第17話:部隊編成と気合と効率
「またお前が俺の下に配属されたか! お前が居りゃ稼ぎ放題だツイてるぜ! なぁゲームチャンプ!」
顔を合わせるなりそんなセリフを口にしたのは、前回の出撃でも俺が居た分隊の長を務めて居た者だ。
全員が全員寸分違わぬ培養量産型サブボディを使っているこの状況で、個人を見分ける事が出来るのはチップを通して顔の横に表示されて居るネームプレートが有るからである。
ソレに拠ると目の前の人物の登録名は【オレンジ】で、付属して居る階級章をイメージしたと思われるマークは交差したライフルの上にへの字が三本……シンの記憶が確かならば、コレは海兵隊の三等軍曹を表す物だった筈だ。
ちなみにその部分は基本的には自由なマークを表示する様に設定出来るのだが、今まで会った事の有るアメリカ軍人や自衛官に警察官等の階級を持つ職業の者は、大概は自分の階級を示すマークを表示させいた。
ソレに対して民間人の方はと言えば、割とカオスな状況で熊撃ちの猟師が可愛らしくディフォルメされた熊がガオーと吠えている【熊が出るぞ】と書かれたマークを付けて居たり、現場の安全を呼びかけるネコのマーク付けていたりと様々である。
そんな中でシンはと言えば元々所属していたプロゲーマーチームから許可を取った上で、当時使用して居た物と同じチームのエンブレムを表示させている。
銀色に輝く狐を意匠化したソレは、格好良いと言うよりは何方かと言えば可愛らしい感じで有り、FPSを主体とするチームの物とは思えない感じだったが、チームの代表が元々動物ゲームを中心とした配信者だった頃の名残なのだろう。
……まぁソレでも子供向けの可愛らしいゲームでは無く、割とガチ目の狩猟を題材としたゲームなんかで数字を取っていたらしいので、ズレていると言えばズレて居るのか?
兎角、そうしたアイコンは名前以上に誰が誰なのかを認識させる効果が有る物で、オレンジ三等軍曹はシンのアイコンと元ゲームチャンプと言う肩書はしっかりと覚えていたらしい。
「まぁそうは言っても今日は中隊規模の部隊編成で、中隊長には中佐殿が出張ってるらしいから、俺程度の下っ端は指揮に従って動くしかねぇんだけどな」
なお、オレンジ軍曹は前回の時も今回も日本語では無く英語を口にしているが、チップに搭載された自動翻訳機能が働きシンには日本語で聞こえ、逆にシンが口にする日本語は相手には英語で聞こえていると言う状態である。
現在の地球の技術ではかなり精度の高い自動翻訳をAIを使って行う事は可能に成ってきているが、同時通訳と言うには未だ少々タイムラグが発生してしまうのが現実だ。
対してチップを使っての会話はほぼタイムラグ無しで、細かなニュアンスの違いすら翻訳してのけるのだから、ここでも技術の格差が大きい事はうかがい知る事が出来ると言う物である。
特に対象なりとも歴史を……特に近現代史と言う技術革命の時代とも言える時期を専門に学んでいたシンには、技術と言うものは基本は足し算だがある程度のラインを超えると一気に掛け算になると言う事を知っていた。
故に宇宙人……銀河連邦政府が地球に対して公開して居る技術と言う物は、模倣が不可能な物を狙って用意して居るのだろうと言う事も容易に想像できる。
何せ彼が生活する日本と言う国は西洋の進んだ技術や文化を模倣し、ソレを自分達なりにアレンジする事で、300年近い停滞の時代から100年も経過しない短い期間で、世界の大半を相手にする様な大戦の主役の一角にまで成長してのけたのだ。
その後も焼け野原と成った日本が経済大国と呼ばれる程に復興を遂げたのも、やはり欧米諸国の様々な技術や製品を模倣し、更にソレを変態的なこだわりで進化発展させ続けた偏執的な技術者達の力有っての事だろう。
けれどもそうした雰囲気もバブル景気とその崩壊を境目に一気に崩れ落ちた感が有る。
原因は現場を軽視し目先の利益だけを追求し、自分の任期の間だけ儲かれば後の事は知らん……とでも言う様な経営者達の【貧すれば鈍する】を地で行った動きの結果ではなかろうか。
何せ様々な技術を持った天才的な科学者の多くが、日本企業に見切りを付け欧米先進国へ……と言うのであればまだしも、日本の技術を取り込み模倣しようという大陸国家が大金を積み上げて引き抜かれていったのだから。
とは言え残念ながらそうやって引き抜かれていった者達も、多くの場合模倣するべき物を一通り盗み終えた後には、もう用は無い……と言わんばかりにサクッと首を切られると言う案件が割と多いらしいので、かの国が先進国となるのは未だ先の話だろう。
「よーし! ブラボー分隊10名全員揃ったな? 今日の俺達の仕事は何時もと変わりゃしねぇ! そこのお前! 俺達の仕事は何だ!?」
ほんの少しシンが考え込んでいる間に分隊員全員が揃ったのを確認した軍曹が、唐突にそんな言葉を口にし、一等兵の階級章を表示させている者を指さした。
「イエッサー! ムシケラ共をぶち殺す事であります!」
「そうだ! 俺達の仕事は地球を蝕むムシケラを一匹残らずぶち殺し、卵も残さずこのブラスターでぶっ潰す事だ! いいかお前等! 俺達は死なない身体を貰ってんだ! 命を惜しむな! ぶち殺せ! わかったか!」
「「「「サーイエッサー!」」」」
「俺達の仕事は何だ!」
「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」」
「お前等の得意な事は何だ!」
「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」」
「その為に成すべき事は何だ!」
「「「「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」」」」
……正直、この軍隊特有のノリにシンはドン引きしては居るのだが、部隊長が軍人の場合には大概は似た様なやり取りが行われる為に慣れてしまった感は有る。
コレが自衛隊員や警察官が分隊長だったりすると民間人に気を使ってか、かなりマイルドな対応でこういう【気合を入れ】とでも言う様な事をする者はあまり居ない。
やるとしてもせいぜいは円陣を組んで隊長が『にっぽーん!』と掛け声を掛けた後に周りの者が『ファイトー!』と合わせたりする、運動競技なんかで良く有る様なパターンが多い。
極々稀に有るのは『ファイトー!』と掛け声を掛けた後に『いっぱーつ!』と返す奴だが、ソレをするのは大概の場合民間人ながら部隊長に任命される様な特殊な背景を持つ者くらいである。
そう言う意味ではシンは実のところ、いつ部隊長に任命されても不思議では無い経歴と実績の持ち主だったりするのだ。
ただ彼が毎回参加する時間帯は、他に適任者が多い時間帯でも有る為、他の者が優先されてると言う事に過ぎない。
「さて……気合も入った事だし、今日の動きを説明する。とは言っても今回は市街地に近い場所の営巣地を潰すからってんで、普段より大人数が投入されるってだけで、やる事はさっきも言った通り何も変わりゃしねぇ、いつも通りに索敵をしながら進むだけだ」
昼間読んだ本に拠ると、宇宙カマキリの外殻は外気温と周囲の色合いに溶け込む様に作られている為に、ヘリやドローンでは詳細な居場所を突き止める事は難しい。
営巣地に有る大量の卵鞘も基本的には木陰に纏めて産み付けられる為、空から探すのは困難を極める。
その為、空撮に拠る偵察ではある程度この辺に居るだろう……と言うエリアを絞る事しか出来ず、後はサブボディを用いたマーセが少しずつ偵察しながら討伐を進めると言う脳筋戦術に頼らざるを得ないのだ。
もっとこう……一気に広範囲を駆除する方法は無いものか? と思わなくも無いが、大陸の某国では手柄を焦った愚か者が、ブラスターの薬剤を広範囲散布した結果、宇宙カマキリだけで無く其処らの虫にも薬剤が反応し大規模な山火事を引き起こしたケースが有る。
そうしたやらかしは恐らく地球人よりも長く宇宙カマキリに対処して来た銀河連邦でも有ったのだろう。
無数の失敗を積み重ねた結果として、今現在の地球に開示出来る範囲の技術で出来る最効率な方法を、彼等は地球人に与えてくれている……と信じたい。
そんな事を考えているウチにブリーフィングも終わり、シン達は今夜の戦場へと足を踏み入れるのだった。




