第1話:戦場からこんにちは
『こちらチャーリー分隊、C3ポイントに敵影無し』
『同じくアルファ分隊もA3ポイントで接敵せず』
『ブラボー分隊、B3ポイントまで敵の痕跡無し』
『糞! こちらチャーリー4、奇襲を受けた! 分隊長が右腕を持っていかれた!』
『右腕が駄目ならもう撃てねぇんだ! さっさとクラッカー使って自爆してリポップしろ!』
『今日のチャーリーの分隊長はドルフの馬鹿だったな、帰ったら訓練追加だアホ。コレが生身の実戦だったらどうなってたと思ってやがる!』
電話や無線機を使うとどうしてもマイクとスピーカーを通した時に発生する違和感が出る筈なのだが、こうして飛び交う通信は耳元で怒鳴り合って居るかの様に鮮明でクリアな音質で伝わってくる。
にも拘らず鼓膜が破ける様な大音量だったり、周辺で発声する環境音の様なノイズが一切乗らないと言うのも、流石は隔絶した技術の賜物と言えるだろう。
そんな戦況を伝える通信を聞きながら彼は一つ舌打ちをする。
とは言え其れは「ッチ」と言う様な捨て鉢な物では無く、大きく音を立てる様な「ッタン!」と言う感じの物で、明らかに何等かの意図を持って行われた物だと誰でも解るだろう物だった。
「分隊長、3時方向200メートル程先の木陰にエネミー2です」
舌打ちをした青年は、全く同じ体格で全く同じ顔をした……ただ、顔の横に浮かぶ名前が違うだけの青年に対してそんな言葉を口にする。
「……シンか、お前さんは軍人でも警察官でも無く猟師ですら無い一般人だった筈だな? なのに何でそんな事が言える?」
全く同じ顔の造りだと言うのに、その表情でそれぞれが明らかに別人だと分かる……そんな矛盾した光景の中でシンと呼ばれた青年は、睨みを効かされても恐れる素振りも無く、
「俺は生れ付き耳が良いらしくて、耳さえ聞こえる状況なら大体ですが周りの状況分かるんですよ。さっきの舌打ちもより正確に周りの状況を確認する為に出した物で、その結果がさっきの報告です」
顔色一つ変える事無くあっさりとそう答えた。
けれども今の言葉には彼自信も知らない嘘が含まれている、彼の耳は確かに生れ付き人より鋭敏な聴覚を持っては居たが、だからと言って其れだけでそんな超常的な事が出来る様に成る筈が無い。
此れは彼が物心付く前の話では有るが、産まれて来た当初彼の両目は瞼が癒着して居り其の儘では開く事が出来ない状態だったのだ。
簡単な手術を施すだけで治る程度の物だったのだが、此処で彼の両親の身内がその事を巡って、下らない争いを繰り広げた事で彼が手術を受けるのが暫く遅れてしまった。
結果、周囲を目で見て親の顔なんかを認識し覚える頃合いに、彼は聴覚だけを頼りに生きねばならなく成ったのだ。
「成る程……エコロケーションか。確か何年か前に人間でも訓練すりゃ身に付く技術だってな論文が出てたっけか。其れを元に諜報部の連中が新兵の訓練に組み込むかどうかって話をしてたな確か」
そんな裏事情は別として分隊長はそんな言葉を口にすると共に納得した表情を浮かべる。
「分隊長! コイツの言う事は信用しても良いと思ますよ。コイツは何年か前にワールドガンセッションの世界大会三連覇したプロゲーマーっすからね。多分ゲームでも今言った奴で活躍したんじゃないですか?」
同じ分隊に居た別の……やはり全く同じ顔と体格の人物がシンの肩を叩きながらそんな台詞を吐く。
「まぁそっすね。3までは銃の音とか足音なんかで周辺の把握やりやすかったんで、後ろから来る敵とか壁向こうの相手とか簡単に把握出来たんですよ。けど4からはその編に調整入ったらしくて分かんなくなっちゃったんですよね」
シンと呼ばれた者は実際3年前まで東京に拠点を置くEスポーツ系のプロチームに所属するプロゲーマーだった。
20歳の大学時代に友人に誘われ初めたFPSであるワールドガンセッションと言うゲームに嵌り込み、2年目に一般予選枠から世界大会へと進出し、そのまま大会を制してしまったと言う経験の持ち主なのだ。
当時、世界的に人気の高かったそのゲームの優勝賞金は100万米ドルと高額で、彼はその一度の優勝で1億円を超える収入を得てしまったのである。
当然、そんな野生の金の卵とでも言うべき人材をプロチームが放って置く筈も無く、彼は大学卒業と同時にそのチームへと加入する事と成ったのだ。
単独でも優勝を勝ち取る実力を持つ彼が、チームでの活動へと切り替われば当然の様に無双の強さを発揮し、前述の通り更にニ年間同ゲームの大会を総舐めすると言う偉業を成し遂げたと言う訳である。
一時期はチートツールを使っているのでは無いかとも噂されて居たが、公式大会でのそうした行為が見咎められない筈も無く、純粋な技術で成し遂げて居た勝利だったが、世の中早々美味い話ばかりでは無い。
けれどもそんな1チームが優勝を独占する様な状況では、ユーザーも視聴者も飽きてしまうと判断したのか、ゲーム開発チームはシンの強さの秘密を分析し、その強みを活かせない様に調整し、新バージョンと成るワールドガンセッションⅣを市場に投入した。
『よりリアルに近い戦場体験を……』とのキャッチコピーで出された新作は、フィールド外で巻き起こる砲撃なんかの背景に依る轟音や爆音の響く中での戦いとなり、彼の強みであるエコロケーションが極めて使い辛く成っていたのだ。
結果として其れまでの無双っぷりは鳴りを潜め、彼はトッププレイヤーの一人として数えられてはするものの、今までの様な絶対的な強者とまでは言えない状態に成った訳である。
それでもチームとしては世界大会のファイナリストに残り、ある程度の賞金を稼ぐ事は出来ては居たが、年齢を重ねる毎に徐々に反射神経や判断力の衰えが出始め、第一線のプロとして活躍出来る機会は少しずつ減って行った。
プロに成って十年間トップ勢として活躍して来たが、其の後の三年間はゲーム環境の変化と若手の台頭も有って、彼は最早過去の人へと成り下がっていたのだ。
其の後も熟練のプレイヤーとしての経験を活かしチームに所属したままで後進の育成を……と言う話も有ったが、彼は其れを断り今に至るのである。
「成る程な……あのゲームは確かウチの軍人にも絶賛してる連中が居た筈だ。其れだけリアルに近い戦場だったって事だろうよ。うし! お前の言葉を信じるぞ! 3時方向の木陰に向かって大きめに回り込み左右から挟み撃ちだ」
「「「「サー・イエッサー!」」」」
分隊長の言葉に、彼を除く残りの7人が綺麗に揃った返事を返す。
軍人では無いシンに其れが出来るのも、此処での戦闘参加が始めての事では無く、此れまでも同じ様な事が何度も有ったからである。
『ヒュー……マジで居やがった……よし、3カウント後に一斉掃射だ。ムシケラ野郎を地球から駆除するぞ!』
先ほどまでとは違い通信機越しの分隊長の言葉では有るが、やはり機械を通した様な不自然さは感じられず、シンは先程までと全く変わらない距離感で話している様な錯覚を覚える。
『スリー、トゥー、ワン、GoGoGo!』
分隊長の掛け声と共に手にした安っぽいトイガンにしか見えない樹脂製の銃の引き金を引けば、銃口から放たれるのは微かに黄色味を帯びた白い光線。
そして其れが向かう先に居るのは、体高2m近い馬鹿げた大きさで緑色が鮮やかなカマキリである。
放たれた閃光はカマキリの体表に着弾すると、其処を真っ赤に変色させ次の瞬間、内側から弾ける様に爆発した。
それを全身くまなく叩き込まれれば、如何に生命力の強い昆虫と言えどもひとたまりもない。
『良し! ナイスだゲームチャンプ! 言ってた通りの場所に2匹居やがった! 俺はお前さんのその索敵能力を信用したぞ。次はどっちに向かえば良い』
2匹の巨大なカマキリを仕留めてのを確認し一つ息を吐いてから、分隊長は嬉しさを隠さない声色で通信機越しに、シンに向かってそんな言葉を言い放つのだった。