第7話 「開幕の号砲、戦いの舞台へ」
セイジュの一回戦の相手は、自分と同年代の少年だった。名の知れた王都の学院ではなく、地方の小さな村からやってきたという。どうやら実力試しや経験を積むために出場した選手のようで、周囲でもそれほど注目されてはいない。
――とはいえ、油断は禁物だ。どんな相手であっても、全力を尽くさねばならない。
ただし、トーナメントは2日間にわたって行われる長丁場。体力を温存しつつ、できる限りダメージを避けながら勝ち進まなければならない。
父であるレオンとは別のブロックに割り振られたため、戦うとしても決勝戦。だからこそ、そこまで辿り着く必要がある。
そんなことを考えているうちに、自分の出番が回ってきた。コートへと歩を進め、深呼吸を一つ。緊張と興奮が入り混じる胸の高鳴りを感じながら、セイジュは戦闘エリアの中央に立った。
審判委員が簡潔にルールを説明し、お互いに軽く礼を交わしてから一歩ずつ下がる。
そして、静寂を切り裂くように「試合開始」の合図が鳴り響いた。
開始と同時にセイジュは地を蹴り、相手との間合いを一気に詰める。右手に構えた短剣を鋭く振り下ろし、相手の脇を狙ったが、少年は素早く反応し、その一撃を間一髪でかわした。
すぐさま打ち合いに移行する。数合、剣と剣がぶつかり合い、火花が散った。緊張感が走る中、セイジュはわずかに相手の動きが緩んだ一瞬を見逃さなかった。
「今だ……!」
刹那、低く構えた短剣が鋭い弧を描き、相手のガードの隙間を突く。見事に決まり、少年はよろめきながらその場に倒れた。
「勝者、セイジュ=ルミナス!」
審判の声と同時に観客から歓声が上がる。
セイジュは静かに一礼し、深く息を吐いた。――まずは、順調な滑り出しだ。
二回戦までにはまだ少し時間があった。休むこともできたが、セイジュは次に戦う可能性のある相手の実力を確認するため、偵察に向かうことにした。
会場の別コートに足を運ぶと、すでに試合は始まっていた。そこでは二人の成人男性が激しい攻防を繰り広げている。互いに筋肉質で体格もよく、剣を扱う腕もなかなかのものだ。しかし、セイジュは冷静にその戦いを見極めた。
――ふむ、確かに力はあるけど、動きがやや単調だな。
相手の魔力の流れや剣筋を観察しながら、セイジュは内心で判断を下す。自分と比べれば、剣のスピードも対応力も一段落ちる。
「……これなら、どちらが来ても問題なさそうだ」
自信が確信へと変わっていく。もちろん油断は禁物だが、実力差は明らかだった。
「剣だけでも、充分に勝てるはず。できるだけ魔法は温存しておきたいしね」
セイジュは静かにその場を離れ、自分の控室へと戻っていった。次の戦いに向け、心を静めるために。
しばらくのあいだ、控室でひとり静かに考え込んでいた。
次に進めば、いずれお父さんやお母さんと戦うことになる。勝てるビジョンを描こうとするが――現実は厳しい。
「やっぱり……魔法で押し返すしか、ないのかも」
セイジュは呟いた。剣術ではまだお父さんには到底及ばない。防御も隙もない、まるで鋼のような戦いぶり。お母さんにしても、攻防のバランスが完璧で、さらに回復魔法まで使えるとなれば、力押しだけでは限界がある。
「僕は……まだ中級魔法までしか使えない」
口にすると、その事実が改めて重くのしかかってきた。
だけど――まだ四歳だ。常識的に考えれば、これだけ使える時点で異常なのかもしれない。でも、セイジュにとってそれは「普通」ではなかった。
「もっと、上を目指したい……。こんなところで止まりたくない……!」
ふと、胸の奥に燃えるような感情がわきあがる。悔しさとも、焦りとも違う。もっと強くなりたい、という――確かな願い。
そんなことを考えていた、そのときだった。
2回戦の時間がやってきた。セイジュは控室から静かに立ち上がり、試合会場へと向かった。
今回の相手は、先ほど偵察しておいた大柄の男性だった。堂々とした体格に加え、剣の扱いもなかなかのもの。ただ、相手の癖や動きは試合中にある程度読んでいる。問題は――どう倒すか、だ。
(まだ戦い方は決めていないけど……やれることをやるだけだ)
試合開始の合図が鳴り響くと同時に、セイジュはすっと距離を広げた。奇襲を警戒したのか、相手の目に一瞬戸惑いの色が浮かぶ。
(驚いたみたいだけど、これでいい)
その瞬間、セイジュの体が風のように動いた。一気に距離を詰め、相手の背後を取ると、短剣で背中に一撃を叩き込んだ。だが――
「ぐっ……!」
相手は踏ん張って倒れない。厚い筋肉に守られた背中は、簡単には崩れない壁だった。
(やっぱり一撃じゃ落ちないか)
セイジュはすぐに距離を取る。互いに再び間合いを測り、じりじりと動きを探る時間が始まる。相手も本気を出してきたのか、構えが引き締まっていた。
(ここからが本当の勝負だ)
セイジュは相手との間合いを測りながら、ほんの少し悩んでいた。だがすぐに、試合前に観察していたあの光景が脳裏をよぎる。――そう、あの時の相手には、明らかな癖があった。攻撃に入る直前、必ず右肩を二度揺らす。あれは無意識の癖だ。おそらく本人も気づいていない。
(あの合図を狙うしかない……これが一番無駄のない方法だ)
体力の温存を第一に考えていたセイジュは、攻撃の決め手をその一点に絞った。そして、それまではあえて仕掛けないことを選んだ。
相手を挑発するように、間合いを詰めたり離したりを繰り返す。剣を交える場面も数回あったが、それ以上踏み込むことはなかった。まるで遊ばれていると感じたのか、相手の表情には徐々に焦りが滲む。
そうして時間は十数分が経過した――。
ついにその時が訪れた。相手が右肩を、確かに二度、揺らした。
(今だ!)
セイジュは一気に間合いを詰めた。相手の攻撃を紙一重でかわし、その脇腹――ガラ空きの右側面に、渾身の一撃を叩き込む!
「ぐっ……!」
大きくのけぞった相手だったが、なんとか踏ん張って体勢を立て直し、怒りに任せて斬りかかってきた。だがセイジュは冷静だった。再びその攻撃をかわし、同じ箇所へ二撃目を放つ。
今度こそ、確実に打ち抜いた。
「……っ!」
相手は大きく仰け反り、その場に崩れ落ちた。動かない。
「勝者、セイジュ=ルミナス!」
審判の声が会場に響くと、観客からも静かな驚きと称賛のどよめきが広がった。
(よし……2回戦もなんとか切り抜けた)
セイジュは深く息を吐き、剣を収めた。まだ余力はある――だが、次の試合まで残された時間はたったの十数分。
「……よし、少しだけ休もう」
彼は控室へ戻り、短い休息の中で次の戦いに備えるのだった。
4回戦の相手は、今までで対峙した中でも群を抜いて強そうだった。体格、気迫、漂う魔力――どれも一級品。だが、ここで負け越すわけにはいかない。勝ちたい。いや、絶対に勝つ――セイジュは、気持ちで上回ることを自分に強く言い聞かせた。
(勝つのは俺だ。絶対に……)
開始の合図と同時に、相手はすぐさま魔法を詠唱し、火球を放ってきた。その迫力に観客がどよめく中、セイジュはとっさに攻撃を受けたふりをして煙の中に身を隠した。
(今だ!)
一気に駆け出し、相手の背後を取ることに成功する。しかし――
「見えてるよ」
相手の冷静な声が背後から響き、セイジュはすぐさま振り返って飛び退いた。直後に繰り出された斬撃は間一髪でかわし、反撃の一撃を試みるも、それも相手に防がれた。
そこから、両者の剣撃が火花を散らし始める。金属がぶつかり合う音が会場中に響き渡り、観客の息を呑む声が混じる。
「すごい……」
「この試合、もはや子供の大会じゃないぞ……!」
10分が過ぎ、さらに10分。互いに攻めてはかわし、かわしては反撃する展開が続いた。まるで鏡合わせのような攻防に、解説者が思わずこぼす。
「これは……引き分けでもいいんじゃないか……?」
誰もがそう思い始めた頃――セイジュの瞳が、一瞬の違和感を捉えた。
(……今、拳に力が入った!)
相手が振り上げた拳に、わずかな隙が生まれた。それは本能に近い直感だった。セイジュはすかさず横へ回り込み、今日一番の力を込めて剣を振り抜いた。
――ドスッ。
鈍い音と共に、相手の横腹に見事な一撃が突き刺さった。相手は目を見開いたまま、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。
「勝者、ルミナス=セイジュ!」
審判の声が会場中に響いた。拍手と歓声が一気に広がり、セイジュは深く息をついた。痛む右手にそっと視線を落とすと、じんわりと汗と血がにじんでいるのが見えた。
(……やりきった)
その夜、宿に戻ったセイジュは、レオンとセレナに今日の戦いの報告をしながら、布団の上で眠気に負けてしまった。心地よい疲労と、満足感と、そして明日への期待に包まれながら、静かに眠りに落ちていった。