呪われた井戸の水でカレー作ったったw
※夏のホラー2025&しいなここみ様主催『華麗なる短編料理企画』参加作品(皿)です。
某県の山奥に、古びた井戸がある。
今はもう、つるべも残されていないその井戸ではかつて若い女性の身投げがあったのだという。
集落で孤立していた彼女はある日、謂れなき罪を着せられ失意のうちに命を絶った。以来、井戸は「女性の無念が宿る井戸」としてその水を汲み、飲んだ者には呪いが降りかかるという噂が立った。
そのため、呪いを恐れた人々はこの井戸に近寄らなくなり――集落が壊滅した現在もなお、怨念が残る心霊スポットとして地元住民に語り継がれているという。
「そんな呪われた井戸の水で作ったカレーが、こちらになります!」
どーん! と言いながら澤村が俺の前にカレーを置く。俺たちの周りにあるのはカメラを中心とした撮影機材だ。つい先ほど、電源を入れたそれの映りを気にしつつ俺は澤村に尋ねる。
「マジか……本当にあの井戸の水なのか?」
「当たり前だろ。『我らオカルト探検隊!』、略して『我オカ』にやらせは一切ナシだからな」
「でもあの井戸、もうずいぶん人の手が入ってないだろ。どうやって底から取ってきたんだ? っていうか水、残ってたのか……?」
「あぁ、カメラ越しにだったけど結構流れてたみたいだぞ。先に河田にドローンの調整頼んでおいたから、スムーズに水も取れたし……おかげで企画倒れにならずに済んだよ。サンキューな、河田」
片手を挙げた軽い礼をすると、澤村はカレーにカメラを向け始める。
俺は大学の時からの旧友である澤村と、二人でYoutuberをやっている。
チャンネル名は『我らオカルト探検隊!』、その活動内容はずばり「この世のありとあらゆるオカルトに突撃取材すること」だ。
曰く付きアイテムの購入とレビュー。降霊術やこっくりさん、ひとりかくれんぼの実行。心霊スポットでの動画・写真撮影、などなど……都市伝説から古くから伝わる伝承まで、オカルトなものなら幅広く取り扱い解説から実況まで幅広くやっている。
残念ながら、チャンネル登録者の数は今のところ停滞中だが……Youtuberの成功の秘訣はとにかく続けることだ。逆境にめげずこうして、新たなネタを探しては澤村と共に撮影と動画編集を繰り返している。
「けど、食レポって一周回ってYoutuberらしいな。わりとうまそうにできてんじゃん」
「いや、これぐらい普通だろ。カレーなんて不味く作る方が難しいし」
「嘘つけ。俺、昔付き合ってた彼女に岩石みたいなカレー食わされたことあるぞ」
「そりゃ、大変だったな……あ、でも俺カレーにはわりとこだわりあるから。このカレーだって一晩寝かせて作ったし」
事前の打ち合わせ通りに会話を進めながら、俺と澤村はスプーンを手に取る。
「えー、カレーに使うシナモンやクミンなどの香辛料には、魔除けの効果があると言い伝えられているものも数多くあります。今回はそんなインド発祥のスパイスの力と、日本の井戸の呪いの力の勝負……さぁ、いただきます!」
二人で手を合わせ、俺たちはカレーを口に運ぶ。
「お、しっかり寝かせたからコクがあるな。野菜の旨味が出てて、辛さ・とろみも絶妙……! しっかり米と絡んで、うまいぞ!」
「うん、我ながらこれは傑作! これはうまみの呪いがかけられてるな!」
「なんじゃそりゃ!」
食欲をそそる言葉選びや、コントのような掛け合いも忘れない。とはいえ「美味しい」というのは素直な感想だった。呪われた井戸の水を使っているとは思えない、澤村には料理の才能があるのかもしれない……そんなことを考えながら、俺たちは撮影を終える。
「……よし、とりあえず食べ終わったところまでは終わりだな。後はこのまま、俺の家に泊まって様子見するか」
「なんか映るかもしれないし、寝てる間はカメラ回しとこうぜ」
「軽いポルターガイストとか、怪しい影でも映ればネタになるかもしれないしな」
金縛りには何度か遭っているが、映像で証拠が残らない以上どうしても地味な印象を受ける。やはり動画投稿者なら、わかりやすく映える画が欲しい。
しかし、はっきり映りすぎても「加工」「嘘松」と言われてしまうので視聴者の一人が「あれ?」と思うぐらいが理想だ……オカルトYoutuberとしてすっかり怪奇現象に慣れてしまった俺と澤村は、そんな不謹慎な話をした後に眠りにつく。
……ゾ……
か細い声が聞こえて、俺は目を覚ます。
時計が見えないので、正確な時間はわからない。澤村の布団を借りて、横になってから数時間が経っただろうか。自分の体なのに、自分の言うことを聞かない不快な感覚……典型的な金縛りだ、と思っていたらまた誰かの声が響く。
……ゾ……
……ス……ゾ……
細く、小さいが女性のものらしい高い声。それは不安定なネットワークで無理やり動画を見ているような、たどたどしい話し方ではあるが徐々にこちらに近づいてくる。
「女性の無念が宿る井戸」「飲んだ者には呪いが降りかかる」――呪われた井戸について聞かされた時の、そんな一節が頭を掠める。呼吸が浅くなり、心臓がやかましいほどにドキドキと鳴り出した。しかし女の声は止まることない、動転しながらも俺は目線を動かし声の主を見ようとする。
……ス……ゾ……
……ワ……ス……ゾ……
(なんだ? 何をするぞと言ってるんだ?)
俺の足首が、何者かにがしっと掴まれる。痛いほどのそれに、目を向ければ――俯いた女が真っ白な手で、噛みつくように俺の足を握っていた。女の目がじろりとこちらを向き、はっきりとその声が聞こえる
< コ ワ ス ゾ >
「――河田! おい、河田!」
ゆさゆさと全身を揺さぶられ、俺は再び目を開く。
興奮気味に俺の顔を覗き込む澤村が見え、俺はおそるおそる室内を見渡す。
……俺と澤村以外、誰もいない。当たり前だ、『我オカ』は俺と澤村二人だけのチャンネル。女性のスタッフやゲストはいないし、そもそも今回の動画に参加していたのは最初から最後まで俺たち二人だけ……考えるまでもない。状況を把握すると同時に、寝る前にセットしておいたカメラを確認する。
「撮れてるぞ!」
澤村のその一言で、俺も飛び上がる。
「――よっしゃ! 『我オカ』史上初の、本物の心霊映像だ!」
「すげぇ、こりゃ大バズ間違いなしだ! すぐ編集するぞ!」
大喜びしながら俺たちは、映像の編集と投稿準備に取り掛かる。
だが――その動画が『我オカ』にアップロードされることはなかった。
次の日、俺たち二人は病院に担ぎ込まれた
あの女の霊の呪いとか、そういうわけじゃない。俺と澤村は動画の編集中、激しい腹痛と下痢を起こしそのまま救急搬送・入院となったのだ。
後から病院で聞かされた話によると、どうやらあの井戸の水はかなりの数の大腸菌が発生していたらしい。その上、澤村がカレーを室温で寝かせていたことで食中毒の原因となるウエルシュ菌が繁殖。幸い、入院によって一命を取り留めたが『我オカ』チャンネルは一時休止。その上、事の顛末を聞いた医師と救急隊員たちからはこっぴどく叱られることとなった。
「昔から『生水を飲んではいけない』って言うでしょう! 山奥のどこから湧いてきた水かもわからない水なんて、危険に決まっているでしょう!」
「その上、この暑いのにカレーを冷蔵庫にも入れず室温で一晩放置するなんて! 悪くなるに決まってるじゃないですか!」
「今回は入院で済んだから良かったもの、下手したら命に関わることになるかもしれなかったんですよ!」
繰り返される腹痛・下痢による肉体的ダメージ。そこに、しこたま雷を落とされたことで精神的ダメージが加わり……互いにボロボロの状態になった俺と澤村は、並んだベッドの上で語り合う。
「実は水が大腸菌だらけだった、ってだけなら『呪いの正体はこれだ!』みたいな感じで動画一本できたのになぁ……」
「いや、でも今回はお前のカレーの調理法も問題だったし……」
「あ、でも河田は女の幽霊見たんだろ? 姿カメラにも映ってたし、『壊スゾ』っていう声も音量上げればはっきり聞こえたし……やっぱし、これも呪いなんじゃないのか?」
「だとしたら……あの女、『腹を壊すぞ』って言いたかったのかもな……」
なんともいえない疲労感と脱力感と共に、俺たちはベッドの上を見上げる。ただの不注意で起きた食中毒なのか、それともこれも呪いによって引き起こされたものなのか。はっきりとせず、わからないが――ひとまず、「退院後に出す復帰動画で、この間抜けかつ中途半端な結末をどう説明しよう」と頭を抱えるのだった。