第16話:通信端末と政と学閥と
こめかみに取り付けたチップと呼ばれるソレは、言うならば宇宙人世界における携帯電話と言っておおよそ間違っては居ない代物である。
一帯どれくらい技術が進めば500玉程度の大きさに、下手なパソコンよりも高性能な機械を詰め込む事が出来るのか?
ただ同じ機能を持つ物を大きくても良いから作るだけならば、今現在の地球の技術でも不可能とは言い切れ無いが、この大きさにシンが普段使いして居る最新機種の携帯電話以上の性能が詰め込まれていると言うのだから技術の格差は一目瞭然である。
ちなみにコレ画面の様な物は無いが、網膜に直接映像を投射する事で視界の中に必要な情報を全て表示する事が出来る上に、骨伝導イヤホンの様に音漏れする事無く通信をやり取りしたり、音楽を聞いたりする事が出来ると言う逸品だ。
その操作も視界に映り込むアイコンを手で操作するダイレクトコントロールと呼ばれるやり方も出来るし、視線と瞬きの組み合わせで操作を行うアイコントロールと呼ばれる操作法も有る。
地球に持ち込まれているのは型落ちの在庫品だそうで、銀河連邦で流通して居る最新機種ともなると、脳波を読み取る事で考えただけで操作出来る……なんて物すら有るらしい。
世界的に見れば国民の平均的な教養レベルが高いと言われている日本でも、携帯電話を持っているだけで【思考が盗聴される】等と騒ぐ連中が居るのだから、実際に思考操作の機械なんぞ出回れば何処まで騒ぎが大きくなる事やら……。
兎角、そう言うバカを言い出す者が自分の肉体を一時的とは言え無防備にして、サブボディを操り痛みを伴う仕事に付く様な事は無いとは思うが、ココでもやっぱりコスト面の問題から宇宙では在庫として処分されるであろう機種が回ってきている訳だ。
逆にこのダイレクトコントロールはスマホやVR系のゲームに慣れた人間ならば、割と使いやすい機材ではある。
アイコントロールの方も身体に不自由を抱えた人がパソコンを使う為のツールとして似た様な操作方法の物が、地球にも有ると言うのは知っているのでコレも受け入れるのに然程抵抗は無かった。
視界への直接描画の法はFPSなんかで良く有る様に、基本的に真正面は完全に開けて居りその周囲……特に四隅の辺りに色々なアイコンが映し出されていると言う感じだ。
シンはその中で右上に表示されて居る、極々狭い範囲を上空から映したと思われる、写真映像を利用した地図へと視線を向けて二度素早く瞬きする。
すると真正面の開けた部分に地図が大写しとなり、今いる場所が大体どの辺りなのかが把握出来た。
……うん、少し離れた所にさっぽろ湖が有る、と言う事はここは思いっきり札幌市内だと言う事になるな!
定山渓から然程離れていない札幌市南区の山の中が現在地で、ここに俺達マーセが派兵されたと言う事は、先日市街地に降りてきた宇宙カマキリの産まれ育ったであろう営巣地が見つかったと言う事だろう。
周りをパッと見ただけでも普段用意されて居るよりも再出撃地点に有る出撃ポッドの数が多い。
札幌は人口おおよそ200万人を抱える北日本最大の政令指定都市である、その中に危険な宇宙生物の卵が今の今まで見つからずに繁殖していたと言う事実が表沙汰に成れば、警察や自衛隊だけで無く札幌市議会や北海道議会でも責任論が噴出するのは想像に難く無い。
恐らくはそうした批判を少しでも小さくする為に、可能な限り多くのマーセをこの地点に集結させて出撃する事で、今夜の内に該当する営巣地を叩きたいのだろう。
いや……もしかした話はもっと上、つまりは国会議員の責任論にまで発展する可能性が有る。
なんせ先日のアレは、日本で始めて宇宙カマキリに依る物と断言出来る、はっきりとした人的被害の現場が撮影されてしまったのだ。
きっと野党は鬼の首を取ったかの様に、与党を攻撃する材料にするだろう。
「俺の記憶が確かなら……今現在のマーセ関連法案ってほぼ与野党合意の上での全会一致採決で決められた物だったと思うんだが、まぁ議論は尽くされて無かったって話を持ってくんだろうな」
例えば今回の一件もブラスターを【私物】として扱うのでは無く、警察官や自衛官が持つべき【道具】として認めて居れば、怪我人が出る事は有っても死人は出なかった筈だ。
そう言う意味で確かに【もっと議論を尽くしていれば出なかった犠牲】かも知れないが、巧遅は拙速にしかずと言わんばかりに、その辺にツッコむ事もせずに法案を通したのは野党も同じである。
まぁそう言う責任のなすりつけ合いこそが、日本の若者が政治に対する不信を募らせる原因の一つなのだと思うが、勧善懲悪と判官贔屓を好む日本の老人達には受けが良いのだろう。
プロゲーマーと言う道こそ歩んだ物の、大学ではしっかりと社会科教師の資格を取っていたシンとしては、その辺の在り方に色々と物申したいと言う考えは有る物の、大学の傾向から左翼側に着かなければ裏切り者扱いを受ける可能性を考えると口を閉じるしか無い。
ぶっちゃけて言えばシン自身はノンポリでは無く、何方かと言えば右翼傾向の有る歴史ヲタクで、小説なんかだと仮想戦記物……特に第二次世界大戦で日本が勝つ様な作品を好む傾向がある。
けれどもだからと言って、今の日本で軍国主義を復活させようとかアホな事を言いたいのかと言えばそんな訳が無い。
だがプロゲーマーとしてプレイしていたゲームが、第二次世界大戦の戦場をモチーフとしたFPSで有り、彼が主に使っていたのは日本兵をイメージしたと思わしきキャラクターなのだから、言動次第ではあの界隈からは裏切り者扱いは当然と言う事になるのだろう。
個人として大学時代から付き合いを続けている有人はそれなりに居るし、ゼミでお世話に成った教授とも連絡を取る事は今でも偶には有る。
そうした人間関係を丸っと全部敵に回す可能性を考えると、一部界隈で……とは言え有名人と呼べる地位を得てしまった彼は、自分自身の言論に気を使わなければ成らない立場なのだ。
とは言え彼をゲームの世界へと引き込んだ先輩は、シンが大会で初めて優勝するまでの二年間でどれだけの練習を積み重ねたのかも見ずに期間と結果だけを見て、天才様と凡人は生きる世界が違う、と距離を置いていたりもするが……。
その手の妬みや嫉みは東京のプロチームに所属した後も、チーム内ですら常につきまとって来た物なので、流石に慣れてしまったが……正直ソレでも気持ちの良い物では無い。
恐らくは先日テレビでインタビューを受けた事や、ポイント獲得ランキングとやらで上位入賞した事も含めて、マーセの中からもそうした感情を彼に向ける者が出てくるのも時間の問題だろう。
ソレに対してどう対応するのが正しいのか? 方法は幾つか有るが……シンは何時でも【結果で語るべき】だと考えていた。
高校時代に自転車競技でインターハイへと進んだ時だって【俺だって彼奴みたいな良い機材を買ってくれる親が居れば】と、敗れた者達からの嫉妬は常に受けて来たのだ。
自転車競技は確かに太い実家の援助が無ければ続ける事の難しい競技と言えるだろう。
今シンが乗り回している100万超えなんて物はプロ仕様だし論外としても、10万円を軽く超える物がゴロゴロして居るロードバイクを子供に買い与え、消耗品の類に掛かる費用を出し続ける事が出来る家庭なんてのは一握りな筈だ。
そう言う意味で自分が恵まれた環境に有る事を自覚した上で、コレと決めた事にはとことん努力を惜しまない……努力する事自体を楽しむ事が出来るのがシン……橘 真の真骨頂なので有る。
当然、今現在コレと決めた事はマーセとしての活動で有り、ソレで得られる地球外の歴史と言う世界中の歴史ヲタク垂涎の知識を得る事なのだ。
「えーっと……今日の所属は……わぉ、中隊規模での動員かそりゃ多い筈だわ」
前回の戦場では10人の分隊が5つで1小隊が動員されて居たが、今回は4小隊分の人員である200人がこの一箇所へと動員されて居るのである。
シンはチップに表示されたマップの指示に従って、自分が配備される分隊の集合場所へと足を向けるのだった。




