第25話:宇宙人の技術を学ぼう、医療
「うわ……」
セブンスムーン・シクススの紹介記事に目を向けたシンは、一目で思わずそんな事を呟いた。
何もドン引く様なヤバい事が書かれていた訳では無い、むしろ内容的にはサードやフォースにフィフスの方が余程過激で下世話だったとすら言える。
ではなぜそんな声が漏れたのかと言えば、今までマーセの活動に否定的だった者や興味を持たなかった様な者が、一気に流入する様が目に見えたからだ。
シクススが掲げるメインの分野は……医療である、ソレも地球の科学では解明出来て居ない病気や、治療するのが不可能な怪我すら治癒する事が出来る、超科学の産物とでも言うべきモノである。
分りやすいのは四肢を怪我などで失い義手や義足を付けて生活して居る者が、シクススの技術ならば新しい腕や足を本人の遺伝子情報から培養し、ソレを移植する手術……なんて事も可能なのだ。
当然ソレは手足だけで無く内蔵疾患の類にも応用する事は出来るので、地球の技術ではドナーが居なければ治療する事が出来ない様な病気すら、簡単では無いにせよ治療する事が出来ないと言う訳では無い。
もっと言ってしまえばマーセ達が使う培養量産型サブボディの様に、健康な人体を丸っと培養してそこに精神を移し替える……なんて真似すら不可能では無いと書かれている。
完全なクローニングで生み出された人間は、本人とは別の魂を宿した別人で有り、その肉体を乗っ取るなんて真似は銀河連邦の法律でも固く禁じられた行為では有るが、そもそも魂を持たない肉体を培養する事が出来たならばその限りでは無いのだ。
地球では非科学的なオカルトと一笑に付す筈の心霊医療とでも言うべき類のモノですら、彼らの文明では既に解き明かされた科学の一端であり、魂や死後の世界なんてモノを観測する事すら出来ている文明では【生命の定義】自体が違ってくるらしい。
菓子パンの顔を持つヒーローじゃないが、怪我や病気をしても【新しい身体よ!】とばかりに交換が効くならば、銀河連邦の人間は割と真面目に不死に片足を突っ込んでいると言えるだろう。
とは言えさすがにそこまで人間と言うモノは便利には出来て居ないらしく、身体を乗り換える場合には多少の疾患をなかった事にする程度の【誤差】は許されるが、大きく若返らせた肉体に乗り換える様な真似をすると魂の方に歪が溜まり結局早死するらしい。
パンフレットに曰く、人間が人間足らしめて居るのは肉体や頭脳では無く、魂魄で有りソレを観測する事は出来ても弄り回す様な真似は銀河連邦の技術を持ってしても不可能であると言う。
少なくとも今の段階では銀河連邦の技術でも、人類永遠の夢とも言える不老不死は不可能らしく、通常の人類だとコストを度外視して様々な手を尽くしても200年持たないのだそうだ。
しかし人生100年時代等と謳ってしばらく立つ現代日本と比べても、200年と倍時間を生きる事が出来ると言うのは大きな魅力だろう。
金や権力を有した者達が自身のソレを使ってシクススの医療を受けたいと考えるのは、このパンフレットを読めば誰の目からも明らかである。
ただ問題はシクススに限らずセブンスムーンでのありとあらゆるサービスを受けるには、地球の通貨や物品では無く銀河連邦の通貨が必要と成ると言う事だろう。
一応、銀河連邦が地球のコンテンツで稼いだポイントは、アメリカ政府経由で各コンテンツホルダーに地球の通貨に換金して分配されては居るらしいので、アメリカ政府ならばある程度のポイントを確保して居る可能性は有る。
しかしソレ等の多くは地球上に繁殖してしまっている宇宙カマキリの対策に使うのが第一で有り、この件に関してはアメリカや日本と敵対して居る陣営だから……とハブられる様な事はして居ない。
何せ万が一にも地球上の何処かで宇宙カマキリが大繁殖した結果、その周囲の生物を食い尽くしでもしたならば、奴等は共食いを始めその後に待っているのは、再び宇宙へと卵を発射すると言う行為である。
銀河連邦政府はソレだけは絶対に防ぐ必要が有ると考えているそうで、もしも地球のどこかでその様な事態に陥った時には、地球のコンテンツ産業を切るのは勿体無いが……地球を惑星破壊兵器【プラネット・ランス】と言うモノで破壊すると言っているのだ。
コレをただの虚仮威しと取るかガチと取るかは、割と人それぞれ意見が分かれている所では有るが、少なくとも現在の日本の首相とアメリカ大統領はガチと考えて、国連を通じて非加盟国にまで宇宙カマキリ対策では協力する……と断言して居る。
まぁ……どっかの国ではトップは兎も角、下っ端が手柄を焦って折角分配された機材を勝手に分解してリバースエンジニアリングを試みた挙げ句、何の成果も出せずにぶっ壊しただけ、なんて事をやらかしているらしいが。
兎にも角にも銀河連邦共和国全体をカバーする日本で言う皆保険制度の様な物は無く、連邦に属する各星系国家毎に医療体制は違うそうで、セブンスムーンの居住者はセブンスムーン独自の保険制度に加入が義務付けられているとパンフレットには書かれている。
それ故にその保険制度に組み込まれていない地球人がシクススで医療サービスを受けようと思えば、満額のポイントを支払う必要が有ると言う訳だ。
医療行為なんてものは保険の適用が無ければ素人目には簡単と思える様なモノですら、軽く万の額が掛かるのは普通である。
皆保険制度と高額療養費制度が有る日本だと大病を患っても、即座に破産なんて事には早々ならず割と何とかなるイメージが有るだろう。
けれども海外旅行なんかの際に現地で使える保険に入らずにその土地の医療を受けた際、とんでもない額の請求が来て人生詰んだ……なんて話は割と耳にする筈だ。
皆保険制度が資本主義的では無いとか、共産主義的だとか、アメリカは他国とは違う例外の国だとか、生きるも死ぬも個人の自由でありソレを尊重するべきだとか、エリートが得する仕組みだとか、国がやる事には取り敢えず反対……。
数えれば切りが無い程の理由で、アメリカと言う国では地球の先進国としては珍しく皆保険に類する制度が議論されては頓挫して来た国である。
そんなアメリカでは、金さえあれば簡単に治療出来る様な病気でも、医療に掛かる為の費用が払えずに亡くなる者はかなりの数に登ると言う。
日本だと考え辛い事だが、海外では救急車を呼んで病院へと搬送して貰うだけでも、結構な金額を請求される事になるのだ。
そしてそうしたリスクに備えて、普段から入って置くべきなのが民間の保険と言う事に成る。
皆保険に加えて民間の保険と言う二段重ねの仕組み事態は割と何処の国にも有る物だが、恩恵を受ける事が出来るのは結局は普段から万が一に備えて費用を支払っている者達だけだ。
シクススの医療も当然ながらその様な保険制度の中で運用されて居るモノで有る以上は、無保険者がその恩恵に預かろうと思えば満額の支払いが前提と成ってくる。
そんな状況だとしても夫婦や親兄弟に子供と孫、或いは自分自身の健康を取り戻そうとシクススの医療に希望を見出し、その費用を貯める為にマーセをやろうと言う者は、このパンフレットの内容が世に出ればきっと増えるに違いない。
今現在、日本に限って言えばマーセは余っているとまでは行かないが、それなりに必要な人員を満たしていると言える。
それでも地球全体から見ればほんの小さな島国の中ですら、宇宙カマキリを完全に駆逐出来て居ない以上、もっと国土が広く人口が少ない国や地域では絶対的に人手が足りない事は容易に想像が付く。
「……もしかしてこのパンフレットって、つまりはそう言う事か?」
このパンフレットを用意したのはプラットフォームの事を考えれば、間違い無くセブンスムーンの役人だろう。
恐らく彼らは未だ遅々として進まぬ地球の宇宙カマキリ駆除を加速させる為に、一人でも多くの者がマーセとして活動する事を望んで居るのだ。
確かにファーストからフィフスまでの観光も、十分に魅力的なモノでは有るが、シクススのコレは劇薬と言って良い程に強く作用する事になるだろう。
そしてそのしわ寄せを受けるのは、恐らく現場で既に活動して居る俺達マーセ達だ。
幾らサブボディは輪切りにされた所で命を落とす事は無いとは言え痛いモノは痛いのである、シンだってその痛みを超える【知的欲求】が無ければ、とっくのとうに心折れて居ただろう。
現在活動して居るマーセの中では比較的新参と言えるシンだが、コレから新規で入ってくる者が増えてくれば、分隊長を任される事も十分にあり得る話だ。
生活に余裕が有るからこそ、責任と言う重いモノを背負いたく無いと考えている彼にとっては気の重いだけの事実に気が付いてしまったシンは、ため息を一つ吐くと最後に残されたセブンスの紹介ページに手を伸ばすのだった。




