第22話:宇宙人の技術を学ぼう、農業・工業
セブンスムーンそれは地球の上空、月の公転軌道上に等間隔に並んだ、銀河連邦政府直轄のコロニー群で有る。
その名の通りファーストからセブンスまでの七つの球形コロニーは、それぞれが別々の産業の為のコロニーで有り、七つの人工環境だけで中で生活する者達が不自由せずに、超長距離の宇宙航海が可能な様に作られていると言う。
農業コロニーとして作られたファースト内では、様々な野菜類が地球でも行われている様な水耕栽培の所謂【野菜工場】は勿論の事、大規模なプランターを使った土壌栽培も行われているらしい。
更には果樹の栽培に牛や豚の様な家畜の飼育まで行われており、陸上で手に入る食品の大半はこのコロニーで生産が可能だとパンフレットには書かれている。
「サブボディなんかを培養出来る技術が有るなら、食肉も培養で作るのかと思ったが……わざわざ育ててるのか」
自宅に帰ったシンは銀河連邦謹製の電子書籍端末、通称【ペーパー】にダウンロードしたセブンスムーンの観光パンフレットに目を通していた。
その言葉の通り宇宙を題材とした物語だけで無く、少し先進的な科学技術を持った荒廃した世界を題材とした物語でも、そうした培養肉の類は割と安価な食材として一般的に出回って居る物だし、現在の地球でもソレに近い物は作る事が可能だった筈だ。
欠損した四肢を機械で補うよりも、その部分だけを培養して移植する方が圧倒的に安く済む……と言う銀河連邦共和国の一般的な医療事情を鑑みても、ヘタをすれば【牛タン】だけを培養し量産するなんて真似すら不可能では無いだろう。
にも拘らずソレが為されていないのは【培養肉は不味い】と言うのが銀河連邦では常識とされて居るからである。
もっと言ってしまえばセブンスムーンの様な超長距離を航行する事を前提とした宇宙船兼コロニーならば、限られた空間や資源を大切に使わなければ成らない縛りが生まれるが、多くの星系国家ではその惑星で生活出来る人口にある程度余裕を持つのが普通なのだ。
銀河連邦共和国に所属する星系国家全般に共通する事項として、コロニー居住者と言うのは基本的に惑星から宇宙へと上がる事が出来た【エリート層】で、地表から出る事が出来ない者達よりも良い生活をするのが一般的なのである。
なにせコロニーと言う場所は衣食住だけで無く、呼吸をする空気にすらコストが掛かる場所である為に【穀潰しに吸わせる空気は無い!】とすら言われる程に、稼げない人間に厳しい環境なのだ。
その為コロニー居住者が税金を滞納する様な事が有れば、サクッとコロニー外退去処分が下されると言う。
勿論、退去処分と言っても宇宙空間にポイッと捨てられる訳では無く、最寄りの人類生存圏となっている惑星に降ろされる事に成るのだが……その先に着いてはパンフレットに書かれて居らず今のシンに知る術は無い。
兎にも角にもセブンスムーン・ファーストで農業に従事して居る者も、銀河連邦共和国と言う大きな括りの中で言うならばエリート層に区分されるだけの稼ぎを得ている人材である事に違いは無いのである。
何せセブンスムーンの人口は7基全てを合わせておおよそ一億人程と、地球で言えばそれ相応の国一つと同じだけの人数が暮らして居るのだ。
ファーストで生産される食品はその一億人が飢える事が無い様に、更には美食欲求が満たされる様に、様々な気遣いの下で生産されて居る。
低コストな培養肉では無く、それ相応のコストを掛けてでも家畜にストレス無く生育出来る様な環境を整えているのも、そうした方が美味い肉が生産出来るからなのだ。
「牛とか豚とか……地球の家畜そのまんまだなぁ。もっと宇宙っぽい食材とか無いのかね?」
ファースト観光に着いて書かれた部分を一通り読み終えたシンは、思わずそんな言葉を口にする。
別段彼にゲテモノ食いの趣味が有ると言う訳では無いが、所変われば品変わると言う言葉の通り、地球では目にする事の出来ない様な食材がゴロゴロ有ると思ったのだが、残念ながらそうした物はパンフレットに乗っている画像や映像には無い。
ちょっと拍子抜けしたな……と言う様な印象を持ちながら続けて工業コロニーであるセカンドのページを開いて見る。
するとシンの目は新しいおもちゃを貰った子供の様にキラキラと輝きだした。
宇宙と言えば、SFと言えば……と言われて恐らく一般の人が最初にイメージするだろう物、つまりは巨大ロボらしき物の写真が乗っていたのだ。
【大型作業用重機:メガレイバー】と書かれたその写真に映っている機体は、その名の通り戦闘用のソレとは思えない程にシンプルな構造で有り、その表面は装甲の類と言うよりは宇宙服をそのまま巨大化した様な物に見える。
大型宇宙船やコロニーの様な巨大建造物を宇宙空間で建設する際、小さな部材を地上で造りソレを一々打ち上げて組み立てると言うのは、余りにも無駄なコストがかかり過ぎる為、普通は宇宙空間で部材を精製し組み立てると言う方法が取られるらしい。
その際に巨大な部材をの組み立て作業を行う作業員こそが、このメガレイバーなのだ。
メガレイバー最大のメリットは、生身の人間が地上で経験した建設作業の技術を、そのままサイズだけ巨大化した様なやり方で、当人の持っている技術を活かして作業する事が出来ると言う……その一点に集約されるらしい。
セカンドは基本的には地球へ輸出する為の工業製品を造るコロニーでは有るが、セブンスムーンの保守点検や万が一破損などが起こった再に修理する為の部材や、作業員としてのメガレイバーの生産も出来る様になっているとパンフレットには書かれている。
このコロニーでの観光は工場見学の様な物がメインでは有るが、相応のポイントさえ支払えば、宇宙空間でのメガレイバー操縦体験なんて事も出来るのだ。
……何故かメガレイバーに関する説明のページには【メガレイバーは戦闘用ではありません】ときっちり注釈文が入っている辺り、巨大ロボが有ればソレを兵器転用しようと言う発想は何処の文化圏でも普通に生まれる物なのだろう。
とは言えシンは大艦巨砲主義の行き着いた先を知っている事と、プロゲーマー時代に交流の有った同じチームのメンバーに割とガチ目のミリタリー系ヲタが居た事で、巨大ロボのロマンは認めるが、戦場での有用性には懐疑的な立場だったりする。
確かに巨大な歩兵と考えれば相応に使える場面は有るかもしれないし、メガレイバーのマニピュレーターが人の手を模したソレで有る様に、特殊なアタッチメント無しで装備を簡単に持ち替える事が出来ると言う点は大きなメリットと言えるだろう。
けれども被弾面積を可能な限り小さくしたり装甲板の厚みを調整するなどして、軽量化しつつも生存性を高めた戦車や戦闘機と比べると、どうしても『無駄の多いデカい的』と言う印象が付き纏うと言う。
シンは東京に居た頃に一度実物大に再現された巨大ロボの立像を見に行った事が有るが、アレがアニメの様に素早く動く事が出来るならばそれ相応の脅威と成るとは思った。
がそれと同時にデカい物はどうしても動きが鈍く成るものだ……と言う常識から考えて、戦車や戦闘機の打ち出す砲弾に耐えうる装甲が無ければ、やはりデカい的でしか無いだろうな……とも思った物だ。
このメガレイバーと言う機体は全長がおよそ8m程と、シンが見に行った機体に比べると半分以下の大きさでは有るが、建造する物の大きさに合わせてより巨大な機体が使われる事も有るそうなので、コレは観光客向け体験会用の機体の様である。
大きい物を動かそうとすれば、それだけで巨大なエネルギーが必要に成る事を考えると、デカい機体は鈍いと言うのは割とどうしようもない物理法則の範疇だと、シンは考えているが、そもそも宇宙を渡る様な連中の技術が地球人の尺度で図れる筈もない。
そんな事にも気付かないままに、彼はセカンドでのメガレイバー操縦体験からは興味を失い、サードに関して書かれたページに進むのだった。




