第41話:訓練の盲点と武器の発展
宇宙カマキリの鉄をも簡単に切り裂くカマは、奴等の身体を覆う超硬キチン質で出来た単分子ブレードの様なモノである。
生体武器とでも言うべきソレでは有るが、一切手入れをする事無く延々と使い続ける事が出来る……と言う訳では無い。
どんな名刀や名剣と呼ばれる武器でも手入れを怠れば、本来持つであろう性能を維持する事は出来ず、周囲の環境に依っては1時間と持たずにサビが発生することも有り、そうなってしまえばどんな名工の会心の1作とてなまくらの類と変わらない状態と成るだろう。
ソレは宇宙カマキリのカマも同様で、奴等の場合には自身のカマとカマを擦り合わせる事で、刃自体が砥石の役割を果たし鋭さを維持する事が出来る様に《《創られて》》居るのだ。
ソレ故に通常の個体と体格差や体型差が出る程に成長し、身体の表面に苔生す様な状態になったあのメスカマキリも、両腕の刃だけは綺麗な状態を維持して居たのである。
「成る程な……コイツを使い始めた時の教練時から、ずっと胸か眉間を良く狙って引き金を引け、って言われて来たが今回はそいつが仇になったって事か」
マーセに成る事を希望する者は皆サブボディを使っての教練……ゲームで言う所のチュートリアルミッションの様な物を受けさせられるのだが、その中で確かに宇宙カマキリを仕留める為には頭と両腕の付け根、つまりは胸を撃つ様に指導されるのだ。
コレは宇宙カマキリが頭を破壊されただけでは即死する事無く、残った身体が大暴れすると言う事も有る上に、逆に胸を撃ち抜かれた奴は頭だけでも食いついてくる……と言うとんでも無い生命力を持っているからである。
だが多くの生物を噛み砕く牙を備えた頭と、両のカマを支える土台である胸を破壊されたならば、残った部分は流石に動かす様な事も出来ず完全に無力化した……と断言して差し支えない状態になるのだ。
「今回の場合は兎に角まずは両方のカマをブラスターで破壊し、その後残った部位に関しては原始的だが数の暴力で力尽くでへし折る方向で行くしか無いんじゃないか? 幸い奴等にも関節技の類は効果が有るって言う実績も有る訳だしな」
宇宙カマキリの最大の武器は当然ながら両腕の二本のカマで有り、ソレを破壊してしまえば一撃で致命傷に成る様な攻撃が有るとすれば、後は牙に依る噛み付きだけとなる。
けれども胴体を破壊され頭だけになった状態ならば兎も角、そうではない状態で宇宙カマキリが捕食以外の目的で噛み付きを仕掛けて来たと言う記録は今の所一件も報告されて居ない。
つまり宇宙カマキリにとっても牙は飽く迄も食餌の為のモノで有って武器では無いと言う事なのだろう。
或いは奴等を生み出した古代銀河帝国の研究者達が、遺伝子改造の歳にそうした事を想定した、《《本能》》を書き込まなかったとかそう言う事なのではなかろうか?
「何にせよ、自分達は兎に角まずはカマを破壊して、それから力尽くで全部へし折ってアレを仕留めるって事でよろしいのでありますか?」
シンの提案を聞いてあまなつが軍曹に向かって最終確認と言いたげな言葉を口にする。
「カマをぶっ壊した時にその熱で身体の苔が燃えちまえば、素直にブラスターで仕留めるが、そっちの方がダメなりゃそーするしかねぇだろ。こちらマイク分隊、例のデカブツに攻撃を仕掛ける、最低でもカマはダメにしてやるから手の空いてる連中は後詰めを頼む」
前半は分隊員に聞かせる為、そして後半は通信機の向こうで再出撃の準備をして居る者か、若しくは未だこの場に来ていない者達に向けて軍曹はそう言うと自身のブラスターを両手でしっかり持って構え、
「総員、突撃準備! 目標、干物カマキリのカマ! ……スリー、ツー、ワン、GO! GO! GO!」
そう鬨の声を上げると誰よりも速く駆け出した。
指揮官が最前線に突っ込んでいくのはどうなのだろう? とシンはその時思ったが、全員が軍人ならば兎も角、民間人のマーセも混ざったこの分隊の場合は隊長が先陣を切らないと士気が維持出来ないのだろうと一人納得して後へと続く。
宇宙カマキリは極めて高い動体視力を持ち、その視界に入った動くモノを片っ端からその刃で切り裂き、食えそうならば片っ端から食うと言う性質を持つ。
故に奴等を相手取る際には逆にゆっくりと動く事で、奴等から獲物と認識されない様にするのがセオリーだ。
若しくは視界に入らない様に、迂回し後方から距離を取って一方的に撃つのが良いとされている。
後頭部を撃ち抜いても頭は潰せるし、背中から撃っても両腕を使えなくする事は可能だからだ。
けれども今回は違う、狙うべき場所は両腕の先端に着いているカマの部分だけであり、ソレは振り被る瞬間を除いて身体の前面側に突き出される姿勢で居る為、狙う事が出来るのは前から横からだけと言う事に成る。
そんな事は打ち合わせをするまでも無く分かっていると言う感じに、走り出した分隊員達は即座にそれぞれの判断で3つに分かれてブラスターの射程圏内へと進んでいく。
つまりは真正面から突っ込む一番危険な囮役と、左右から挟み込んで確実に仕留める攻撃役だ。
分隊長である軍曹を含めた軍人連中は言われずとも当然の様に真正面を担当し、そのまま後ろに着いてきそうな民間人出身のマーセ達に走りながら腕を振って身振りで横合いを突く様に指示を出している。
この辺の対応は昇進こそして居ない物の流石は歴戦の兵と言う事だろう。
そしてソレに即座に対応してのける者達も、出自は確かに軍務では無いかもしれないが、戦闘職かソレに近い立場の者達が多く、そうではない者達もマーセとして相応に場数を踏んだ者達だと言える。
「ターゲット補足! 向こうもこっちを獲物と見定めたな!? よし、オールウェポンフリー! ファイヤー!」
宇宙カマキリは確かに動体視力は優れては居るが、一般的に言う視力……つまりは遠くのモノを見る力は然程高くは無い、その為真正面から近づいたりその存在に気付かず間合いに踏み込む様な事さえしなければ、ブラスターで一方的に排除出来る。
ただ問題としてブラスターと言う武器は地球上に存在する一般的な銃器に比べると有効射程がかなり短いと言うと点が挙げられるだろう。
何せ銃に近い形で取り回しもソレに近い扱いが出来る様に作られているとは言え、モノは薬剤を噴霧するスプレーと然程変わらないのだ。
当然、距離が離れれば離れる程の薬剤は拡散し、強い効果を発揮できる濃度では無くなってしまう。
そうは言っても普通のスプレー缶に比べりゃ圧倒的に遠い間合いでも使えるし、比べるのがライフルでは無く拳銃との比較であればどっこいどっこいと言って良いのだから未だましな範疇である。
ちなみに薬剤をカプセルに詰めて発射すると言う方法で射程を伸ばせないかと言う試みは、銀河連邦共和国内でも過去に何度か試されているのだが、カプセルを強固にすれば至近距離でしか破裂せず逆に軟弱にすると発射の衝撃で割れてしまう等、良い結果は出ていない。
そして何よりも大きいのは宇宙カマキリを撃破するのに必要な量のブラスター粒子を一つのカプセルに詰め込むとなると、どうしても無駄に大きくなってしまい取り回しが悪くなる……と言う点だ。
新素材の類が開発される度に一度は議題に上がる話では有るが、結局は今の粒子銃の形が一番効率が良いと言う所に落ち着いてしまう辺り、毎度挫折する現代の科学者達の苦悩がうかがえる。
と、そんな事を考えている間にも、配置に付いた彼等は足を止めて干物メスカマキリの両腕の先へと狙いを定め、一斉に引き金を引いたのだった。




