第11話:独身貴族の優雅な暮らしと家庭の話
普段ならば一度帰って着替え等の準備をしてから、再び宇宙カマキリ対策センターでタンクベッドでサブボティを使った駆除作業へと出かけるのだが……今日は流石に疲れたのでそのまま家で寝る事にする。
市街地から然程も離れていない場所に有る築年数のそこそこ経ったマンションの一室が彼の持ち部屋だ。
彼の実家は父親が現場仕事の為に朝が早い家庭だったが、大学進学で生活リズムが他の家族とズレて迷惑が掛かると考え親が買い与えた中古物件である。
買った当時の値段が凡そ三百万円と言う話なので、大学進学祝いと言うには少々高過ぎるとも思ったが、後々の財産分与に備えた生前贈与の一部だと言われて微妙に納得した感じの物件だ。
間取りは10畳のリビング・ダイニングキッチンに6畳の和室と8畳の洋間と言う、一人暮らしには少々贅沢な広さだが、比較的高額なロードバイクを無理なく室内保存出来る広さ……と言う点では有り難い広さでも有る。
とは言え今現在のシンにとって此処はプロを引退し趣味の一つに成ってしまった……その割には高額なゲーミングPCで遊ぶ為の場所に過ぎない。
故に生活感が有るのはリビングに据えられたPC周りと多少汚れたキッチン位で、和室に関しては全くと言って良い程に使っていない状態である。
一応洋間にはコレまた一般的に見れば高額な寝具が据え置かれて居るが、宇宙カマキリ対策センターのタンクベッドの方が圧倒的に寝心地が良い為、此処で寝るのは週に2日強制的に取らされる休みの時か今日の様に仕事に行きたくない時くらいなのだ。
とは言え今は未だそろそろ午後8時になるか成らないかと言う時間で、寝るには少し早過ぎるし、だからと言ってゲームをすると言う気分でもなかった。
普段ならば自転車で走り足りないと感じたならば、パソコンの直ぐ横に設置してある高性能エアロバイクで自転車のオンラインゲームをするし、これ以上はオーバーワークだと判断したならばFPSで遊ぶのが日常である。
けれども今日は何方の気分でも無く、ソファーにもたれ掛かりただただ付けているだけのテレビを眺めて居るだけの状態だった。
そんなぼーっとした時間を過ごして居ると、不意に携帯電話が普段の黒電話を模した着信音とは別に設定してある着信音を響かせる。
「……もしもし?」
シンは少しだけ顔をしかめつつも仕方が無いとため息を一つ吐いてから電話に応対した。
この着信音は疎遠に成っている家族からの入電を知らせる為にわざわざ設定してある物だったのだ。
『もしもし、お前さぁ……マーセなんて危ない仕事してるなら連絡の一つ位入れて置けよ。今日のニュース見て親父も御袋もビックリしてたぞ?』
電話の向こうでそんな言葉を口にしたのは、家族の中では比較的マシな関係に有ると言える兄だった。
建築会社社長……昔気質な大工の棟梁と言った風情の頑固一徹な父親とは、プロゲーマーと言う世間一般からは堅気とは看做され辛い仕事に付いた時点で余り良い関係とは言えなく成ってしまったが、兄は『迷惑さえ掛けなければ』と容認して居たのだ。
そしてプロを引退し一生遊んで暮らしても困らない資産を得た状態でネオニートを決め込もうとした所で、その態度は『働かざる者食うべからず』を信条として居る父親にはやはり受け入れて貰え無かった。
母親の方も父親同様に『良い年をした男が夜勤でも無いのに昼まで寝てる』と言う生活態度に腹を据えかねた事で、シンは両親双方と不仲とに成ってしまったのだ。
そんな家族の中でも弟の嫁や妹は『金が有るなら好きな生活をして良い』と擁護してくれては居たが、隙あらば集ろうと言う態度が透けて見えていた為に、此方の方はシンの側から距離を取る結果と成った。
故に今家族で彼と連絡を取る様な事をするのは兄だけなのだ。
とは言えその兄もシンの生き方を完全に受け入れているという訳では無く、飽く迄も迷惑さえ掛けなければ『どうでも』良い……と言う様な態度だったりする。
今日こうして電話を掛けて来たのも兄自身の考えでは無く、ニュースを見た両親が流石に『命の危険が有る現場に踏み込んだ』と言う事実に関しては心配した為に変わりに連絡を寄越したと言った所だろう。
「ああ、いや、働く気は無いってあんだけ言ってたのに、結局仕事してるなんて言い出し辛くてさ……」
そう言うシンの言葉に嘘は無い、彼は本当に働く積りは無くプロゲーマーとして得た財産を不動産や株式の中でも特に硬い方面への投資に回し、その利回りだけで慎ましく生きていく積りで居たのだ。
まぁ百万円を超える様な自転車やゲーミングPCなんかを買って居る時点で、世間一般の慎ましい生活とは掛け離れたソレで有り、両親との不仲も実の所はそうした金銭感覚のズレが引き起こしている部分もあるのだが当人は気付いて居ない。
『まぁ俺としては無事なら特に言う事は無いんだが……あのニュース道内どころか全国にも話広がってるらしくて、色んな所の親戚関係から親父に心配する連絡入ってるんだわ』
シンの実家は建設会社とは言うが、別段古くからやっている大きな会社と言う訳では無く、父親が一代で築き上げた何処にでも有る中小企業の類だ。
建設業界はバブル期にはかなりの儲かる仕事で有り、彼の父親も中卒徒弟で大工と成った身でありながら二十歳そこそこの頃には高級車を乗り回す様な、羽振りの良い生活をして居た時期がある。
その頃に遊びで金銭を溶かさずにしっかりと資金を貯めた上で、師匠筋に当たる人物に筋を通した上で独立して会社を立ち上げたのだから、一社会人としては尊敬の念を抱くには十分過ぎる人物だと彼自身も思っては居るのだ。
けれども『自分が出来た程度の事は誰にでも出来る』と言う感覚を持つ類の人物でも有るが故に、自分の趣味を優先して楽に生きようと言うシンとはどうしてもソリが合わないのである。
そして彼の父親の実家は所謂『田舎の大家族』で、遠縁の親戚まで含めて付き合いが有る家は北海道中に点在して居り、其処から更に枝分かれした親戚とも成ると日本各地至る所に居ると言っても良い程に居たりするのだ。
恐らく父親に対する連絡と言うのは、そうした父親の実家である『本家』からの物なのだろうが、更に辿れば本家に対して身内がどうしたこうしたと言う連絡が入っているのだろう。
彼等が住む札幌はそうでも無いが道南の港町に有る本家は、未だに古き良き田舎の価値観で動いている部分が多々ある為、父親としても俺と一度連絡を取らなければなんと答えて良いものか返答に窮しているのだろう事は想像が付いた。
「俺としても生身であんな化け物とやり合うつもりなんか全く無かったさ。前から言ってる通り俺はもう一生分の一生懸命は使い果たしたから、後は楽して楽しんで暮らしたいだよ。今日のは非常呼集で仕方なく現場に向かったら偶々俺が一番乗りだっただけだわ」
コレもまた彼は本心を口にして居る、携帯電話に非常呼集が掛かったから仕方無く現場に向かった、想定していた以上の修羅場に生身で乗り込む羽目に成ったのだ。
正直な話勘弁して欲しいと思ったのは、現場の自衛官や警察官以外だと彼が一番思った事だろう。
『ああ、三彦からもそう言う話は来てるみたいだな。ただ、あいつもお前が北海道のマーセの中でも上位に入って居るなんて事は知らなかったって言ってたぞ』
三彦と言うのは彼等の弟で北海道警察に勤務する現職の警察官だ。
彼が今どの部署に配属されて居るかをシンは知らないが、恐らくは宇宙カマキリ対策センターとは関わり合いの無い部署に居るのだろう。
「つか彼奴はマーセやってないのか? 現場だと結構現職の警察官や自衛官に米軍兵と会うぞ?」
『お前みたいな独り身と家族持ちを一緒にするなよ。マーセって殆ど泊まり込みで仕事してる様なもんだろ? 仕事が終わったら家に帰ってゆっくりするのが普通なんだ。誰しもがお前みたいに昼間ちゃらんぽらんに生きてる訳じゃねぇんだよ』
ぐうの音も出ないとはこの事を言うのだろう、シンは兄のその言葉に言い返す事が出来ず、その後はただただ言われるがままに近況報告に終始する事になるのだった。




