第15話:宇宙の政治と地球の価値観
「おはようございまーす!」
先日買った宇宙人達の間で流通して居る幾つかの宇宙カマキリに関する電子書籍を一通り読んだが、残念ながら攻略法の様な物を見つける事が出来なかったシンは、逆に古代宇宙帝国と言うロマン刺激する文言に出会いワクワクを隠せない様子で出勤した。
時間帯的にはどう考えても【こんばんは】や【おやすみなさい】の方が相応しい午後11時少し前なのだが、【24時間稼働して居るから挨拶はおはようで固定】と言うのは、この宇宙カマキリ対策センターでも通じるルールなのだ。
「おはようございます橘君、今日はなんか随分とご機嫌だね。もしかして一昨日のテレビの件で良い事でも有ったかい?」
そんなシンの様子を見て声を掛けて来たのは、元々趣味でエゾシカやヒグマを狩っていたと言う元猟師の年配男性である。
彼は元々は本業として建設会社を経営する傍らで、ハンティングをしたり地方競馬で馬主をして居たり……と言う地方では偶に居る一種のセレブリティとでも言うべき人物だ。
そんな彼がマーセをして居るのは、老齢故に引退せざるを得なかった猟師にサブボディであれば身体の状態を気にせず復帰する事が出来るから……と言う極めて趣味的な理由だとシンは以前聞いた覚えがある。
彼に言わせればエゾシカもヒグマもある程度計画的に間引いて適正な数を保たなかったから、宇宙カマキリが出てくるまで農作物へのエゾシカの食害が増えたり、札幌市街地までヒグマが出来きたり……と言う状況になったのだそうだ。
そんな熟練の猟師の目からしても宇宙カマキリと言うのは、本来有るべき生態系を思いっきり崩す忌むべき外来害虫でしか無いらしい。
一応はセブンス・ムーンと呼ばれる宇宙人のコロニー群に有る設備を使えば、宇宙カマキリに絶滅させられた動物が居ても、何等かの形で遺伝子情報を確保する事さえ出来れば、あえて不完全な状態でクローン培養を行う事で生態系を回復させる事は出来ると言う。
と言うか、そのままの状態で人類の居住に適さない惑星を住める環境へと改造する、所謂【テラフォーミング】関連技術の中にはそうした【人工的に自然な生態系を構築する】技術も有るので出来て当然と言えば当然の事なのだ。
とは言え今現在地球に住んで居る地球人としては、人工的に作った生態系が自然とはなんぞや? と感じるのが当然といえば当然の事だろう。
けれどもなにもない所に居住可能な環境を構築すると言う技術の面で言えば、長期的に見て人工物であっても生態系が構築されれば立派に自然と言える……と考えるのが銀河連邦式なのである。
だが昨日シンが読んだ書籍の範囲でも銀河連邦共和国は、その名の通り複数の銀河に跨る巨大国家で有り、同時に幾つもの独立した惑星や星系と言った単位の国家の連合体でも有るらしく、必ずしも銀河連邦だからで全ての意志が統一されて居る訳では無いらしい。
何せ銀河連邦の中には大統領制を取る民主主義の惑星国家も有れば、一人の王が複数の居住可能な惑星を支配する専制君主制度を取る星系国家も有ったりする。
そうした様々な形態の国家の集合体である銀河連邦共和国だが、全体の運営は連邦議会と呼ばれる各国家の代表者が集まる場での議決で決められると言うのだから、全体を見れば民主主義国家と言えるのだろう。
そんな中で地球の扱いはと言えば【準惑星国家】と言う区分で、銀河連邦議会に議員さてを送る権利は無いが、相応の対価と引き換えに銀河連邦に所属する企業等からの支援を受ける事が出来ると言う状態だ。
必要になる対価が何なのかと言う情報は今の所マーセにも開示されては居ないが、世界的に見てNASAの有るアメリカよりも日本に多くの支援や装備の配備が行われている辺り、何かがあるのだろうと噂はされている。
「さて……今日は何処に派遣されるんだろうね? 今は私が若い頃と違って色々便利な道具が有るから迷う心配だけはしなくて良いけれど、歳を食うとそう言う道具の使い方を覚えるのも一苦労だからねぇ」
「ええ、まぁ何処に行くにせよ死ぬ事だけは無いってのは有り難いですよね。じゃぁ……おやすみなさい」
笑いながらそう言いつつ隣りのタンクベッドへと入ってく老人に、シンはそう言ってから自分もタンクベッドに横たわる。
ガラス張りの蓋が空気を圧縮する様な音を立てて閉まったのを確認してから、ほんのりと甘い香りのする睡眠導入効果の有るガスを吸い込む。
このガス自体は様々な成分分析の結果、恐らくは無害だろうと言う結論に至りそのまま使用されている。
現在の地球の技術でもコストを考えなければ生産自体は可能で、睡眠障害等の治療目的で導入出来ないかと言う話も出ては居るそうだが、残念ながら保険適用をしたとしてもかなりの値段に成ってしまう為に今時点で実用化は難しいとの事だ。
そうした病に縁のないシンは、一息で既に眠気で目を開けている事も難しくなり……そのまま目を閉じ意識を手放し……た筈が、次の瞬間にはスッキリと目を覚ましていた。
但し、自分本来の身体で、では無くサブボディの方で……だ。
良く鍛えられた引き締まった身体は、シン本来のソレよりも更にマッシブで有り、一糸纏わぬその姿は有る種の造形美と言っても良い造りをして居る。
明確に人間の身体と違う点を上げるとすれば、胸筋の先端に乳首や乳輪と言った物が無く、股間にも男性器らしき突起物も女性器の様な筋も無く、ただただツルンとした肉の丘があるだけだ。
……言い換えるならば、少年漫画の様な規制された裸体がそのまま具現化した様な感じと言えば分りやすいだろうか?
目覚めると同時に培養液が抜けて行ったポッドから出ると、速乾性の有る液は身体に纏わりつく事無く即座に揮発する。
そのまま身体を拭く事もせずに用意されている迷彩柄のツナギに袖を通しても不快感は全く無い。
下着も無しにツナギを着るのは当初は少々抵抗が有ったが、サブボディには排泄と言う機能自体が無い為に然程も経たずに慣れたが……。
飲み食いは出来るのに排泄が出来ないと言うこの身体は、基本的に48時間以上生きる事を想定して居ないと言う。
命を使い捨てる様なその在り方に地球人の中でも、その存在が公開された当初からかなりの議論を呼んだが、培養されたこの身体にはそもそもとして魂とでも言うべき物は宿っておらず、飽く迄も只の肉人形に過ぎないと言う事で実利を取って理解はして居る状態だ。
一部の過激な宗教団体なんかは、未だにこの培養量産型サブボディの扱いに関して文句を言っていたりはするが「じゃぁ生身で宇宙カマキリ退治に行けよ」と言われてしまえば黙るしか無いのが実情なのである。
ちなみに完全機械のサブボディも存在しているし、ソレを使えば良いだろうと言う意見も出ては居るが、ココでも壁になるの当然コストの問題だ。
機械式のソレは使えば当然摩耗するし破壊される様な事が有れば、修理出来る程度の破損ならば兎も角、大破した日には素材に戻して一から作り直す事に成る。
対して培養式の方はと言えば最初から使い捨て前提であり、使い終わった身体は溶解液にブチ込んで完全に溶かした後に、必要な成分だけを濾し取ってから再度培養すれば再び同じ身体の出来上がりだ。
何方も同じく作り直しには成るのだが複雑な工程や細かな作業が多い分、機械式の方が圧倒的に高く付くのである。
そんな事を思い出しながら個人用の出撃ポッドと呼ばれる機材に備え付けられた鏡を見て奇怪しい部分が無いかをパッと確認し、ソレからチップと呼ばれる500円硬貨程の大きさの通信端末をこめかみの辺りに取り付けると、シンは今日の戦場へと踏み出すのだった。




