第34話:愚か者への刑罰と戦場の行き着く先
今日も無事に営巣地を一つ叩き潰した後には打ち上げが出来る様に、セブンスムーンで作られた酒類やソフトドリンクの自動販売機に、肉や魚をその場で自動調理して販売してくる機械なんかが拠点となる場所には設置されて居た。
この辺の機械類は当然、地球産の物では無くセブンスムーンで作られた物が送られて来ているのだが、中身に関しては一々補充する様な手間は必要なく、月公転軌道上からこれらの機械の中へと転送して来るのだと言う。
生物を生かしたままで転移させるのと、死んでも良い……或いはそもそも生きていない物を転送するのでは掛かるコストが大幅に違うらしく、セブンスムーンで生産された食品は地球上どこでも産地直送で自販機で買えると言う訳だ。
勿論この自販機はずっとココに放置されるわけでは無く、俺達が再出撃する際に使うサブボディの培養ユニット等と共に、きっちり回収されて次の作戦地へと移送される。
どんな田舎でも大概の場所に自販機が有るのは世界を見渡しても日本くらいな物で、海外だと少しでも監視の目が無い場所に自販機なんか設置したならば、破壊されて中の商品や金銭が盗まれるのが当たり前だと言う。
けれどもこの自販機はそもそもとして現金では無く、マーセそれぞれが身に付けた宇宙由来の通信端末であるチップに記録されたポイントを電子マネーとして支払う事で買い物する形式な上に、商品は購入してから転送されてくるので壊して盗むが通用しない。
無論、機材を破壊してその素材を掻っ払おうと言うバカが出るケースは、一部地域で発生したりはしたが機材自体に周辺を知覚し記録をセブンスムーンのサーバーに飛ばす機能がある為に、治安組織が壊滅的な国以外ではほぼ確実に検挙されて居る。
しかもコレ等の機材は各国の保有と言う訳では無く、セブンスムーンから貸与されて居ると言う扱いの為、コレを故意に破損させるような行為をした場合、その国の法律では無く銀河連邦共和国の法律で裁かれる事になるのだ。
銀河連邦共和国に所属する星系国家はそれぞれがかなり強力な自治権を持ち、基本的に現地での犯罪は現地の法律で裁く事が許されているのだが、銀河連邦に置いて地球は未だ星系国家に至らない未開惑星と言う扱いの為、現地の法は通用しないと言う論法らしい。
兎角、銀河連邦共和国に所属する全ての星系国家で共通して用いられる共和国法に置いて、死刑や懲役刑と言う罰則は無い、全ての犯罪はソレがもたらす不利益を計算しソレを賠償する事に依ってしか贖われないとされて居るのだ。
日本人の感覚で言えば人を殺しても罰金刑で済む……と言うかなり《《ゆるい》》法律の様にも思えるが、刑事裁判での罰金に加えて民事訴訟での賠償金も支払わなければならないと言う話なので、よほど軽微な犯罪じゃなければ結構な金額を払う羽目に成る。
その上、地球の法律だと大概の国では【無い袖は振れない】がまかり通ってしまい、所謂【無敵の人】に依る犯罪はやられ損となるが、銀河連邦では犯罪者に対する強制労働が認められている為、犯罪者は過酷な労働で自身の背負った罪を贖わなければならないのだ。
とは言え自殺される様な事に成るとソレはソレで《《死に逃げ》》が許されると言う事に成る為、強制労働の際にはサブボディを使っての労働に勤しむ事になる。
多くの場合は人が住む事の出来る環境では無いが資源の多い惑星の近くに用意された収監コロニーに移送され、そこからサブボディを使って資源の採掘をしたり、テラフォーミング初期の過酷な惑星に送り込まれてそこを開拓する作業に従事すると言う。
どちらの場合も生きるのに必要と成る空気や食べ物何かの経費も自分で稼ぎつつ、罰金と賠償金を稼がなければならないと言うのは、割とエゲツ無い罰と言え無くも無い様に思えた。
なお、地球上でやらかしたバカに関しては、逮捕された後にその国の治安組織が引き渡しに応じた場合、火星と木星の間に有るアステロイドベルト近くに駐機してある小型採掘コロニーへ送られるらしい。
「なぁゲームチャンプちょっと話が有るんだが、俺が奢るから一杯付き合えよ」
と、居並ぶ自販機に群がる酒飲み達が先日のパンフレットの一件以来、少々大人しくなったのを見ながらそんな事を考えていると、不意に分隊長ことオレンジ軍曹が話しかけて来た。
「ありがとうございます、じゃぁごちそうになります」
基本的に酒を好んでは飲まないシンでは有るが、付き合いでの飲みを断る程に酒が苦手と言う訳では無い。
更に言ってしまえば元の身体でアルコールを一切受け付けない下戸でも、サブボディならばそんなの関係ねぇ! と言う感じで程よく酔う事が出来るのだ。
しかも身体は完全に使い捨てなので二日酔いの心配は無く、出す為の機能が無い為に飲み食いし過ぎると言う事も無い。
古代ローマ式の贅沢として吐いてまた食べる……と言うのも、サブボディには吐くと言う機能が無い為に出来ないと言う便利仕様だ。
なお飲み食いした物も含めて使用済みのサブボディは専用の溶解液で処分されて、新しいサブボディを培養する為の溶液に成る為、言いたくは無いがとてもエコロジーと言えなくも無い。
シンが軍曹の奢りで買ったのは、ワインとビールの間の子の様な、地球で言えばスパークリングワインに近いそんな酒の入った缶? だった。
缶にクエスチョンマークが付くのは、見た感じは地球で売られている缶飲料その物なのだが、使われている素材が明らかに金属ではないからだ。
コレまた地球上には今までなかった物質で、あえて近い物を挙げるならば自然に還るプラスチックとも呼ばれる【バイオプラスチック】がソレに近いだろう。
ただし地球で作られたバイオプラスチックは自然に還ると言ってもかなり長い年月を必要とするのに対して、コレは大気中に数日晒した時点で分解が始まる……と言う保存期間も何もあったもんじゃない代物だ。
とは言えその分解はプルタブを開けてから始まる為に、商品が入った状態ではきっちり保存出来ると言うのだから、理系に明るくないシンの目から見てもオーバーテクノロジーの産物としか言い様が無い。
そんな酒の缶を軽くぶつけて乾杯をすると、取り敢えず一口酒を飲む。
「で、軍曹……俺に何の話があるってんですか?」
地球でも売られているフルーツビールに近い味わいのソレで口を湿らせたシンが早速そう切り出した。
「俺達分隊長の資格持ちだと、配属される戦場をある程度選べるんだけどよ。北海道の戦場の数が減ってるんだわコレが、多分この間の札幌? あそこでの大規模作戦みたいに、他の場所もガッツリ偵察入れて一気に攻めたんだろうな」
グイッと一息に缶を傾けた後、軍曹は唐突にそんな事を口にする。
「って事ぁきっと《《上》》の連中は北海道をさっさと片付けて他の場所に戦力を割り振りたいんだろうよ。北海道はでっかいどーなんて冗談がガチな位にゃココに戦力吸われてるからなぁ」
相手が英語を話して居たとしてもチップを装着して居る状態では、完全に日本語として翻訳されて聞こえるのだが、北海道はでっかいどーなんて駄洒落が英語に有る訳も無く、恐らく軍曹は日本語で話しているのだろう……とシンはそこで確信を持つ。
「お前さんが知ってるかどうかはわからんが、このサブボディを動かすオカルト式の通信システムは地脈? とか言うのの影響を受けるらしくて北海道からだと青森にあるなんとかって山が邪魔で南には行けないらしいんだよ」
オカルトやファンタジーは専門外なシンでは有るが地脈や龍脈と言った言葉くらいは知っている。
そしてソレ絡みで青森にある山と言えば……多分、恐山だろうと言う事も容易に想像が付いた。
魂を憑依させて動かすなんて言うオカルトシステムなんだから、オカルト絡みの山が邪魔に成ると言うのは何となく理解は出来る。
「んで俺としては北海道が開放された後もマーセは続けるつもりだからよ、出来ればお前さんには俺の下で働いて貰いてぇんだわ」
シンとしても北海道が開放されたからと言ってマーセを辞めるつもりは無い、可能ならばセブンスムーンにある図書館や博物館に行きたいし、そこまでポイントを貯める事が難しいならば、せめてもっと多くの電子書籍を買って置きたい。
「ヘッドハンティングですか? 俺としても軍曹の下は動きやすいですし……前向きに検討しますよ」
けれども先の事を今直ぐに決めるのも憚られる……そう考えたシンは、取り敢えず玉虫色の回答をして、もう一口酒を飲むのだった。




