第5話 魔法格闘大会に出る
セイジュは現世に戻ってから、わずか二日で旅の準備を整えた。
先生が来るまでの三ヶ月――その間だけ、両親との旅が始まる。
最初の目的地は、アルクス王国の大都。
セイジュが真っ先に探したのは、神魔法に関する魔法書だった。だが、いくら探しても店頭には並んでいない。
最後の望みをかけて、大都で一番古く、そして最大規模を誇る図書館へと向かった。
――そこにも、表向きには置かれていなかった。
だが、諦めずに司書に尋ねると、裏蔵書の中に一冊だけ、神魔法に関する本があることがわかった。
本来なら貸し出しも可能だったが、何度も返しに来るのは大変だという理由で、セイジュはその本を買い取ることにした。
その後、旅は続く。
次に訪れたのは、隣国であるマルク王国。
そこには「癒しの湯」と呼ばれる名湯があり、セイジュたちは温泉に浸かって、旅の疲れを癒した。
宿に泊まり、そのままぐっすりと朝まで眠ったのだった。
そして翌日。
ちょうどマルク王国では、大きな祭りが開かれていた。
セイジュは両親と一緒に、賑やかな屋台を巡り、音楽に耳を傾け、色とりどりの光景を楽しんだ。
その笑顔は、かけがえのない宝物になった。
祭りの会場には、セイジュが普段食べている家庭料理から、祭りならではの珍しい料理まで、実にさまざまな屋台が並んでいた。
セイジュは目を輝かせながら、あれもこれもと興味津々に眺める。
夜ご飯には、初めて食べる肉料理に挑戦した。
ひと口食べた瞬間、セイジュのほっぺたが落ちるかと思うほどの美味しさだった。
「う、うまいっ……!」
その後も、まだまだ祭りを楽しもうと、家族で屋台を巡っていると、ふと一枚のポスターが目に留まった。
そこには、大きくこう書かれていた。
――祭り最終日・魔法格闘大会開催!
セイジュは胸を高鳴らせ、こっそりお母さんの耳元で「出たい」と伝えた。
だが、お母さんは嬉しそうに大きな声で反応してしまい、それがきっかけでお父さんにもバレてしまう。
「セイジュが、魔法格闘大会に出たいだと?」
お父さんは、すぐに反対した。
年齢制限は「四歳から大人まで誰でも出場可」――たしかに、まだ小さなセイジュには無理だと思ったのだろう。
セイジュは何度も説得を試みたが、頑固なお父さんは首を縦には振らなかった。
――もう、無理かな。
諦めかけたそのときだった。
お母さんがにっこり微笑みながら言った。
「じゃあ、私も出る!」
お父さんは驚き、そして少しだけ悩んだ末に、ついに折れた。
「……仕方ない。三人とも、個人で参加するなら許す」
こうして、セイジュ、両親、それぞれが個人で魔法格闘大会に出場することになった。
大会当日まで、まだ二日あった。
セイジュはその間、お父さんとびっしり修行を重ね、体と技をさらに磨き上げた。
そして、ついに大会当日。
参加者たちは四つのブロックに分かれ、それぞれトーナメント形式で一対一の真剣勝負を行うことになった。
ルールはシンプルだ。
どちらかが力尽きるか、場外に出るか、戦闘不能になるか――このいずれかで勝敗が決まる。
優勝者には、賞金二千万円と、マルク王国魔法騎士団への入団権利が与えられるという。
セイジュと両親は、それぞれ違うブロックに分かれた。
順調に勝ち上がれば、セイジュは準決勝でお父さんと戦うことになる。
――試合数は、あと三回勝てば準決勝。
「きっと行ける!」
胸を高鳴らせながら、セイジュは試合の順番を待った。
そして――。
ついに、セイジュの一回戦が始まった。
相手は、マルク王国の町外れで「最強」と噂される青年だった。
開始の合図とともに、セイジュは短剣を握りしめ、一気に間合いを詰める。
だが、相手は素早く身をかわし、隙を突いて魔法を放ってきた。
「舞い散れ、微風の塵よ!」
【塵風】
効果:細かな砂塵を巻き上げ、視界を遮る。逃走や奇襲に最適な魔法。
砂煙が一気に広がる。だが――セイジュは、焦らなかった。
目を閉じ、気配だけを頼りに動く。
そして、音もなく踏み込むと、相手の横腹めがけて短剣を振り下ろした。
「――!」
鋭い一撃が命中し、相手は戦闘不能に。
審判が素早く飛び出し、勝敗を宣言する。
「勝者、セイジュ=ルミナス!」
会場に歓声が沸き起こった。
セイジュは短剣を収め、ほっと一息ついた。
両親も、それぞれ一回戦を順調に勝ち進んでいた。
理由はわからないが、二人とも相手を圧倒しての勝利だった。
そして――。
セイジュの二回戦が始まった。
相手は、今年の騎士団試験で過去最高得点を叩き出したという若き剣士。
まさか、こんな強敵と二回戦で当たるとは――セイジュは、拳をぎゅっと握り締めた。
開始の合図と同時に、相手はセイジュの右目めがけて剣を振り下ろしてきた。
反応がわずかに遅れたが、セイジュは咄嗟に剣でそれを受け止める。
すかさず踏み込み、相手の横腹を突こうとするが――
相手は素早く反応し、セイジュを後ろへと吹き飛ばした。
ぐっと地面に手をつきながら立ち上がる。
態勢を整えようとした、その瞬間。
相手は一気に距離を詰め、頭めがけて剣を振り下ろしてきた!
セイジュは重心をわずかに後ろへ移動させ、ギリギリでかわす。
だが、その直後――
「刺し貫け、雷光の穂先──ライトニングスピア!」
【光雷魔法・ライトニングスピア】
効果:光を雷の槍のように凝縮し、直線上の敵を貫通する。
光の槍が一直線に放たれた!
避けきれなかったセイジュの左横腹を鋭く貫いた。
思わず膝をつきかけるが、必死に堪える。
(聞いてた話と違う……魔法、使えるじゃないか……!)
セイジュは冷静に、すぐ次の手を打った。
「真理の目よ、開かれよ──」
【聖目】を発動。
相手の魔力量と弱点が鮮やかに浮かび上がる。
(右手……!)
弱点は、剣を握る右手だった。
セイジュはすかさず、小業炎撃を放つ!
「炎よ、小さくもその牙を剥け──!」
掌から小さな火球が連続で飛び出し、相手の視界を奪った。
その隙を逃さず、セイジュは一気に間合いを詰める。
そして――
全身の力を込め、相手の開いた横腹に短剣を叩きつけた。
「――ッ!」
鈍い衝撃音とともに、相手は地面に倒れ込む。
審判がすぐに駆け寄り、勝敗を宣言した。
「勝者、セイジュ=ルミナス!」
苦しい戦いだった。
それでも、セイジュは勝った。
ふらつく足を必死に支えながら、セイジュは小さくガッツポーズを作った。
会場は歓声とどよめきに包まれていた。
4歳の少年が、3回戦へ進出――それは、大会史上初めての快挙だった。
誰もが驚きを隠せなかった。
もちろん、それには理由がある。
このマルク王国では、騎士団への入団は比較的容易だった。
隣国であるアルクス王国の魔法騎士団と比べれば、力の差は歴然。
マルク王国の騎士団員は、アルクス王国で言えば、魔力の高い村人程度の力でなれてしまうのだ。
それでも、過去最高得点を出した剣士は、この国では期待の星だった。
(……でも、俺は4歳で、アルクス王国の魔法騎士団に席を用意されるくらいの力がある)
本来なら、圧勝してもおかしくない。
だが、思いがけず、相手が隠し持っていた魔法に苦戦してしまった。
(仕方ない……油断した俺が悪い)
セイジュは、そう自分に言い聞かせながら、治療を受けていた。
横腹の傷も、簡単な治癒魔法で応急処置をされ、だいぶ楽になった。
そして、ついに――3回戦。
両親も、それぞれ順調に勝ち進んでいる。
3回戦の相手は、優勝候補の一角。
剣術も一流、さらに魔法も自在に操るという実力者だと聞かされている。
セイジュは、拳をぎゅっと握った。
胸の奥が、熱く滾る。
(……今度は、油断しない)
4歳にして、誰よりも強く、誰よりも高く。
セイジュ=ルミナスは、次なる戦いへと挑む――。
3回戦が始まるまで、少し時間があった。
セイジュは、他の対戦者の試合を見に行くことにした。
ちょうど、お父さんの3回戦が始まるところだった。
スタートの合図とともに、両者が一気に間合いを詰める。
――だが、動いたのは、お父さんの方がわずかに早かった。
次の瞬間。
お父さんの拳が、相手の横腹に全力で叩き込まれた。
相手は不意を突かれ、もろに攻撃を受けてそのままダウン。
一瞬の出来事に、観客席もセイジュも何が起こったのかわからず、しばらく呆然としていた。
(……すごい、やっぱりお父さんだ……!)
見惚れているうちに、セイジュ自身の3回戦の時間が近づいていた。
慌てて試合会場へ向かう。
――そして、ついに自分の番。
目の前に立つ相手の体格を見て、セイジュは一瞬だけ驚いた。
明らかに自分よりも大きく、がっしりしている。
しかし、スタートの合図とともに、そんなことを考える暇もなく相手が距離を詰めてきた。
セイジュの横腹目がけて剣が振り下ろされる。
――ヒュッ!
間一髪、セイジュは身を翻し、それをかわした。
すぐさま距離を取り、詠唱する。
「連なる炎よ、射を成せ──フレイムショット!」
手のひらから、小型の火弾が3連続で放たれる。
だが、相手はすばやくそれをかわし、逆に隙の生まれたセイジュの右横腹に剣を叩き込んだ。
鋭い痛みが走る――が、致命傷ではない。
セイジュは焦りを覚えながらも、冷静に状況を見極めた。
(……相手も焦ってる)
もう一度、同じ「フレイムショット」を放つ。
相手の意識が炎に向いた、その一瞬。
セイジュは一気に背後へ回り込むと、持っていた短剣を逆手に持ち直し、渾身の力で相手の頭部を打ち下ろした。
ゴンッ!
鈍い音と共に、相手が崩れ落ちた。
――勝った。
セイジュは大きく息を吐いた。
4歳にして、準決勝進出。
観客席からは再び大歓声が巻き起こった。