第20話:過酷な戦場と悲しい青春時代
あれから更に三回程死に戻りを繰り返しつつも、前線は間違い無く押し上げられていた。
普段はある程度散開して敵を捜索しつつ、その密度が濃い地点を探す事で営巣地を特定するのだが、今日は最初から其処にソレが有ると解っているかの様に、大量に展開された人員で周辺を包囲し、その輪を少しずつ潰していく……そんな風に動いている様に思う。
いや……恐らくは昨日丸一日を掛けて警察や自衛隊そしてドローン空撮系企業なんかを総動員して、空高い上空からだけでなく森の中もある程度偵察を行った事で、どの辺に宇宙カマキリが密集しているかを掴んで居たのだ。
通常ならばここまで多くの人員を動員するのはコストに見合わないと判断され、多くとも小隊規模の人員を交代を交えつつ時間を掛けて一つの営巣地を探索して潰すのだが、今日は是が非でも今夜の内に決着を付けたいと言う事らしい。
そう考えれば偵察にも普段よりも多くの経費が投入されたと見て間違いないだろう。
幾らでも変えが効く小型のドローンだって決して無料と言う訳では無く、障害物の多い森の中を木々の枝をかい潜って飛ばす事の出来る様な操縦技術を持つ者を雇おうと思えばそれ相応に金が掛かる。
マーセに支払われる報酬である【ポイント】正式には【銀河連邦共和国共通通貨:マニゴルド】は、日本政府でもアメリカ軍でも無くその名の通り銀河連邦共和国政府が……もっと言ってしまえばその下で活動するとある企業が負担して居るのだ。
故に多少日数や人員が掛かろうと地球側の持ち出しは無いに等しい為、作戦の規模なんかはその都度地球上空に有る【セブンスムーン】と呼ばれるコロニーに滞在する銀河連邦の役人がコストと重要度を鑑みて決めていたりする。
無論、だからと言って地球側が何の口出しも出来ないと言う訳では無い。
日高の方の馬産地で宇宙カマキリに対して別途懸賞金を掛けて居る様に、地球側が費用負担を申し出る事で作戦の規模を拡大したり、順番を意見したりする事は十分に可能なのだ。
今日の作戦に対して何処まで日本政府や北海道議会に札幌市議会辺りが口を挟んだのかは分からないが、何の働きかけも無く通常よりも明らかに大規模で強引な作戦を展開するとは考え辛かった。
「……軍曹、あの大岩の向こう側に6匹固まって居ます、内一匹は少し小さいから多分雄ですね。しかも距離が近すぎる事を考えるとヤッてる最中なんじゃないですか?」
宇宙カマキリはおおよそ半年を掛けて成長し、半年毎に交尾と産卵を繰り返す。
産み落とさた卵は一ヶ月程度で孵化し地球に従来から存在するカマキリと同じ様に、ごくごく小さな幼体から何度も脱皮を繰り返して、最終的に今の異様とも言える巨体へと成長するのだ。
そして今は本来ならばその産卵も一段落し、御局様と呼ばれる産卵に失敗した個体達が、営巣地を守っている筈の時期なのだが……どうやら少し遅れて繁殖期に入った雄が御局様達に両方の意味で食べられている所らしい。
……シンは所謂【おねショタ】と呼ばれる類の性的嗜好は理解出来なくも無いが、同じ年の差でも自分の同年代女性と中高生男子となると、途端に禍々しい物を感じる様に思えるのが不思議である。
いやまぁこの手の話は年齢差の問題では無く、相手が【年端もいかない子ども】と【大人】であることが問題で有り、どちらも成人年齢を過ぎていれば大きく歳が離れたカップルでも何ら不思議は無い。
宇宙カマキリの御局様と若い雄が、実際に人間換算でどれ位の年齢に当たるかは分からないが、自分より大きな雌に無理矢理性的な意味で食われた上に、物理的な意味でもムシャムシャと食われると言う末路に対して哀れみにも似た感情を抱いた。
ちなみに完全に余談では有るがシンは女性経験の無い所謂【童貞】である。
青春を謳歌するべき年頃の中学時代は兄が持っていたパソコンに入っていた歴史シュミレーションゲームにハマり、学校が終われば即座に家へと帰ってソレを遊ぶのに時間を費やしていた。
そして高校に進学してからは公立高校への進学祝と貯金を吐き出して買ったロードバイクの所為で、自転車競技部の先輩達に目をつけられ半ば強制的に入部させられた上に、3年時にはインターハイでロードレースの北海道代表に成るまでガチで部活に勤しんだ。
思いっきり体育会系な青春を過ごした結果、色恋沙汰の様な甘酸っぱい物を経験する事無く彼は大学へと進学する事に成る。
今度こそ彼女を作って楽しいキャンパスライフを……と、思っていたらインターハイ出場経験者と言う肩書きは、やっぱり体育会系自転車競技サークルの先輩に目をつけられたが、なんとかソレを回避しポタリングサークルへと籍を置く事に成功した。
が、問題はソコのサークルがポタリング……つまりは自転車散歩の看板を掲げて起きながら、札幌市を中心に近隣地域の美味い店をロードバイクの移動力で巡る……と言う、飯食い系サークルだった事だろう。
そのサークルに所属して居た当時は、所謂ドカ盛り系の店が北海道大学近辺に多数存在して居り、先輩たちの案内でそうした店へと行ったり、コスパが良くて美味い店を新規開拓したり……と言った活動がメインだった為、女子受けする様なサークルでは無かったのだ。
更に大学時代後半には彼がプロゲーマーへと登り詰める事に成るFPSと出会いのめり込み、やはり異性とお付き合いする様な機会は大きく失われていった。
そしてプロに成ってからは初回の優勝で得た莫大な賞金の所為で、完全に欲に目が眩んだ下心しか無い女性としか出会う機会が無く、結局30代半ばまで童貞を拗らせた……所謂【魔法使い】に成ってしまったのである。
「んだよ……つまりはサクッとぶっ殺せるって事じゃねぇか! しかも相手は男一人を5人で囲んでヤッてるってか? どんだけエゲツねぇ連中なんだよ、でもまぁクソムシ共がこれ以上繁殖しないようにすんのが俺達の仕事だから……乱入して一気に潰すぞ!」
ああ、成る程な、考えて見れば只の事案と言うだけで無く、もしも奴等の今交わっている一匹が即座に雄を食い殺さず、次々と別の雌と交尾を繰り返した場合には5匹分の卵が更に追加されると言う事に成る訳だ。
知能の類は無いとされて居る宇宙カマキリに、そんな判断が出来るとは到底考え辛いが可能性としてはゼロで無い上に、どうせ潰す相手ならば動きが止まっているであろうこの機会を生かさない手は無い。
「おいゲームチャンプ、お前の下に何人か付けてやる。安心しろそっちにやるのは民間人だけだ。軍人連中は俺が受け持つ、アイツ等はどんなに有能でも民間人ってだけで見下す奴が多いからな。だが俺は違う、出来る奴はどんな立場でも出来る奴だって分かってる」
その瞬間の二人の表情は、全く同じ造りの顔をしたサブボディにも拘らず、誰でも二人が完全に別人であると断言出来る程に大きく違う物だった。
シンのソレが小さな驚きと恐れに近い物に彩られていたのに対して、軍曹のソレは肉食獣が獲物を前に牙を剥き出しにした様な獰猛な笑みだったのだ。
手早く指示を出していく軍曹がシンの下へと割り振た人員は、皆が皆先ほどの表情を見て余りにも恐ろしい物を見たと言わんばかりの様子でドン引きして居る。
いや、まぁ……うん、シンも正直ドン引きする思いは他の者達と一緒では有るのだが、FPSに限らず匿名での対戦が当たり前のオンラインゲームだと、他者を口汚く罵る様なやからは決して少なく無い。
そう言う意味でシンは割とアレな人物に対する耐性がある程度有していると言える、もちろんだからと言ってヤクザが裸足で逃げ出しそうな獰猛な笑みを見せられても平気かと言えば当然そんな事も無い訳で……。
サブボディには排泄と言う機能が無くて良かった……なんて事を考えながら自分の下に付けられた者達に向き合うのだった。




