第2話:彼を知り己を知らば
「ハハッ……マジかよ。此処までの斥候能力を持ってる奴なんざぁ米軍にも早々居ないぜ? お前さんは誇って良いぞゲームチャンプ。此れだけの事が出来るならマジの戦場でも立派な戦力だ」
微苦笑混じりの表情で分隊長がそんな言葉を口にする。
最初の会敵からシンは立て続けに3回、敵の位置を把握し先手を打つ切欠を作った事で、この分隊は今日の戦闘に置いて負傷者一人出して居ないのだ。
「アイツ等はあのカマがエゲツ無い程よく切れるのがヤベーだけで、飛び道具を持ってる訳じゃねぇから、先手さえ取れれば怖い敵じゃねぇよなマジで。まぁ其れも此れもコイツが有ればこそだが」
分隊長とは別の……やはり全く同じ体格で顔立ちも瓜二つながら、表情で別人だと分かるそんな分隊員の一人が、手にしたトイガンにしか見えない樹脂製の銃器を軽く叩きながらそんな言葉を口にする。
「まぁな。ヒグマだって一撃でブチ殺せる銃が日本で手に入ってコイツみたいに簡単に撃てるなら、猟師連中だって命懸けの仕事だなんて言わねぇわな。俺達が楽勝行けるのもブチ込めば殺せるコイツのお陰ってこった」
彼等が手にしているソレは決して玩具の類では無い、かと言って実銃かと言えばそうでも無い。
法的に言うのであれば彼等の手にしているソレは、あの巨大なカマキリを駆除する為の薬剤を発射する『スプレー』の様な物なのだ。
ただ当てれば倒せる武器が有るからと言って一方的に安全確実に倒せるかと言えば、決してそんな事は無い。
彼等が会話の中でヒグマに言及したのは、あの巨大カマキリがヒグマすらその鋭い鎌で両断し、捕食する非常に危険な生物だと言う事を意図しての物である。
「アイツ等の甲殻は大概の銃弾通らねぇっすからねぇ。確かエイブラムスの120mm直撃してもヒビ一つ入らなかったんでしたっけ?」
分隊長の言葉にそんな反応を返した者も姿形はやはり全くと言って良い程に同じで、見分ける方法として彼等の顔の横には名前とシンボルマークの様な物が浮かんでいた。
「流石に運動エネルギーを全部受け止める事が出来た訳じゃぁ無く吹っ飛ぶは吹っ飛んだらしいが、その後普通に起き上がって戦車を乗員ごと鱠切りにしたらしいな。結局あん時はサーモバリックをしこたまブチ込んで周りごと焼き殺したんだったか?」
銃弾の破壊力は運動エネルギー其の物であり、弾頭の質量とソレが飛ぶ速度の2乗を掛け合わせた物で算出される。
つまりあの巨大カマキリの身体を覆う甲殻は、現代戦車最強と名高い車両が打ち出す砲弾を受けても砕ける事は無く、彼等が使っている専用器具を用いない場合、戦略兵器級の武器を使わなければ倒せない相手だと言う事だ。
「……まぁ良い。で、次はどっちだ? ゲームチャンプ。他の連中はそこそこ被害が出てるみたいだからな。無傷で進んでる俺達が頑張らねぇと申し訳が立たねぇだろうよ」
分隊員達の雑談を打ち切る様に片眉を上げた分隊長がシンに向かって声を掛ける。
ソレに無言で首肯したシンは今までと同じ様に一度舌打ちをすると、青ざめた物へと顔色を変えてもう一度舌打ちをした。
「この先300m程先に十匹以上居ます。いや、下手するとその奥にもっと居るかもしれません」
自身の出した舌打ちの音が反響するのを聞き取り、周囲の状況を把握すると言うエコロケーションと呼ばれる、コウモリやイルカの真似事は人間でも訓練すれば身に付ける事の出来る技術である。
ソレを極めて高度に使い熟すシンは、自身が把握した余りにも多い敵の数に思わず怖気付いてしまっていた。
「いよっしゃ! そりゃ此の奥に奴らの営巣地が有るって事だ! 其処を叩く事が出来りゃ此処の戦線からあの糞虫共を一掃する事が出来る! そーすりゃ別の場所にもっと人員を投入出来てもっと楽に戦えるって訳だ!」
けれどもその報告に対して分隊長を含めた数人が喜びの声を上げた。
分隊長を含め喜んだ数人は本職の軍人か引退軍人で有り、少数で数も分からないカマキリの駆除に当たらねば成らない現状に不満が有ったのだ。
【戦争は数だよ兄貴】と言う名言が示す様に、戦いと言う物は結局の所、最後の最後に物を言うのは数の暴力なのである。
勿論、技術や武器の格差なんかが有れば数の優位を覆す事が不可能だと言う訳では無いが、今回の相手の様に致命的な攻撃力を持つ者を相手に戦うならば、数の優位を持ちたいと考えるのは当然の事なのだ。
そして確かにこの分隊だけで十を超える相手と戦うのは無茶では有るが、此処に来ているのは何も彼等だけでは無い。
『ゴルフ分隊から各位、G8地点にて敵営巣地と思わしき群体を発見、救援を乞う。繰り返すG8地点に営巣地、接敵中では無い分隊は至急集合されたし!』
通信機を通してそう声を掛ければ、同じ戦線に投入されて居る仲間達が一斉に集まって来る。
そうなれば後は其れこそ数で押し潰すだけで済むと言う事に成るのだ。
「此れで良し! 今日の一番手柄はお前さんだぞゲームチャンプ! アイツ等は群れて営巣して卵を纏めて産む事は今までの調査で分かってるからな。営巣地を潰せりゃ此処等一帯から糞虫を駆逐出来るってなもんだ」
「ソレに同じ仕事するならもっと美味い場所に配置して貰いたいもんっすね。確か日高方面とか糞虫一匹でも追加報酬が出るって話じゃないっすか! 早く金貯めて除隊して本国の大学行って彼女の一人でも欲しいんですよね」
彼等がこうして戦っているのはその言葉の通り、奉仕活動の類では無い。
カマキリ達には現金での支払いと言う訳では無い物の、1匹撃破する度に報酬が支払われる契約と成っており、今回の彼等の様に明確に功績としてカウントする事の出来る様な成果には別途追加報酬も得られる様になっているのだ。
ちなみに現金での支払では無いとは言っても、支払われる報酬は換金する事も可能なので、分隊員の一人が言った様に此れから先の進学費用に充てると言う選択も可能である。
そして報酬を出して居るのは何も一つの運営団体だけでは無い、戦地に寄っては通常の報酬とは別に市区町村と言った自治体や、その他団体からの報奨金が上乗せされる様な場所もあるのだ。
彼が行った日高方面と言う場所は、競走馬の生産牧場が多数有る地域であるが故に、馬産や競馬に関わる多くの企業や団体からの報奨金が出るエリアなのである。
但しそうした美味しい場所に配置されるかどうかは完全に運次第と言う事に成っており、彼等が今日居る場所はそう言う意味ではさほど美味しいとは言い難い地域なのだ。
「とは言え此処ら辺だって札幌からそんな離れてないし、万が一にも抜けて来れば結構大事に成る筈なんだけどなぁ……」
200万人近い人口を抱える大都市圏から離れていない場所にも拘らず、追加報奨金が大きく無いエリアである事にシンは疑問と呆れが混ざった様な声を上げた。
「なんだゲームチャンプは此の辺の地理に明るいのか? 俺たちゃ沖縄から繋いでるからな。流石に北の方に有ると言う事しか知らねぇよ」
笑いならそう言う分隊員に続いて、
「俺は横須賀からアクセスしてる」
「此方は一応道内だが、未だ赴任して1年も経ってねぇからなぁ……地名を言われても何処が何処やらはっきりは分からん」
「私は横須賀からだが事前に地図の確認くらいはして居るから、此処がどの辺りなのか位は分かるぞ」
と……皆それぞれに何処から此処へと接続して居るかを口々に言いした。
「……お前等、無駄話はその辺にしとけよ、そろそろさっきの通信で招集した連中が集まって来る頃だ。折角のボーナスステージなのに美味い所を他の連中に持っていかれる様な間抜けを晒すなよ?」
一人話題に口を挟まず周辺の様子を伺っていた分隊長がそんな言葉を口にすると、流石は軍人と言うべきなのか、彼等は即座に表情を引き締め、
「「「サー! イエッサー!」」」
と声を揃えて返事を返すのだった。