマキリを災害の類と見做して災害派遣の体裁を取って、任務として彼等を本州に送ると言う手も無い訳では無いが、その後の海外へマーセを応援として出す事を考えるとやはり自衛官や警察官は動かさない方が良いと言う判断になったらしい。
「日本は何時まで経っても敗戦国で有り、侵略戦争を仕掛けた邪悪な国じゃなきゃ困る連中が国内にもわんさか居るのさ。俺は所謂【官品】だったんでね、ガキの頃からさんざん色々言われたもんさ」
官品と言うのは自衛隊内で使われる隠語の一つで、両親のどちらか或いは両方が自衛官で、その子どもも自衛官になった者を指す言葉だと言う。
【左翼に非ずは歴史家に非ず】がまかり通る大学時代を過ごしたシンは、彼の言う事が何となく理解出来た。
最近はコンプライアンスの遵守などが世間一般にも浸透して来た為に大分減って来ては居る様だが、教職員の中には一定数【そっち系の思想】にどっぷりの者が居るのだ。
シンは学生時代にそうした教師に当たる事はなかったが、高校で他校に進学した友人から親が自衛隊員の子どもに対して【人殺しの子】等と心無い言葉をぶつける教師……いや狂師の話は聞いた事がある。
そうした者達の多くは【自身の生徒を人殺しの道に進ませたくない】と言う様な事を言ったりするが、結局の所は【自虐史観】等と呼ばれるモノを生徒に対して押し付けたいとしか思えなかった。
まぁ教職員の組合自体がそっち系の活動して居ると言う話は割と有名だし、教員のどれ程の割合かは分からないが、自衛隊に対して思う所のある者は少なからず居るのだろう。
「この間の一件で同僚が退官を余儀なくされた。傷病手当が出るから暫く生活に困る事ぁ無いだろうが、ソレにしたって一生モンの不具を抱えちまった事にゃ変わり無い。上の連中が持ってる技術なら助ける事も出来るんだろうが……流石に掛かる費用がねぇ」
先日の真駒内駐屯地前での戦闘で民間人の死傷者はゼロ、自衛隊員や警察官にも負傷者多数出たが死者は居ないと言う報道だった筈だ。
しかし死に至る程では無いにせよ、四肢を欠損するなどして自衛官を続ける事の出来ない様な大怪我を負った者は相応に居ると言う。
確かに銀河連邦の……セブンスムーンの医療技術ならばそうした欠損を治す事は不可能では無いと言う様な事は、先日見た観光パンフレットにも書かれて居たが、必要となる費用も莫大だと言う事も同時に明記されて居た。
現状では銀河連邦の通貨を地球の通貨に換金する事は可能では有るが逆は出来ない以上、マーセとして稼ぐしかソレを得る手立ては無い。
「……当人は退官せざるを得ないんだろう? ならソレこそ本州の奪還や諸外国への遠征でポイントを稼いで、自力で治療を目指すって方法も有るんじゃないか? あのタンクベッドは末期患者でも無けりゃ大概の怪我や病気でも身体に負担は無いって話だし」
サブボディに乗り移る為に使われるタンクベッドは地球上のありとあらゆる寝具よりも高性能で有り、集中治療室に有るだろう殆ど全ての機器の上位互換と言っても良い性能が有る……と聞かされている。
その為、時間を掛けさえすれば自力で治療費を稼ぐ事も不可能では無い……そう考えたシンの言葉だったが
「いや、ソレは流石に厳しいな。アイツらがマトモにベッドの上から動ける様に成るには未だ暫く掛かる。だが……早急に方を付けたいって言う国内は兎も角、北の方なら海外にもイケるのか?」
北海道から本州へのアクセスが難しい為、シンは本州での戦いの際には津軽海峡を渡るつもりで居た、けれども怪我を負った自衛隊員は直ぐに向こうへと渡る事が出来る様な状態では無いと言う。
だが本州が平定され、日本のマーセ達が国外へと応援に出ると言う段階に入れば話は変わってくる。
北から南へのアクセスは厳しいが、北海道から西や北へのアクセスには恐山の影響は無いのだ。
「……俺達北海道の自衛官は内地での戦いに手助けは出来ない、けれどもアイツらが再び自分の脚で立って歩ける様に治療を受ける芽は有るって事か。頼むぜランカーマーセ! 日本を無事に開放してアイツらを再び戦える様にしてやってくれ!」
熱い期待の籠もった目で見られながらそう言われた時、シンは自分の中にらしくないと思える程の熱が灯された気がした。
彼は今まで常に自分自身の為だけに生きて来た気がする、プロゲーマーになったのも活動家臭いゼミの雰囲気や同窓生たちから逃げたかったと言うのが大きな割合を占めていた様に思う。
自転車競技でのインターハイやプロゲーマーとして出た大会でも、自分に負けた相手の気持ちを背負って……と言う様なスポ根モノに有りがちな感情を抱いた事も無い。
けれども山川がシンに向けて居るのは間違い無く信頼で有り期待の気持ちだ。
ソレを裏切るのは違う出来る事はやってやろう……自分の為だけでは無く、そんな思いを胸に抱いたシンは一泊二日の温泉旅行を終えた後、正式に北海道が奪還されたとの報を受け、次の戦場……大洗へと向かう準備を始めるのだった。




