第35話:日本人の民族性と政治の在り方
『えーと言う訳で有りまして、近いウチに北海道から宇宙カマキリの脅威は概ね排除されるとの事であります。コレは北海道を特別扱いしたと言う訳では無く、四国の4倍九州の倍程の広さがある北海道に人員を割き続ける事のデメリットが大きいと言う判断からであります』
TVではどのチャンネルでも総理大臣の記者会見がリアルタイムで中継されて居る。
その言に拠ると先日の札幌での惨劇を受けて、日本政府は面積に対して人口密度が低すぎる北海道は現地のマーセだけで防衛し続けるのは困難と判断し、全国規模で大増員を掛けて一気に鎮圧すると言う判断を下したのだと言う。
正直現場でマーセをやっていて彼らの作戦の殆どはセブンスムーンの役人達が決めていると言う事を知っている身としては、いかにも政府の主導でこの決断を下したと言う風に聞こえる発表を聞いて眉を潜めたく成る。
とは言えこの放送はあくまでも一般の、特にインターネットなんかで情報収集する様な事の無い『テレビが嘘言う訳ないべや!』と言う様な、御老人達の為に行われている物で、ある程度自分で情報を集める事が出来る者であれば誰も信じはしないだろう。
そんな見え見えの嘘を平気で吐いても政権交代に至らないのは与党が強いからでは無く、野党がそれ以上に間抜けな行動を続けているからである。
【うそはうそであると見抜ける人でないと難しい】と言う言葉がインターネットの世界では常識の様に使われ、シン自身も自分に都合が良い情報だけに捕らわれる事無く、目にした情報が本当か嘘かを判断する為に更に調べる……と言う事は日常的に行っている事だ。
ネットリテラシーやメディアリテラシーなんて言葉が踊る様になった昨今だからこそ、テレビや新聞に書かれている事が必ずしも事実とは限らないと理解する者も増えたが、インターネットが一般に広まるまではマスメディアが国民の唯一の目だったと言って良い。
ましてや戦前の新聞とラヂヲがメディアの最先端だった時代ならば、そこを動かすだけで世論を誘導するのは極めて簡単だった事だろう。
第二次世界大戦を紐解くと、多くの者はA級戦犯として裁かれた者に戦争の責任があると思いがちだが、実際には彼らの多くが戦争には消極的だったにも拘らず、とある新聞が世論を煽った結果開戦に踏切ざるを得なかった……と言う側面も見えてくる。
と言うかシンとしては【A級戦犯】と言う括り自体が【法の不遡及】と言う罪刑法定主義の大原則に反している事から、彼等を有罪とした事こそが戦勝国側の最大の戦争犯罪だとすら考えていた。
この辺の事に興味がある方は東京裁判で唯一彼等を無罪と主張したインド人判事の【パル判事】が書き記したとされる【パール判決書】を是非読んで見て欲しい。
日本の自虐的な社会科教育の中で育ったシンが【大日本帝国って別に極悪非道の残虐国家じゃなくね?】と、大学で学んだ中で最も影響を受けたのがその文書だったのだ。
まぁ日本人の【譲歩出来る部分は無条件で譲歩し、最後の一線を越えたらいきなりキレる】と言う世界的に見て稀な気質が、あの戦争の発端となったとも考えなくも無いが……。
無論例外も居るが、基本的に日本人と言うのは《《交渉》》と言う物が下手な民族だ。
まず相手が受け入れる事の出来ない様な条件を吹っ掛けて、其処から少しずつ譲歩を引き出す……と言う交渉法は、様々なフィクションを通じて流布された為にある程度周知された手法になっているが未だ常識と言う程に定着した訳では無い。
ドアインザフェイスと呼ばれるその手法は、殆ど全ての事柄が性善説で動いている日本では、悪質なクレーマーの手口……と言う印象が未だ強いのだ。
とは言え同じ日本国内でも地域に依っては【値札通りに買うのはアホ、値切ってナンボ】と言う場所もあれば【値切るなんて恥ずかしい真似は出来ない】と言う地域もあるので、民族性と言うよりは地域の常識……と言う点が大きいのかもしれない。
ただ日本の首都である東京は基本的に後者の文化なので、どうしても日本の政治家は諸外国の政治家と比べると交渉と言う点に置いて下手な印象が強く感じられる。
「どうせコイツもあっちの国に行った時には、ハニトラ食らってキンタマ握られてんだろーよ」
既に温くなったコーラに口を付けながら誰に言うでも無くシンはそんな言葉を口にした。
日本の政治家はハニートラップに弱い……と言うのは、大陸系国家にとっては割と常識となっていると言う噂を聞いた事がある。
これは日本人が判官贔屓と勧善懲悪が大好きで、政治家に極端な【身綺麗】を求めるからだろう。
不倫は文化……では無いが、政治家として国益をしっかりともたらしてくれる人材であれば、下半身がだらしなかろうとどうでも良いのだ。
側室やら妾やらを持つのが当たり前だった幕末から明治に掛けての偉人達は、確かに下半身にだらしが無い部分は有っただろうが、間違い無く英傑で有り優れた政治手腕を持っていたからこそ、維新が成立し新政府を起動に乗せる事が出来たのである。
清濁併せ呑む事が求められる政治の世界に、身奇麗なだけが取り柄の無能が何の役に立つと言うのか?
けれどもそうした本質的な部分を見ずに、政治家に下半身の疑惑が少しでも有れば、まず間違い無く下世話な週刊誌の類が取り上げる。
本来ならばそんな根拠不在のネタを取り上げた所で、雑誌の売上が多少伸びる程度の筈なのだが、清廉潔白を求め過ぎる日本人はそうした疑惑を鬼の首を取ったかの様に振り回して他者を叩くのだ。
政治家は勿論の事、芸能人だって強い後ろ盾が無ければ、被害者と既に和解が成立していた筈の案件すら持ち出して他人を叩くのが、今の日本のマスコミで有り同時にインターネットに多数存在するSNSである。
まぁSNSには少なからず日本人のフリをした外国の工作員が居る……と言う話もあるので、全部が全部日本人が悪いとは言い切れない部分も有るが、乗せられやすい民族だとは言えるのだろう。
『無事北海道の宇宙カマキリが鎮圧された後は、四国! 九州! そして本州と! 日本全土からかの害虫を駆逐する事を私は、今この場で全ての国民とお約束致します! 先日北海道で起きた痛ましい事案を二度と繰り返さない為に!』
テレビの画面には拳を振りかざして勇ましい事を言う総理大臣の姿が映って居るが、恐らく彼はマーセとして戦場に出た事など無いと思われる。
「幾らサブボディはぶった切られても死なないっても、痛いもんは痛いんだぞ……ちったぁ現場の事考えて物言えってんだ」
現実の身体で腕や胴体を叩き切られた経験なんてモノは無いが、サブボディで死んだ時の痛みは正直な話、二度と経験したいと思わない程度には痛い。
上手く死ぬ事さえ出来れば即座に新しい身体に乗り移る事が出来るし痛いのは一瞬の事なのだが、下手に死ねなかった場合には文字通り死ぬほどの痛みが身体を襲う事に成る。
下手くそな歯医者に当たって麻酔が上手く効いてない状態で、歯の神経を抜くよりも痛いと言えば、ソレがどれ程の拷問かは理解出来る者には理解出来る筈だ。
そうなった場合に備えて、サブボディの装備の中には【クラッカー】と呼ばれるキチンブラスター粒子をばら撒くと同時に自爆する事も出来る手榴弾の様な物が含まれている。
シン自身も何度かソレを使って自爆した事は有るが、両腕を失う等してそれすら出来ない状態に成るのが一番辛いのだ。
もっとも単独行動では無く最低でも10名前後の分隊で行動するのが基本となる戦場で、仲間がそうして死に損なった場合にはサクッとクラッカーを使ってトドメを刺すのが常識とはなっているが……正直慣れたくはない物である。
記者会の場にも拘らず未だ雄々しく演説をぶちまける総理大臣の薄っぺらい面構えを見て、シンはコーラが不味く成る……と思いテレビのスイッチを切ったのだった。




