第39話:戦場のリアルとリアルの戦場
むせ返る程に漂う血の臭い……培養量産型サブボディは確かに死んでも変わりの効く便利な身体では有るし、生物が生存するのに必要な最低限の機能すらオミットされた簡易的な肉体である。
けれどもどこまで行っても生体である事に変わりは無く、身体には赤く熱い血潮が流れていた。
ソレが数えるのも面倒に成る程に切り裂かれ、打ち捨てられているこの状況では当然の様にソレは大地に、周囲に生えた木々に撒き散らされる事に成る。
銀河連邦の……宇宙人由来の技術で培養された身体とは言え、構成物質的には地球人のソレとさほど変わる様な物では無く、むしろ細菌やウイルスの類に感染して居る可能性が無いと断言出来る以上は、生身の人間の血よりもよほど清潔と言えるだろう。
ただし地面に撒き散らされているのは血液だけでは無く、無数の肉片……と言うか肉塊も一緒だ。
これらをそのまま放置する様な事をすれば、多くの戦場で数多の兵士達の命を奪った様に、流行り病が発生する可能性は限りなく高い。
なんせ宇宙カマキリは確かの多くの動物を食い殺す事はするが、目に見えない細菌やウイルスにバクテリアなんて物までは食べたりしないのだ。
いや卵から孵ったばかりの幼虫の頃ならばそうした物も接種し栄養とする事も有るかもしれないが、動物の類とは違いそれらは極めて短時間で繁殖する為に、幾ら宇宙カマキリの食欲を持ってしても駆逐する事は出来ないのである。
無論、ここでシン達が宇宙カマキリの殲滅に成功しなかった場合には、周囲に散らばっている肉塊の殆どは奴等の腹に収まる事に成るのだろうが、ここで仕留める以上は後始末の事は考える必要があるだろう。
……とは言ってもソレを行うのはシン達戦闘班の仕事では無く、別途編成されている後方支援部隊の仕事だが。
「Holy Shit! どうやら先行してた連中は尽く殺られちまったみたいだな!」
現場の状況からそう判断した軍曹が思わずお国言葉を交えて吐き捨てる。
「うわぁ……スプラッター映画の世界じゃないですかコレ……自分はその手の物に耐性ありますけど……皆さん大丈夫ですか?」
そのあまりの惨状に、あまなつが他の分隊員に気遣う言葉を口にするが、
「この程度ならクウェートで何度も見たわ」
「儂はベトナムでもっと酷い状況を経験しとるぞ」
「アフガニスタンも酷かったなぁ……」
リアルの戦場に参戦経験のあるアメリカ軍人達はケロッとした物だった。
「相応に訓練は積んできたが……流石にこの惨状は堪えるな。震災の被災地でもここまで酷い事になってる現場は稀だぞ」
「ああ……東日本の時には俺も救援活動に動員されたが、腐乱死体のソレと生のコレでは慣れる物が違う感じだ」
「……むしろなんで民間人のあの二人は平気なんだ? 神経太すぎないか?」
対して自衛官や警察官と言った、未だ安全神話が完全に崩れ去った訳では無い日本の公務員達は、血に染まった周囲の状況に気後れした様子を見せている。
……まぁソレでも中には
「俺は任官して直ぐに飛び降りの現場に遭遇したり、ダンプカーに若い女性が撥ねられた現場を担当したりと、兎に角酷い御遺体と縁がある警察官生活を定年まで続けたからな、この程度……とまでは思わんがまぁ慣れては居るな」
等と抜かす、元警察官の御老人と思わしき者も居るので、必ずしもお国柄と言う訳では無いのだろう。
ちなみに警察官でも自衛隊でも看護師でも定年まで勤め上げれば、そう言う悲惨な現場と完全に無縁と言う事はそうそう無い話では有るが、やたら当たる奴と中々当たらない者と言うのはやはり《《有る》》のだそうだ。
そう言う意味では先程の元警察官は、当たる人だったと言う事なのだろう。
「居ましたよ、12時方向の木の陰です……クソ! 呑気に飯なんか食ってやがる」
シンのエコロケーションに依る索敵は、完全に閉ざされた壁の向こうを知る様な使い方は出来ないが、ある程度以上の隙間が有る空間ならば物陰のモノを見つける事は十分に可能である。
ただ食っていると言う様な行動を即座に看破する様な真似は、エコロケーションでは出来ない。
にも拘らずソレを見抜いたタネは簡単で、エコロケーションを日常的に使う事が出来る程に聴覚からの情報を分析する能力に長けたシンの耳には、仮称【干物メスカマキリ】が撃破した培養サブボディを噛み千切り咀嚼する音がはっきりと聞き取れたからだ。
「……落ち着けよゲームチャンプ、食われてるのは確かに俺達の仲間だったモノかもしれないが元々ソレに命が宿ってた訳じゃねぇ、所詮は培養槽で作られただけの肉の塊だ。一々キレてたら身が持たねぇよ」
ここへと来る前の士気を下げる可能性が有った発言とは違い、激情に駆られそうになったシンの肩を軽く叩いて落ち着く様に言って聞かせる。
「俺も実の所ガチの戦場へ出た事ぁねぇんだ、にも拘らず歴戦の先輩方を差し置いて分隊長なんざぁ不相応だと思ってる。けれども上が俺をわざわざ任命して来たのは、こういう状況でも一歩引いて考えれるってのがデカいんじゃねぇか?」
そんな言葉から始まった言に依れば、軍曹は沖縄海兵隊に所属する両親の間に生まれ、アメリカ本土よりも沖縄と言う地に愛着を持って育ったのだそうだ。
けれども日本の国籍は血統主義を取っており、日本で生まれたからと言って簡単に日本人に成るなんて事は出来やしない。
ソレでも沖縄を守りたいと考えた軍曹はアメリカの高校を受験し、卒業して直ぐに沖縄海兵隊へと志願入隊したのだと言う。
そして配属後は真面目に訓練に勤しみ、大きな任務に関わる事はなかった物の、上官からの受けは決して悪くはなかった様で、兵卒からの叩き上げとしては殆ど最短と言って良い期間で軍曹になったのだそうだ。
その為リアルでの年齢は未だ三十路を回ってすら居ないと言うのだから、分隊に居る中では下から数えた方が早いだろう年頃だと言って間違いない。
ちなみにシンは知るよしも無いが今この場に居るメンバーで最年少なのは、現役大学生ながらマーセとしても活動して居るあまなつで、御年18歳と言うマーセに成れるギリギリの年齢である。
マーセに成る事が出来る年齢はその国の法律に依って異なるが、日本の場合には成人年齢である満18歳以上で、尚且つ【高等学校等に所属していない】と言うのが最低限の条件だ。
この高等学校に所属していないと言う文言をマーセ関連法に盛り込むかどうかで、教育関係の労働組合なんかがグダグダ騒いだり、シンの恩師に当たる大学教授から【元プロゲーマーとして若者に訴え掛けてくれ】なんて連絡をもらったりもした。
まぁシン自身、学部内に漂っていた【左翼に非ずんば歴史家に非ず】と言う雰囲気を嫌って、歴史家の道を諦め更には教職員と言う道すら嫌って、プロゲーマーと言う進路を選んだのだから、今更その筋で話を持ってこられても【しらんがな】でしかなかったが。
仮にも一度は社会科教師を目指した身としては、国会中継なんかをしっかりと見て政治に関心を持たなければ……と言う思いは有るのだが、実際にソレを行動に移す事が出来るかと言えば中々にソレも難しい。
シンが大学生だった頃には未だ二十歳が成人年齢で、在学中に選挙権を得ては居たが、実際に投票所へ脚を運ぶ様になったのは、プロゲーマーとして社会に出た上でその業種に対する法整備が殆ど行われていない事を知ってからの事だった。
兎にも角にも実際に出来上がった法律では、中卒無職の18歳は問題無くマーセに成れるが高校在学中はダメと言う少々歪とも思える形にはなったが、学生の本文は勉学である……と言う建前が通ったのだろう。
ソレを言い出すと今度は大学生の本文もやっぱり勉学なのでは無いかとも思うのだが、そこは既に成人して居る者が集まる場所なので、大人として自己判断に委ねると言う感じなのだと思われた。
とは言え歴史としてでしか無いが、安保闘争や全学共闘会議の様な大学生の無軌道で無謀な暴力的な学生運動が行われていた過去を知る身としては、大学生が成熟した大人かと言われるとシンとしては疑問符を浮かべざるを得ない。
そんなよそ事に思考が飛ぶ辺り、頭に血が登っていたシンも幾分かは冷静さを取り戻していた。
「……ふぅ、すいません軍曹、もう大丈夫です。兎に角、奴の姿を確認しない事には対策もなにも有ったモノじゃないですし、まずは見つからない様に見える位置に移動しましょう」
自分より年下の上官に冷静に成れと言われて素直に従う事が出来る辺り、自分も年齢相応に大人の対応が出来る様になったんだな……なんて事を考えながら、シンはそう返事を返しつつ次の行動を提案するのだった。




