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Space Mantis Line~宇宙蟷螂戦線~  作者: 鳳飛鳥
#.1北海道奪還戦線

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第27話:古強者の事情と技術

古いドラマで有名な富良野市の西に広がる芦別市南部の山中での宇宙カマキリ駆除を終えると、何時もの様に打ち上げと称した宴会が始まったのだが……今日は何か雰囲気が普段とは違っていた。


「なぁ爺さん、今日は酒の進みが遅いんじゃないか?」


 もともと熊撃ち猟師をして居たと言う酒飲みのマーセは、二日酔いも悪酔いもする事の無いサブボディでの宴会を特に楽しんでいた筈の一人である。


 普段ならば比喩表現では無く浴びる様に豪快にジョッキを傾けて、お高いポイント設定がされて居る酒を呷っている彼が、今日は度数こそ高い物のリーズナブルな値付けがされた酒をちびちびとやっていたのだ。


「ああ、昨日だか話題になったパンフレットがあっただろう。あれを見てなぁ……俺がポイントを貯めりゃ孫に宇宙の病院で治療を受けさせてやれるんじゃねぇかと思ってな」


 そんなセリフから始まった元猟師の老人には、心臓の弱い孫娘が居るのだと言う。


 今のままでも即座に命に関わる様な状態では無い物の、激しい運動は勿論、精神的な興奮による心拍数の増加ですら、心臓に激しい痛みを引き起こし、場合によっては数日の入院となる事すらあるらしい。


 ちょっとした興奮ですらソレなのだから、万が一にも誰かに恋する様な事があれば、そうした苦しみに年から年中襲われる事になるだろうし、恋が成就したとしても身体を重ねたり、妊娠や出産と言ったリスクに心臓が耐えられない可能性は割と高い。


「結婚だけが人生じゃねぇが、女として生まれたのに恋する事も許されずに生きねば成らないんじゃぁ、あんまりにも不憫じゃねぇか。んでも治すにゃぁ心臓移植しか方法が無いらしいんだわ」


 他の者達と変わらないサブボディであるが故に、見た目だけは老人とは思えない状態だが、寂しそうにそう語る目は様々な経験を積み重ねた者にしかできない老父の物だった。


 心臓移植と言うのは手術の難易度もそうだか、それ以上に移植する為の心臓を提供するドナーが出てくる可能性の低さが問題になる。


 モノがモノだけにドナーは確実に死者だが、心臓が健康な状態のままで死ぬ確率と言うのはどれ程のものだろう?


 しかも摘出してから時間が経てば当然劣化する為に、言い方は悪いが【新鮮】な状態で無ければ移植に使う事は出来ない。


 更には抗体の適応型と言う物があるらしく、誰も心臓でも合うとは限らないのだ。


 故に心臓移植を必要とする疾患は、他の疾患に比べるとどうしても費用面もそうだが、運に影響される面もかなり大きなウエイトを占める事になる。


 だがあのパンフレットに有った通り、セブンスムーンの医療ならば本人の遺伝子情報と抗体情報から作り上げた【健康な心臓】を用意し、ソレを移植する事で間違い無く完治させる事が可能なのだ。


 そこまで孫の身体を想うならば完全に酒を断ってポイントを貯めれば……と思わなくも無いが、生身の身体の方は既に酒を飲む事を医者から止められている状態な為、ここでしか飲めないのだから節度を持って飲む分には仕方ないのだろう。


 実際、今までは一晩の稼ぎを使い切る勢いで高い酒とツマミをばかすか買っていたのに、今日飲んでいるのは大ジョッキ1杯で2ポイントとかなり安価と言える酒に、1ポイントで相応の量が出てくる珍味の類だけだ。


 マーセの収入は宇宙カマキリを撃破した際に付与される討伐報酬だけでは無い、サボってさえ居なければ日当として100ポイント……1ドルを150円とした場合、1万5千円が日当として支払われる事になる。


 更にマーセの行動はチップを通して全てが記録されており、ソレを元に算出される様々な【貢献】に対しても報酬が支払われる為、稼げる者ならば1回の出撃で1000ポイント……15万円もの金額を稼ぐのも夢では無いのだ。


 コレが生身で実際に命を掛けた戦場だと言うのであれば、かなり安い報酬だと言えるだろうが、サブボディのお陰で痛い思いはするにせよ死ぬ事は絶対に無いのだから、妥当と言えば妥当な金額と言う事になるのだろう。


 ちなみに先日シンが経験した生身での戦闘に関しては、チップを身に着けて居なかった事も有り銀河連邦共和国からの報酬は無い物の、日本政府からは後日では有るが相応の報奨が貰える……と北海道警察からは言われて居たりする。


 その際に正礼装を1着用意する様に言われた事を考えると、もしかしたらでは有るが止事無き御方に呼ばれる可能性すらあり得る戦果をと言えるだろう。


「爺さん、今日はどんだけ稼いだんだ? コロニーに上がって治療を受けると成るとかなり稼がないと難しい筈だけど?」


 孫の為にポイントを貯めると宣言した熊撃ちの爺さんに興味を惹かれたシンは、普段の様に打ち上げをブッチしてさっさと帰るのを取りやめ、自分も比較的口に合う安価な酒を買うと老人の隣に腰を下ろした。


「ん? 今日は確か2200……だったかな?」


 そして彼が口にした数字を耳にした直後、口に含んだ酒を盛大に吹き出した。


「ソレ、ランキングトップに近い数字じゃねぇか! え? 俺この前1800ポイントでランキング入りおめでとうとか言われたんだが?」


 付与ポイントを確認したのは、あまりにも少ない数字ならば余計な夢を見る方がよほど残酷だと考え、場合に寄っては諦める様に言うつもりだったからだが、どうやらその心配は無い程の豪の者だったらしい。


「ん? 俺は毎回2000近いポイント貰ってるぞ? ポイントがすくねぇ奴は大体は無駄死にして余計な身体を買ってるからだからなぁ」


 サブボディは毎回配布される最初の1体と予備としての2体は無料だが、ソレを越えての死に戻り(リポップ)には1体当たり100ポイントが報酬から減額される事になっている。


 報酬額がゼロ以下に成る様な【死に過ぎ】を行った場合には、何度かの警告の後にマーセの資格が停止されると言う処分が待っているが、だからと言って後から賠償金の支払いを命じられる様な日常生活へのリスクは無い。


 先日の札幌市内で行われた大規模作戦の様な【指揮官に拠る死に戻りの強要】が有った場合には、予備を使い切った後の減額は当人では無く指揮官の報酬から引かれる事になっている為、あんな無茶は早々出来る者では無いのだ。


 実際、あの作戦で中隊長殿とやらはどれ位の報酬を受け取る事が出来たのだろうか?


 少しだけ興味が湧いたが、今は目の前の老人の叩き出している数字の方が気になった。


「いやいや、俺は普段から余計な身体なんか買わずに済んでるけど1500行くのも稀だぞ? あんたどうやったらそんなに稼げるんだよ!?」


 シンが持つエコロケーションと言う技術は、索敵と言う点で極めて有用な技術で有り、特に夜間に駆除作業を受け持つ者の中では、飛び抜けて安全マージンを取った狩りが出来ている部類の筈だ。


 そんな彼を軽く上回る老人の技術とは一帯どの様なモノなのか?


「別にそんな特別な事なんざぁしてねぇよ? アイツ等も生き物である以上は痕跡なんざ幾らでも残すからな、ソレをきっちり見つけて対処すりゃ、どこに隠れてるかなんてのは誰でも分かるべさ」


 ジョッキを傾けながらなんて事は無いと言う風に言っているが、ソレは完全に熟練の猟師だからこそ出来る高等技術としか言いようの無いモノである。


 曰く、宇宙カマキリの移動した跡は他の動物の痕跡とは少し違い、足跡や糞なんかは他の動物のモノとは明確に違う為、ソレを見分ける事が出来れば、後は地形図なんかを見るだけでどの辺に隠れているのかは容易に看破出来ると言う。


「ぶっちゃけアイツ等の跡を探すのはヒグマより楽だぞ? アイツ等は自分達を殺せる生き物は居ないと思ってるんだろうな。痕跡を残さねぇってな動きが全く無ぇんだ」


 ソレは作られた生物で有るが故か、本来ならば本能的に持っているであろう生存本能の働きが弱いのかもしれない……そんな事を考えながらシンは歴戦の熊撃ちにお代わりの酒を奢って更に話を引き出す事にしたのだった。

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