第19話:むちゃくちゃな侵攻と政治への邪推
断崖絶壁とは言わないまでも、比較的急な斜面を下草を掻き分けながら進むのは想像以上に体力を使う、特に足下が見えない状態なので足を地面に付けた瞬間、即座にバランスを取らなければ下手をすれば下まで転げ落ちる事に成る。
サブボディは十分に鍛えられた軍人と同等の身体能力を持つ上に、長期間の生命活動に必要と成る物を限りなくオミットして作られている為、ちょっとやそっとの怪我では致命傷を負う事は無い。
人体の中枢とも言える脳みそですら、普通の人間が持つソレと比べたら、コンパクトな変わりに耐衝撃能力に優れていると言うのだから、色々な意味で徹底して【危険な現場】の為に作られた身体だと言えるだろう。
そんな身体をどうやって動かしているのかと言えば、非常に怪しげな話では有るが【本体から幽体離脱した霊体を憑依させて居る】らしい。
非科学的なオカルト話にしか聞こえないコレも、地球の科学では未だ未発見な事象でしか無く、銀河連邦から見れば霊体やら魂やらの分野も既にある程度解明が進んだ科学の範疇に入ると言う。
嘘か本当かは分からないが【死後の世界】の観測にも成功して居ると言う話も有るらしく、ソレを聞いた地球の宗教界隈は色々と大騒ぎをして居るらしい。
とは言え【ありがたい物ならとりあえずは拝んでおこう】と言う極めて日本人的な宗教価値観しか持ち合わせて居ないシンにとって、その辺の事情は割とどうでも良い事だったりする。
精々が死後の世界とコンタクトが取れるなら、歴史上の人物に史実では無く事実をインタビューしてみたい……と、歴史ヲタク的な一面が顔を覗かせる程度だ。
まぁ今は距離を置いて居る身内の中にはガッツリ宗教の人も居るが、その人は【死後の世界なんて考えても無駄、現世で幸せになる為の信心だ】と言う宗派なので割と安定して居るそうでは有る。
逆に父親の実家は【拝んで御題目を唱えれば死後に極楽浄土へ行ける】と言う宗派の為、本当に御先祖様が極楽浄土へ行ったのか……と興味津々だったりするが、シンがそっちに行く事は先ず無い為どうでも良い余談でしか無い。
兎角、そんなオカルト地味た手法でサブボディは動かされている訳だ。
地球の医学界隈では【心は何処に宿るのか】と言う命題が有るらしく、一般的には頭脳と考えられているが、心臓移植を受けた人物が提供者の影響を受けたとしか思えないケースも有る為に、未だ議論が別れている分野である。
しかし銀河連邦では【魂】と言う物をある程度科学的に解析して居る為、何故その様な事が起こるのか……と言う点まで含めて、既に解明されて居るのだそうだ。
ちなみにそうした事が起こり得る為に銀河連邦共和国では、他者への臓器提供は基本的に禁止されており、臓器移植でしか治療出来ない疾患に対しては自分の遺伝子から臓器を培養して対応するのが普通らしい。
と、何故今に成ってこんな事を説明して居るのかと言えば……
「片手が切られた程度なら死にやしねぇ! 撃て撃て! 撃ちまくれ! 撃てねぇなら飛び込んでクラッカーでも使って道連れにしてリポップして来い!」
シン達が今いるのはアチアチに煮えたぎった戦場のど真ん中で、今も誰かが左腕を宇宙カマキリに切り飛ばされ、ソレでもなお立ち上がって攻撃を止める事が出来ないと言う状況に有るからだ。
腕や足を失った者がないはずの部分に痛みを感じると言う【幻肢痛】と言う症状が有るが、コレも肉体的には失った部分でも魂はそのままの状態で残っているから痛みを感じる……と言うのが宇宙では常識としてまかり通って居ると言う。
左腕を肘から切り飛ばされソレでも叫び声一つ上げずに、歯を食いしばってブラスターを撃つのを止め無い者が居る。
右腕を肩の下辺りで切り落とされてブラスターを取り落とし、残った左手に持ったクラッカーと呼ばれる手榴弾にも似たブラスター剤の入った薬瓶を手に特攻を仕掛ける者が居る。
ソレを命じる軍曹も全身傷だらけで有り、身に纏った迷彩柄だったツナギは血で染まって元の柄が分からない程だ。
こんな状況に陥って居るのは何もシンが待ち伏せして居る宇宙カマキリを見落としたからでは無い。
其処に大量の宇宙カマキリが居ると解っている場所に、元大尉だと言う今回の中隊長が突撃を命じたからだ。
当然、今この場で戦っているのはシン達の分隊だけでは無く、四方八方から集まってきた他の分隊の者達も同様に血みどろに成って死に物狂いで戦っている。
ソレでも接敵してしまえば、連中の持つ圧倒的な身体能力の前に無傷で倒し着る事等出来ないのだ。
逆に言うと宇宙カマキリはその二本のカマ以外に攻撃する手段を持たないのだから、接敵するよりも前に……つまりはある程度距離が有る状態でブラスターを撃てば無傷で倒す事は決して不可能では無い。
槍や刀が廃れ銃器の時代がやって来たのは、間合いと言う物は近接武器に対して絶対的な防御力を誇る防具で有り、ソレを無視して攻撃出来る飛び道具が圧倒的に有利だからである。
ソレ以前の時代にも弓矢や弩の様な飛び道具は存在していたが、前者は使い手に相応の技量を必要とし、後者は銃器に比べるとコスト面で劣ると言う問題点が有り、戦いその物を変える武器にはならなかった。
だが宇宙カマキリと地球人類の間には、明確な間合いの壁が存在しているにも拘らず、こんな血塗れの戦いに成っているのは、今日の指揮官に問題があるとしか言い様が無いだろう。
シンは今の時点で既に1回サブボディを損壊し二体目のサブボディに乗り換えて、再びこの地点まで走って来た所なのだ。
彼の本来の強みは他者にはわかり辛い宇宙カマキリを、コウモリやイルカのソレと似たエコロケーションと呼ばれる音の反射で位置を把握し、通常ならば人間側が不意を突かれる所を先制攻撃を行う事が出来ると言うその一点にある。
にも拘らず今回は後ろに督戦隊でも居るかの様な無理な攻めを、中隊長は各分隊長に強要して居るのだ。
一回目の死亡から新しい身体に乗り換え身支度を整えて再出撃するまでの間に、シンは何故中隊長がそんな無理攻めを強いる様な真似をして居るのかを考えていた。
恐らくは……日本政府辺りから政治的な判断を含めて何らかの横槍が入ったのだろう。
先日札幌で起きた自衛隊駐屯地前での惨劇は、平和ボケして居た日本人にその平和が何時脅かされるか分からないと感じさせるには、十分な衝撃を持ったニュースだった。
コレが遠くで起きた災害だったり事件だったならば、未だ画面の向こう側の事……と甘く見るのが普段の日本人だっただろうが、宇宙カマキリの生息地は今現在確認されて居ない場所を含めれば何処から湧いて出ても不思議は無いのだ。
富士の樹海に宇宙カマキリの営巣地は無い……と今の所は言われているが、札幌市内だってこの間の一件が無ければ、無いと油断して今目指しているだろう場所でワラワラと大繁殖して居た可能性は決して低く無い事を考えれば油断するほうが間違っている。
札幌は200万近い人口を抱える日本国内でも上位に食い込む大都市で有り、首都東京とはかなり離れているとは言え、その御膝元にこうして相応の営巣地が有ったのだから、他の都市圏に似た様な物が絶対に無いとは誰も断言は出来ないのだ。
それ故に恐らく政府かもしくは何処かの官僚辺りが、サクッと話題を潰す為に早急に事態の元と成ったであろう営巣地を潰させて幕引きを図ろうとしているのではなかろうか?
その為に何等かの取り引きを今回の中隊長に持ち掛け……或いはもっと上に対してソレを行って居ても不思議は無い。
どこまで行っても事実が分からない以上は推測の域を出る事は無いが、痛い思いをして居るのはどうしたって現場で戦う俺達マーセだ!
そんな憤りを感じながらもシンは少しでも多く仲間が痛い思いをしなくても済む様に、前線へと戻ると同時に軍曹の直ぐ後ろへと着いて、索敵の為に舌打ちをするのだった。




