第30話:昼飯と花見と動物園
札幌地下鉄東西線、円山公園駅からさほども離れて居ない幹線道路沿いに有ったその店でサンドイッチを2つテイクアウトし、その手前に有ったオレンジ色の看板が目印のローカルコンビニで好みのコーラを買ったシンは、そのまま円山公園へと自転車を向けた。
円山公園はその名の通り札幌の市街地の中にそびえ立つ標高225mの小さな山の一角を公園とした場所で、北海道鎮守の社である北海道神宮や札幌市内最大の動物園である円山動物園と隣接した地元民も愛する観光地の一つである。
年末年始には神宮に二年参りに来る者も数多いし、内地よりも少し遅い桜の季節……ゴールデンウィーク辺りには公園内に多数植えられた桜の木の下で花見を楽しむのも風物詩と言えるだろう。
以前……宇宙カマキリの襲来よりも更に前の新型コロナの蔓延よりも更に前の頃には、札幌での花見と言えば桜の下でジンギスカンが定番だったのだが、感染症の蔓延により花見自体が自粛となり、今では肉類の高騰から消えつつある文化となっている。
シン自身も子どもの頃には親兄弟や祖父母に伯父伯母と従兄弟達、大学生時代にはココで同じゼミの先輩達や後輩達とジンギスカンを食べた思い出もあるので、ソレが無くなってしまうと言う事に物悲しさを感じない訳では無い。
「カマキリを絶滅させる事が出来りゃ、また前みたいにココで花見が出来るのかね?」
ゼロカロリーのコーラを一口だけ口に含み、そんな事を呟いてからサバサンドを一口齧る。
想像して居た生臭さは全く無く、香ばしい焼き魚の風味とサバ特有の風味が一緒に挟まれたシャキシャキのレタスと相まって……想像以上に美味い。
使われているパンもコンビニで売っている様なスカスカの軽い食感の物ではなく、どっしりと身の詰まった重たい感じの食感で、食材の旨味に全く負けて居なかった。
その分顎に掛かる負担は少々重いが、普段のおやつとしてスルメを常食して居たシンの咬合力はそれなりに高く、多少硬めのパンでもあっさりと食い千切り咀嚼し嚥下する事が出来る。
スルメを好んで食べて居たのは高校時代の自転車競技部の顧問が、人間の身体は不思議な物で噛み締める力が弱く成れば自然と全身が弱く成る物だ、と言って部員にカロリー補給とは別にスルメを食べる様に進めたのが切欠だ。
食べ始めた当初は噛み千切れなかったり、噛んでいるウチに顎がダルくなったりもした物だが、半年も経たないウチに顎周りの筋肉が鍛えられたのか、そうした辛さを感じる事も無く美味しく頂ける様になっていた。
アスリートの世界ではガムを噛む事で集中力が増す、と言うのは割と普通に知られた事で、メジャーリーグでも試合中にガムを噛んでいる選手は割と良く居るが、日本の場合にはソレは礼儀作法の面からみて余り褒められた物では無いと言う風潮がある。
ロードレースの場合には走行中の水分補給の為にボトルを飲んだり、カロリーやミネラルを摂取する為に補給食を走りながら取るのは割と当たり前の行為では有るが、他の競技……特に礼儀に五月蝿い類の競技ではソレ等が許される事は少ない。
シンの頃は既に言われなくはなっていたが彼が小学生くらいの頃には、運動中に水分を取ると疲れやすくなるので部活の最中には水を飲むな、なんて指導が行われていたと言う話も有るのだから、体育会系の社会と言うのは本当に厳しい……奇怪しい世界である。
そんな事を思いながらサバサンドを食べ終え、ローストビーフサンドを取り出し齧り付く。
「うぉ!? コレマジでヤバい奴だ」
一口齧った段階で、思わずそんな言葉が口を突いて出る。
完全に飲み込む前に言葉を発する行為が世間一般的にも、彼自身に取っても行儀の悪い行為だと理解しては居たのだが、一口食べた瞬間に理解出来た美味さに声を上げるのを堪える事が出来なかったのだ。
シャキシャキのレタスはサバサンドど同様に新鮮な物を使用しているのは当然の事として、挟まれた薄切りのローストビーフは何枚も重なり合う事で、パンに負けない歯ごたえと食感を感じさせる。
そして肉汁滴る様な物とは違うが、噛み締めれば噛み締める程にじわりと染み出す凝縮された肉の旨味は、そこら辺で買える量産のローストビーフとは比べ物に成らない程に圧倒的な美味さを体験させてくれた。
某有名ハンバーガーチェーンの日本限定ハンバーガーより一回り大きい程度の丸型サンドイッチが一つ900円は少々お高いな……と思っていたのだが、サバサンドもローストビーフサンドも、その値段に見合う十分以上のお味だった。
正直口の中に残る余韻を、500ml1本200円もしないチープな飲料で洗い流すのはもったいないとは思わなくも無いが、同時にコレは絶対に口の中に味の余韻がある内にコーラを飲めば普段より美味いと感じるに違いないと言う確信も有る。
故にペットボトルに残った半分ほどを一気に煽ってからゲップを一つ吐き出せば……満足感が段違いだった。
「……さて、昼飯も済んだし今日はこれからどうするかな? まっすぐ帰ってゲームでも良いんだが、折角こっちまで来たし動物園でも覗いて来るか?」
円山動物園の入園料は大人800円と比較的リーズナブルな価格である。
同じ道内の動物園でもそこだけを目的として旅行に来る価値が有るとまで言われる旭川の動物園に比べれば、少々見劣りすると言われても仕方が無いとは思うが、それでも一般的な動物園として見れば決して他所に見劣りすると言う程施設の状態はひどい物では無い。
シンには元プロゲーマーで歴史ヲタクの自転車マニアと言う属性とは別に、大の猫好きと言う顔も併せ持つ。
宇宙カマキリ討伐の為にマーセになった一因の一つに、奴等が成長過程で捕食する動物の中にネコが含まれていると言うのも割と大きな理由だったりするのだ。
円山動物園は今の所宇宙カマキリの被害に遭う様な事も無く、中の動物たちも無事に飼育されて居ると言う話では有るが、ライオンやベンガルトラの様な大型肉食獣に関しては食肉高騰の影響で飼育の続行が難しくなっていると言う噂はある。
シンの猫好きはイエネコだけで無く、トラやヒョウにライオンと言った大型ネコ科の動物も含まれて居り、もしも彼等の飼育状況があまり宜しく無いと言うのであれば、寄付金の一つでも包もうかとすら今の時点で考えている辺り相当なネコバカだ。
今住んでいる部屋は分譲マンションで規約的にもペットの飼育は可能なのだが、ネコを飼わないのは自分が如何にものぐさな性質の人間で、可愛がると言う【楽しい】は享受したくても、普段の世話と言う【面倒】を抱え込みたくないからである。
それでも札幌市を中心に活動して居るいくつかの猫保護団体に定期的な寄付を出したりはして居るし、野良猫を見かけたからと安易な餌付けをする様な真似をしない辺りは真っ当な猫好きと言えるだろうか?
ちなみに一時期は【試される大地】なんてキャッチコピーが有った通り、北海道という土地は人間に取っても中々に生き辛い土地である。
札幌は200万近い人口を抱える大都市と言っても良いだろう街だが、世界的に見ても珍しい【豪雪地帯の中にある都市】なのだ。
その為当然冬場は雪に閉ざされる事になる為、暖房無しで生活する事は不可能と言って間違いない。
元からこの土地に住み適応して居る野生動物ならば兎も角、猫は元々温暖な地域に生きる動物で有り、真冬の北海道で無事に越冬できるのは極々少数だけで、大半の野良猫は春先に雪に埋もれた躯が発見される……なんて事になるのだ。
それ故に一匹でも多くの猫が無事に天寿を全う出来る事を祈って、シンは猫保護団体に寄付をして居るのである。
そんな猫達の未来を考えつつ、受付で入園料を支払ったシンは取り敢えずサーバルキャットを見る為に、アフリカゾーン:キリン館を目指すのだった。




