第38話:イレギュラーな事態とゲームプレイヤー
『クソ!? なんだあのデカいの! ブラスターが効いてねぇぞ!』
『やべぇ! 普通じゃねぇ! なんなんだありゃ!』
『クソぉ! クラッカーでもダメージ入った様子が無ぇ! 誰か関節技の達人でも居ねぇか!?』
普段よりも圧倒的に多い人数で、圧倒的に濃い敵の密度をさばきながら山の奥へ奥へと進軍していく……と、途端に通信が騒がしくなった。
内容を聞く限りでは、ブラスターが効かない宇宙カマキリの変種? とでも言うべきモノが出没したらしい。
シンの高い索敵能力に物を言わせて、先制攻撃を確実に叩き込むと言う戦術を取りながら進んでいた彼等の分隊は、他の分隊よりも先んじて前線を押し上げていたが、幸か不幸かその変異種らしき存在は営巣地から離れた外輪部に居たようである。
その為、シン達はいきなりソレと遭遇する様な事は無く、逆に通信越しに聞こえる阿鼻叫喚の悲鳴が、ソレが生み出す地獄絵図を想像させていた。
「んだよソレ、ブラスターがありゃ連中はイチコロじゃなかったのか!?」
本来ならば分隊長として仲間たちに動揺が走らぬ様に、叱咤激励しなければならない筈の軍曹だったが、ココの戦場はリアルでは無く所詮はゲームの様なモノ……と言う意識からか思わずそんな言葉が口を突いて出る。
「……俺が読んだ本に依ると、俺達が使ってるこのブラスターに入ってる【キチンブラスター粒子】ってのは、甲殻類の殻に含まれるキチン質を一気に分解する効果が有って、その反応熱で焼き殺すって仕組みらしいです」
対して比較的冷静にそんな言葉を口にしたのは、事前に色々と調べて居たシンだ。
「つまりどう言う事でありますか?」
通信の内容と軍曹の言葉で絶望的な空気に成りかけて居た分隊の状況を変えるつもりで発した言葉ではなかったが、あまなつがその場に似つかわしく無いのんびりとした口調で、そう問いかけた事でその場の空気がわずかながらに弛緩する。
「奴等の甲殻に直接薬剤が付着しなければ、ブラスターは100%の効果を発揮しないって事だ。クラッカーもブラスター粒子を使った反応剤で爆発させてるらしいから、何等かの理由で奴等の甲殻が露出して無ければ効果は無い」
シンが購入した宇宙カマキリの生態に関する書籍の中には、極々稀なケースでは有るが何期にも渡って交尾に至らなかったメスは、ひたすら成長を続けて最終的には普通のオスとは交わる事が難しい程の大きさに成る事が有る……と書かれていた。
そう言うケースの場合、体表がずっと綺麗な状態を維持し続ける様な知恵の無い連中は、体中に苔の様なモノが繁殖する事も有ると言う。
「恐らくはソレは歴戦のお局個体とでも言うべき奴で、身体の表面にブラスター粒子が直接当たらない様に《《何か》》で覆われた状態なんだと思います。言うならばオールドミスの干物女って所ですかね?」
干物女と言うのは恋愛を放棄し様々な事を面倒だと切り捨ててしまった女性を指す言葉だが、件の宇宙カマキリにもしもその言葉を理解する知能があればきっと怒り狂うのではなかろうか?
宇宙カマキリの生態として、生まれてから半年間の繁殖期に入るまでの期間を1期と数えるならば、1期目に交尾と産卵を行う事が出来るメスと言うのは大体三分の一に留まると言う。
コレは宇宙カマキリのオスがメスよりも基本的に弱く、繁殖期に至るまでに命を落とす個体が相応に出るからである。
幾ら無敵に近い甲殻を持ち鉄をも切り裂くカマを持っていたとしても、動物に分類される存在である以上は生存する為に呼吸する必要が有るのだ。
その為、小さな幼虫のウチならば鳥や他の動物に、宇宙カマキリが捕食されると言うケースも決して少なくは無い。
宇宙カマキリの甲殻も実の所完全に無敵と言う訳では無い、ブラスター粒子が効果を示すのと同様に、化学変化の類の影響は完全に受けないと言う訳では無いのだ。
故に捕食された宇宙カマキリも少々時間は掛かるとは言え、甲殻を含めて胃酸で溶解される事に成るのである。
地球に宇宙カマキリの卵が落ちて3年もの期間が経って居るにも拘らず、未だ多くの場所で連中が大繁殖と言う程に増えて居ないのは、第一期の多くが成長するよりも前に地球の動物の腹に収まったから……と言うのが実は割と大きな要因だったりするのだ。
とは言え1期が過ぎ2期目に入る頃には、交尾から産卵に至る事無く生存を続けたお局様達が多くの大型動物を食い殺し、2期目の幼虫達を食う様な生き物は数を減らして居た。
ソレが3期、4期と繰り返されて行った結果が、今の虫の声すらしない森の中……と言う訳だ。
そして件の巨大宇宙カマキリはと言えば、恐らくでしか無いが第1期のメスが売れ残り続けた事でオスと交わる可能性が失われる程に巨大化した、肥大MAXとでも言うべき存在なのだろう。
「で、ソレをどうにかする方法も考え付いてんのかゲームチャンプ様よぉ?」
シンの説明を聞いてソレがどう言うモノなのかは、ある程度分隊員達も理解してくれた様では有るが、問題はソレをどうやって討伐するのかと言う事である。
「直接見てない以上は推論でしか無いけれども、苔やらなんやらの植物が身体を守っているなら、他の宇宙カマキリにブラスターを叩き込んでソレが燃えるのに巻き込んでやれば良いんじゃないか?」
ブラスターで宇宙カマキリを撃てば、粒子と甲殻に含まれるキチン質が反応して、かなりの高熱が発生しソレが甲殻の内側に有る筋肉に含まれる水分が膨張する事で、脆くなった甲殻を破壊し破裂するのだ。
その際には高熱を帯びた甲殻の破片が周囲に飛び散る為、周囲に延焼を広げない様に消火剤を巻く必要が有る。
つまり逆を言えば宇宙カマキリにブラスターを打ち込めば、当然ソレは火種に成ると言う事だ。
「……って事だそうだ、未だ現地に居る連中は試して見る価値は有るかもしれねーぞ。にしてもお前さんなんだってそんな見た事も無い様なバケモンの対策がパッと出てくんだよ?」
シンの言葉を通信機越しに未だ現場で戦っている者達に伝えたらしい軍曹は、通信を終えると同時にそんな疑問を口にする。
「いや……まぁ……ギミックの有る敵キャラとかゲームじゃぁ割と良く有る奴だからなぁ。初見殺し知らなきゃクリア出来ない死んで覚える奴はよほどのヌルゲーじゃなけりゃどっかに有るでしょ?」
彼の嗜好が歴史シミュレーションゲームやFPSの様な、戦争を題材にした物に偏って居るとは言っても、他のジャンルを全く遊ばないと言う訳では無い。
その中には様々な神話や伝承の神や悪魔を仲魔にしそれらを合成したりして強化し戦わせるRPGなんかも含まれており、そのシリーズでは中盤以降のボスキャラに対して【レベルを上げて物理で殴れ】と言う一番カンタンな攻略法が通用しない事が多かった。
大概は対応する属性の魔法やスキルを使える仲魔を用意したり、補助魔法が定期的に必要だったり、状態異常をばら撒くのでソレに対応する必要が有ったり……と、初見で前情報無しにクリアするの無理だろ? と言う敵のオンパレードだったのだ。
ゲームの中とは言え死ぬのはストレスでは有るが、ネットで事前に攻略法なんかを見て対策を立てると言うのも、なんとなく《《負けた》》気がすると言う難儀な性分のシンは、何度も死んでは対策を練って再挑戦する……と言う自力攻略派とでも言うべきプレイヤーだった。
無論、そのゲームだけで無くその他色々なゲームでそうしたプレイスタイルを貫いて来たが故に、彼の頭は柔軟に物事を捉えて対策を検討すると言う風に鍛え上げられて来たのだ。
とは言えコレはゲームでは無く現実の戦いで有る以上は、必ずしもゲームと同じ様な対応が功を奏するとは限らない。
「兎に角、既に現着してる人達が対応出来ればソレで良し、ダメだったとしても後詰は必要でしょう。分隊長、俺達もそちらに向かう事を具申します」
自分が行けば何とかなる等と言う思い上がった考えは持って居ないし、一当てもせずに攻略法を即座に思いつける様な天才だとも思っては居ない。
結局の所、出来るのは死んでも良いから取り敢えず打つかって見て、その結果何がダメだったのかを検討する……と言うゲームでやって来たのと同じ攻略法だ。
ソレを馬鹿正直に口にすれば痛い目に合うのは嫌だと言う連中から反対意見も出ただろう。
しかし今この場でシンが口にしたのは、戦術的に見れば決して間違いとは言い難い物でしか無い。
「しゃぁ無いな、まぁ今日は既に十分スコア稼いでるし、最悪俺達が付いた時には蹴りが着いてたとしても大きな損はねぇ……行くぞお前等ぁ!」
恐らく軍曹はシンのそうした腹の内をある程度理解して居ただろう、けれどもソレに乗ってくれたのだ。
「「「サーイエッサー!!」」」
分隊員達も軍曹が選んだ精鋭達だ、ある程度はそうしたリスクがある事は分かっていたかもしれない、けれども素直にそう叫んで駆け足で現場へと向かうのだった。




