第29話:早秋の札幌でランチはいかが?
「さて……今日は昼飯何食おうかなぁ?」
時間は午後1時、午前11時前ぐらいにジムへと入り約2時間のトレーニングの後、軽くシャワーを浴びて身支度を整えたら、ススキノの街中へと歩を進める。
宇宙カマキリ以前、もっと言ってしまえば新型コロナウイルスの蔓延以前であれば、札幌の街には1000円も出せばたらふく食べる事が出来る、激安食べ放題の店がいくつも有った。
肉が食いたけりゃ焼肉やジンギスカンを、魚が食べたけりゃ海鮮丼やら刺し身やらの盛り放題……観光客向けでは無い路地裏の一角なんかで、そんな店がいくつも営業して居たのだ。
宇宙カマキリの出現から肉類が高騰して居るのは、畜産を行う牧場は日本だと奴等の餌場となり積極的に襲われる……と言う程では無いが、陸地面積の広い諸外国では宇宙カマキリの繁殖規模が日本とは段違いであり割と深刻な問題になっているからである。
日本への牛肉輸出で有名だったオーストラリアやアメリカが、自国の食料自給を確保する為に輸出制限を行っている……と言えばその深刻さは伝わるだろうか?
とは言え逆に宇宙カマキリの出現に依って安くなった物も有る、それは小麦を始めとした穀物だ。
新型コロナの大規模な流行も穀物市場にそれ相応の影響を与えて居たが、それ以上に大きかったのが欧州でも上位に入る大規模穀倉地帯だった地域への某国の侵攻である。
国の規模の差から当初は数日も持たずに陥落すると見られていたその戦争は、西側諸国の援助も相まって年単位の戦乱となってしまったのだ。
欧州にある穀倉地帯はソコだけと言う訳では無いが、少なくない割合がソコから輸出されて居たのだから、ソコが戦乱に巻き込まれれば当然の様に小麦の供給量は世界的に減り、結果として世界中で穀物価格が高騰する事となったのである。
けれどもソレも宇宙カマキリの出現と共に治まった……治まってしまった。
西側諸国が援助はしても直接参戦出来なかった最大の理由は、某国が持つ核兵器の恐ろしさにある。
万が一にも追い詰められた某国が核兵器を使ったりした場合には、参戦した西側諸国も同様の報復を行わざるを得ない。
その結果待っているのは前世紀に良く描かれた、核の炎で文明が焼かれ荒廃した荒野で何とかごく少数の人間が生きる【世紀末】と呼ばれる様な世界の到来だろう。
ソレにかの国は国連の常任理事国の一つでも有ったが故に、国連を通じての【国連軍】を招集すると言う事が出来なかったのも大きな問題の一つだったとシンは考えて居た。
けれども宇宙カマキリの出現は、地球人類同士の戦争と言う《《盛大な無駄》》を行う余裕を全人類から奪ってしまったのだ。
奴等は動物だけで無く人間も容赦無く襲い殺し食う、そしてその先に待っているのは、銀河連邦共和国に依る【惑星破壊兵器・プラネットランス】での地球消滅である。
そりゃ昨日の敵は今日の友と一致団結する……なんて事は出来やしないが、ソレでも人間と言う物は少なくとも共通の強敵が居る間は、互いの足を引っ張る程度はしても敵の目の前で直接殴り合う程バカではなかったらしい。
ちなみにこの場合の敵は宇宙カマキリだけで無く、銀河連邦共和国も指している。
古くから秘密裏にでは有るが交流を持っていたアメリカと、ソコと敵対関係に有る国では、銀河連邦に対する見方が大きく違うのは仕方の無い事だろう。
特に日本を目の敵にして居る東アジア諸国からすれば、《《何故か》》銀河連邦の連中は日本を贔屓して居る様にも見える資材の配分をして居るのだから、その辺の感情も相まって憎々しく思えても不思議は無い。
とは言っても例のパンフレットを見る限り、日本のお隣に有る半島国家発のコンテンツも相応に銀河連邦で人気を博しているし、ソコはアメリカとも同盟関係を結んでいるのだから当然相応の資材は回されている筈なのだが……まぁお国柄と言う奴なのだろう。
そんな事を考えていたら……腹が減って来た、と何処かの深夜ドラマの様な感覚に囚われたシンは、手早く携帯電話を操作して、近くに有る店を適当に検索する。
何となく今日は何時も通い慣れている様な物では無い物が食べたくなったのだ。
コレが雪の季節ならば徒歩圏……つまりはススキノから札幌駅周辺までの所謂【市街地】エリアに限定されるのだろうが、今は自転車を使って札幌市内ならばどこにでも行けるシーズンである。
「お……ココ美味そう……円山かぁ……そんなに離れてないな」
普段から自転車を止めている駐輪場から、円山……札幌市街地からさほど離れていない所に有る……と言っても円山公園とソコの名前を冠した円山公園駅までは、およそ3km少々と徒歩で行こうと思えば一時間近くが掛かる距離だ。
地下鉄を使ったとしても大通り駅から円山公園駅までは3駅の距離が有る。
けれどもシンの乗るロードバイクならば道路交通法を遵守して走ったとしても10分から15分程度で付く距離なので、彼の感覚で言えば【そんなに離れていない】と言う事になるわけだ。
ちなみに【お隣まで30km】とか【30kmは近所】等と言う【北海道はでっかいどー】案件は、牧場や田畑が広がる様な地域での話で、札幌の様な都市圏ではお隣と言えば普通にお隣だし、30kmは【十分に遠い】の範疇に成る。
3kmだって普通ならば十分に遠いの範疇と言えるし、自転車で移動する距離のとしては割と長い部類に入るだろうが、ロードバイク乗りの距離感は大体バグってるのでこういう物言いに成る訳だ。
なおシンが目を付けたのは、サンドイッチとワインを看板に掲げる店で、ローストビーフサンドとサバサンドが彼の食欲に火を灯したのである。
なお残念ながら自転車でも飲酒運転は犯罪なので、彼は店の看板に掲げられているワインを口にする事は最初から諦めて居た。
「コレ絶対、コーラに合う奴だ」
彼はガラナも好きだが、それ以上に赤白青のトレードマークでおなじみのマイナーな方のコーラを、それもゼロカロリーの物を愛飲して居る。
ソレと今見つけた店のサンドイッチは合う……と彼の直感が働いたのだ。
まぁコーラと合わない食べ物の方が稀有と言えば稀有だと言う話も有るので、その直感が何処まで信用出来るのかはまた別の話では有るが。
兎角シンは何時も通り、アニメグッツを取り扱う店舗が入ったビルの直ぐ近くに有る地下駐輪時用へと徒歩で向かい、ソコから愛車を引き出すと札幌の市街地を颯爽と走り出す。
札幌の街中を自転車で移動する際には大通り公園の脇、つまりは大通りを走るのが恐らく一番楽なルートだろう。
大通り以外にも自転車レーンを示す青線が引かれた道路はいくつか有るのだが、殆どの場所で路上駐車の自動車がレーンを塞いでいる為に、結局車道にはみ出して走る羽目に成るのだ。
その点、大通りは比較的駐車禁止の取締が厳しい事から、路上駐車は割と少なく自転車レーンを一気に駆け抜ける事が出来るのである。
今の時期は大通り公園ではさっぽろオータムフェストと言うイベントが開催されており、4丁目から11丁目までの殆どの場所がビアガーデンの様相を呈していた。
ソコに入っている道内各地から集まった様々な店のブースを巡るのも悪くは無いとは思うのだが、イベントの性質上ビールと切っても切り離せない……と言う印象が有る為、自転車で移動してるシンとしては敬遠して居るイベントである。
道を挟んでも漂って来る美味そうな香りに後ろ髪を引かれながら、シンは一路円山公園駅を目指して西進するのだった。




