第36話:北海道の大部分は田舎である、札幌は都会と言えるか?
普段一つの戦場に動員されるのは4から5の分隊で構成される1小隊程度が普通で、先日の札幌市内の営巣地を潰した時の様に4小隊から成る中隊規模で投入されるのは極めてレアなケースである……であった。
何故あえて過去形に言い直したのかと言えば、今この場に再び中隊規模の人員が投入されて居るからである。
「なんだってまぁこんな道民から見てもド田舎もド田舎なこんな所にこんな大規模な編成をしたんだ?」
基本的に北海道は田舎である、人口およそ200万人を抱え現代の日本五大都市圏の一つとして数えられる事も多い札幌すらも、内地つまりは本州に比べるとやはり田舎と言う印象が強い。
アイドルやアーティストが全国ツアーと銘打って行うコンサートツアーでも、北海道までわざわざやってくる事は稀だし、映画の舞台挨拶なんかが行われるのも極々稀な事だ。
この辺は都市としての規模の問題もあるが、ソレ以上に交通の便が悪いと言うのが大きな要因の一つだとは思うが、兎にも角にも北海道と言う土地は無駄に広すぎる。
本州から独立した島と言う点で言えば四国や九州もそうなのだが、北海道は4つの県を抱える四国のなんと4倍と言うとんでもない広さがあるのだ。
本来ならば8つ位の県に分けて統治しても何ら不思議は無い広さなのだが、元々北海道は広すぎる土地に対してさほど多くの人間が住んでおらず、更には今の様に札幌一極集中では無く各地に少ないながらも広く市町村が有った為に【道】と言う一つに纏められたのだ。
特に石油よりも石炭が燃料として主力だった時代には、北海道の各地に数多くの炭鉱が有り、ソレが経済の基盤を支えていたが故に無駄に広い土地の中に都市と呼んで差し支えない物が幾つも有った訳である。
けれども石炭の需要が減った事と人件費が上がった事で、多くの炭鉱が採算割れして閉山した事で、多くの鉱山都市は衰退していった。
有名なのはやはり日本の自治体として初めて財政再生団体に指定されてしまった夕張市だろう。
彼処は鉱山の閉山で炭鉱で糧を得ていた者達が離散し、その穴を埋める為に鉱山を利用した観光施設を経営して収入を得ようとしたが、その際に過剰な投資をしすぎた結果、ものの見事に採算割れしてにっちもさっちも行かなくなったのだ。
兎角、北海道と言う場所は【市】とは名が付く物の、今では既に人口的に見れば町や村と呼ばれても可怪しくは無い……そんな場所が溢れているド田舎なのである。
更に言うならばそうしたド田舎化に拍車を掛けたのが、公共交通機関……鉄道の路線が数多く廃止された事だろう。
日本で最も北の大地である北海道は、多かれ少なかれどこもかしこも冬場は雪と付き合わざるを得ない。
ちょっと雪が降ったら止まる様なでは北国の鉄道は運用出来ないが、ソレを維持するとなると当然ながらそれ相応のコストが掛かるのだ。
炭鉱が元気だった時代には石炭を満載した汽車が道内を縦横無尽に走り回っていたのだが、ソレが無くなれば残るのは極々少人数の旅客が偶に乗るだけの採算割れした赤字路線だけである。
そもそもとして日本の鉄道は首都圏と言うドル箱から落ちる金で、地方の不採算路線を維持して来たのだから、国鉄分割民営化で不採算路線だけを押し付けられた形となった地域にソレを維持し続ける体力はなかった。
結果として残ったのは自動車が無けりゃ買い物にも難儀する様な怒田舎が点在する難儀な土地と言う訳である。
200万近い人口を抱える札幌市とソコに隣接する市はまだしも、札幌に次ぐ人口を抱えている第二都市である旭川市の人口がおおよそ30万と文字通り桁が違う上に、若者の都会への流出が激しい事を考えれば先の見通しは暗いと言えるだろう。
……そんなド田舎である北海道の中で今回の戦場はド田舎どころの騒ぎでは無く、完全に無人の山中である。
「ろくな道路も通っていない場所にどうやってこんだけの資材を運んだんだ?」
普段の小隊規模の展開であればヘリコプターかなんかで運ぶと言う選択肢も有る……と何となく理解は出来るし、前回の大規模展開地点には近くまで道路が通っていたのでトラックを何台も投入すれば運ぶことは不可能じゃないと理解は出来た。
けれども今回のこの場所は札幌の有る石狩平野の北に広がる増毛山地の奥深く、神居尻山とピンネシリと言うアイヌ語に由来すると一発でわかる2つの山の間と言う、マトモな道路なんぞ走って居ない場所なのだ。
神居尻山の方にはハイキングコースは通って居るもののソレだって自動車をガンガン通す様な造りにはなっておらず、本当にどうやってココに無数の出撃ポッドを運んだのだろうか?
水が流れる音が聞こえる事から察するにさほど離れていない場所に川は有る様だが、ソレだって遡って資材を運ぶ程大きな川では無いだろう。
まぁ地球の技術で無理ならば宇宙人の力を借りりゃ可能な事だからこそ、こうして大規模な部隊を展開する準備が整っているのだろうが……。
兎角、山間のまともな広場も無い様な場所にガッツリと用意された陣地は、昼間見た総理大臣の記者会見が決してハッタリの類では無く、一気に北海道に巣食う宇宙カマキリを殲滅すると言う決意の現れにも思える。
「ヘーイ、ゲームチャンプ! お前は今日も俺の下に着いて貰うぞ! 他の分隊長達もそろそろお前の価値に気付き始めた見たいだから、次も必ず俺の下にとは約束出来ないが出来ればずっと俺のサポートをして欲しいくらいだ!」
普段ならばチップに表示された集合場所に行ってから声を掛けて来る分隊長が、今日はわざわざ向こうからやって来た……と言う訳では無く、たまたますぐ隣に設置された出撃ポッドがオレンジ軍曹の物だったらしい。
「俺の価値……ですか? 確かに俺は元プロゲーマーとしては相応に場数踏んでますが、リアルの戦場じゃぁただの足手まといでしょう?」
シン自身、プロの第一線は無理にせよアマチュアイベント程度ならば自転車競技に参戦する事も可能な程度には、日頃からトレーニングを積んでいると言う自負は有る。
だからと言って生身の身体でいきなり銃を持って戦場へ行けと言われた所で、戦力に成るだけの体力も技術も有る訳が無い。
「だーら、前にも言ったじゃねぇか。死んでも死なねぇココはリアルの戦場じゃねぇ。そして敵だって知恵を回して襲って来る人間じゃねぇ。宇宙カマキリなんざぁある意味ではコンピューターゲームの敵キャラ見たいなモンだろよ」
人間と動物を分けるのは何なのかと言う議論は何時の時代も常にある。
純粋に生物として見るならば、人間は野生動物の中で見ればかなり弱い方の生き物だ。
それこそヘタをしなくとも殺し合いならば、相手の種類にも依るだろうが犬猫にすら負ける可能性はゼロでは無い。
他の動物ならば当たり前に持っているであろう防具、すなわち毛皮や鱗に粘膜の様な物は一切無く、貧弱な皮膚は相手の爪や牙がちょっとかすった程度で血を流す。
武術の類を学んで鍛えた拳や脚ならばともかく、そうした技術を齧って居ない者の手足は、骨と骨が打つかっただけで簡単に折れてしまう。
そんな貧弱な人間が何故地球上の支配者を気取って居られるかと言えば、他の動物には無い知恵を持っているからだ。
毛皮が無ければ鎧えば良い、爪や牙が無いなら武器を持てば良い、何なら飛び道具を使う事で間合いと言う最強の防具すら手に入れた、そうやって人間は自分よりも強い動物達を屠り食らって来たのだから。
他の動物だって狩りの仕方なんかを本能として生まれながらに理解して居る訳では無く、幼い頃に親や群れの仲間から学ぶ事で成長していくと言う側面が全く無い訳では無いが、それとてある程度以上に高等な知能を持つ動物だからの話である。
対して宇宙カマキリはどうかと言えば、奴らは鉄をも切り裂く鋭いカマを持つとは言え、目の前で動くモノを切り刻み食えそうなモノを喰む事しか出来ない巨大な昆虫に過ぎない。
確かに言われて見れば昔のコンピューターゲームに出てくるMOBと言われる類の敵に近いだろう。
「俺はゲレン虫けらどもを日本中から……いや地球上から一掃しちまいたい。アメリカ軍は世界の警察だなんて一昔前のフレーズを気取る気はねぇけどよ、それでも俺はいろんなモノを守る為に軍人になったんだ。その為なら使えるモノは何だって使ってやる!」
そう言う軍曹の表情からは並々ならぬ決意と共に、怒りや悲しみと言った複雑な感情が入り混じっている事がシンの目から見ても読み取れた。
「……何時までもずっとってな訳にゃ行かないですが、俺も北海道が開放されたからってマーセを直ぐに辞めるつもりもないので、協力出来る時は協力しますよ、何よりアンタは俺の使い方ってのを分かってる様に思える」
軽く肩を竦め、諦めたと言わんばかりの顔を作って見せてから、シンは軍曹に対してそう言ってから右手を差し出したのだった。




