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第4話:そして終わりの宴

「「「「かんぱーい!!」」」」


 無事に営巣地を制圧し卵鞘を残らず薬剤で処分すると、1仕事終えた後に打ち上げをするのは洋の東西問わずの事だろう。


「いやー、この仕事の何が良いって、身体の事を考えずに好きな物を食って、好きなだけ酒を呑める事だよなー! 若い頃なら兎も角、今自分の身体でそんな事したら朝日を拝めなくなっちまうわ」


 やはり他の者達と変わらぬ姿の青年が、琥珀色のビールと思しき物が入ったジョッキを掲げて大喜びでそんな言葉を口にする。


「儂もこんな脂っこいツマミを食ったなら確実に胸焼けするわ。若い頃は自分で撃った鹿やら熊やらをガツガツ行ったモンだが……歳は取りたくねぇなぁ」


 しみじみとした表情でそんな言葉を口にしてから骨付きの鶏肉と思しき物に齧り付いた者も、姿形はその言に反して周りと全く同じ青年の姿だ。


 積み上げられた肴はどれもこれも手間の掛かった物に見えるし、並べられた酒の瓶もビールも有ればワインも有るしウイスキーやウォッカなんて物も有る。


 無論ソレ等は常温で提供されて居る訳では無く、呑み頃の温度になる様に保温機能付きのケースについ先程まで収められて居た物だ。


 中には一般流通では余程の金額を積まなければ手に入らない様な、希少価値プレミアの付いた酒なんかも有るが、ソレ等すらもが惜しげも無く彼等の胃袋へと消えて行く。


「かぁぁぁああ! この身体なら二日酔いを気にせず好きなだけ呑めるってのはマジで天国だと思わねぇか? なぁ……ってゲームチャンプ、お前さん酒は呑まねぇ性質(タチ)か? この身体なら呑めない奴でも呑める筈だが……まぁ嫌いならしゃぁねぇわな」


 ゴルフ分隊の分隊長だった彼はシンの事を気に入ったのか、彼の肩叩きながら手にしたジョッキの中身を煽って居る。


「いや、この酒が無料(タダ)なら俺も呑むんだけどね。此れ飲み食いした分がポイントから減算されるじゃ無いですか。俺はポイント使って他に欲しい物が有るんで、乾杯の一杯は付き合いますけどソレ以上は良いですわ」


 シンは酒が呑めない訳では無いが基本的に好んで呑む事は殆ど無い。


 プロゲーマーとして大会に参加した際の打ち上げや、チームのスポンサーとの付き合いなんかの場では呑む事は有るが、ソレだって大半は付き合いで呑んでいるだけで、彼自身が進んで呑むと言う事は今までも無かった。


 基本的に酔う事で様々な感覚が狂う事に忌避感を持っているのだ、ソレは今回の戦場で活躍したエコロケーションの能力を普段から無意識レベルである程度使っている事も大きな影響を与えている。


 要するに普段把握出来る筈の物が把握出来なくなると言う状況に、恐怖にも近い極端な感情を持っているのが、彼の飲酒を拒む最大の原因と言えるだろう。


「ポイントで交換出来る物で面白い物なんて何か有るか? 換金して現金にしたいってーなら分かるが……俺の記憶が確かならワールドガンセッションの世界大会ってかなり大きな賞金が出てた筈だし、お前さんは金にゃ困ってねぇよな?」


 若くして大金を得た者の多くはその金を安易な事に使い、身に付く事無く貧乏街道を転げ落ちる……なんてのは世の中ザラに有る話だ。


 実際、世界中で販売される宝くじの類で高額当選者と成った者の少なく無い割合が、短い億万長者生活を終えた後に極貧と言って良い生活を送る羽目に成ったと言う統計も有る。


 他にも高額な契約金を得てプロスポーツ選手に成ったが、アマチュアとして活躍して居た時期がピークでプロとしてやっていくには成長の芽が無く、数年後に戦力外通告を受けた時点で契約金を使い果たしていた……なんて例は枚挙に暇がない程だ。


 兎にも角にも大きな金額を一気に手に入れた者と言うのは、金銭感覚が狂いその後の人生にまで影響が出やすい物なのだが、分隊長は丸でシンがソレに当てはまらないと確信して居るかの様にそんな言葉を口にした。


「いや、まぁ確かに俺は金にゃ困ってませんよ。生活するだけなら一生分の貯蓄はありますし、そもそもそんなに金の掛かる趣味なんざ無いですから、大きな金が欲しいと思ってこの仕事してる訳じゃぁ無いですしね」


 けれどもシンは3度の世界大会制覇で得た数億を超える収入の殆どを、株や(ゴールド)等の貴金属なんかに投資はして居るが、普段の生活の中でソレ等を大きく取り崩されば成らない様な支出は無い。


 とは言え【金の掛かる趣味が無い】と言うのは世間一般の感覚からすれば嘘になる、彼が自宅に据え置いて居るゲーミングPCはプロ仕様の高性能な物で周辺機器その他を含めれば100万円を優に超える金額で買われた物だ。


 他にも彼の移動の足と成っている自転車だって、そこら辺のホームセンターで売ってるシティーサイクルを100台買ってもお釣りが来る様な高性能ロードバイクだったりと、同じ趣味を持つ者でも【高い】と言うだろう物を幾つか所有して居る。


 にも拘らず彼がゲーム大会で大きな賞金を得ても、身持ちを崩す事無くやって来れたのは、彼自身が世間一般から見て裕福と言える家庭で生まれ育ち、金銭の使い方に対して比較的幼い頃から躾けられて居た事が影響して居るだろう。


 分隊長は軍人としてそれ相応のキャリアを持つ人物で有るが故に、多くの若者達を部下として面倒見てきて居り、そうした経験からシンが【良い所のお坊ちゃん】だと見抜いて居た訳だ。


「ただ……まぁ、俺の欲しい物は此処でしか手に入らないんですよね。連中の歴史に関する資料や映像なんかはポイント交換でしか買えないレア物じゃ無いですか」


 シンが今言った連中と言うのは巨大カマキリ達の事では無い、ソレを生み出した者達とその末裔とも言える者達の事だ。


 そしてソレは地球人類が巨大カマキリに対抗する手段を与えた者とイコールで結ばれる。


「ふんっ、連中か……俺はアイツ等が気に食わん。確かに奴等は俺達地球人よりもずっと先の未来に生きてる連中だが、だからと言って俺達が奴等のモルモットになってる様な現状が嬉しい筈がねぇ」


 地球人から見て宇宙人に区分されるだろう者達に対して、明確な隔意を持っているらしい分隊長は、先ほどまでのご機嫌な様子から一転して不機嫌な口振りでそう吐き捨てた。


 巨大カマキリ……いや宇宙カマキリは地球外生物であり、ソレに対抗する為の技術を地球人類よりも先にソレ等と相対して来た者達が持っているのは何ら不思議な事では無い……けれどもソレは宇宙人達が主張する事が事実だった場合に限られる。


 分隊長が口にしたモルモットと言う表現は、所謂陰謀論の類としてインターネットを中心に展開されている論説の一つで、宇宙人達が自分達の開発した生物兵器を実験として地球に放り込んだ……と言う物だ。


 だがその論説で言うならば、彼等宇宙人は何故わざわざ文明の遅れた地球人に彼等の技術の一部を開示し、宇宙カマキリとの戦いを進めさせるのか? と言う部分が丸っと抜けている。


 もっともシンを含めた地球人が宇宙カマキリと戦う様子は、全て彼等が身に付けている通信端末を通して映像として記録されて居る為、ソレを編集し娯楽作品として宇宙に流通させる為……と言う説は、実の所割と正鵠を射て居たりする。


 地球に提供されて居る物資を供給する為の資金は、当然の事ながら何の見返りも無く生み出される物では無い。


 宇宙に大規模なネットワークを持つメディア系企業が、とある理由から地球に対して大規模な投資を行っているからこそ、地球人類は宇宙カマキリの脅威を跳ね除ける事が出来る様々な支援を受ける事が出来て居るのだ。


 けれどもそうした情報の多くが一般への情報開示はされておらず、各国政府高官やNASAの一部を除けば、ソレ等を知るにはシンが買おうとして居る宇宙人達の間で流通して居る電子書籍の類を買うしか手段は無い。


 シンの本質は知識欲の探求者で有り、戦場に立つのはソレを得るための手段でしか無いのだ。


 故に彼は最低限度の付き合いを済ませると早々に宴の席を立ち、幾つかの電子書籍を買い求めるのだった。

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